2021-01-12 ドーナツちゃんが無数に
まあ、幸にして三連休みたいなこともあったりしたので、この先の電波の行方を色々と考えてみたりもした。その結果どうなったかというと、いくつかの屁理屈を思いついたのでしばらくはそれで字数を稼いで行くとしよう。
内容はさらに怪しげになり、読めば読むほど脳に悪い屁理屈がぐるぐるするような汚れたオトナになってしまうかも知れないので、純真な心で澄み切った瞳をこっちに向けるのはやめたまえ。浄化されたら大変だろう? 汚れすぎた私が塵と消えたらどうしてくれるんだ困る困る。
そんなことはどうでもよくて。
さっそく私が考えた最強の屁理屈を書き殴りたいわけだ。
まず、其の一であるが、ドーナツちゃんがひとつだけの場合を考えていたからそれがまずかったのではないかというパターンである。何が言いたいかと言うと、わたしの元々の仮説では、ドーナツちゃんはそれこそ無限と言える数が三次元球にぶっ刺さっているのが自然であるということになっているので、ひとつだけドーナツちゃんが刺さっただけの世界を考えたとき、そこに我々の暮らす世界と違いが出るのは当然という可能性があるとかそういう屁理屈である。
屁理屈屁理屈とさっきから連呼しているが、実の所いまは学問として確固たる立ち位置にあるものでも、実はその種の屁理屈を発展させて見事に成立させているものもあったりするので、そこはそれこの屁理屈もなかなか馬鹿にしたものではないのではないかと勝手にまずは自画自賛しておくとする。
ともあれ、今まで考えていたドーナツちゃんがひとつだけぶっ刺さっていて、そしてそのドーナツちゃんの大きさが素粒子レベルに小さくなったときのことをベースに、こんどはドーナツちゃんが無数にぶっ刺さっているとどうなるかを考えてみよう。
いまわれわれの周囲にとってもちっちゃいドーナツちゃんが見渡す限りにわらわらと空間を埋め尽くしているとか、そんなイメージである。