日曜は好き?
「――日曜は好き?」
「……どうしてそんなこと聞くんです」
もう日が沈むのも早くなってきた2月の頭、誰もいなくなった教室の沈黙を破ったのは中島先輩だった。
同じ部活の先輩だ――今は練習も終わり、メトロノームや楽器類を片付けている最中である。僕は自分の使ったマウスピースを少し手荒にケースへと投げ入れた。
「日曜。ホリデイ。サタデイ。スタディ」
「スタディは勉強で、サタデイは土曜日です。サンデイですよ、日曜は」
「あは。バレちった」
中島先輩は部屋の窓から差し込む夕日を背負いながら、イタズラっぽく微笑んでみせた。今日は水曜日――それなのにどうして中島先輩が突拍子もなく日曜の話題を持ち出したのか。それは、まあ、僕が事の発端ではあった。それにしてもよくわからない流れだけれど。
「僕の失恋話と、日曜が、何か関係でも? 確かにアイツにフラれたのは日曜ですがね。よく分かりましたね、話してもないのに。エスパーですか?」
「違うよ。……ああ、そーだったんだ。ちょっと悪いことしちゃったかなー……まぁいいや」
「良くないですよ」
「だーかーらーっ、もう、日曜は好きかって聞いてんのー」
中島先輩は既に撤収準備を終えていて、アレコレ考えて用意が進まない僕を机をコツコツつついて急かした。僕らの部活はそこまで厳しくないし、あまり急ぐ必要もないのだが。
……まさか、そこまで意味のある質問なのか?
「……まあ、好きですが。学校ありませんし」
「でも、日曜の明日には月曜が来るでしょ」
「そりゃそうです」
「君って月曜嫌いでしょ」
「何故わかる!?」
「エスパーだからね!」
「さっき違うって言ったくせに……」
中島先輩は座っていた学習机からひょいと飛び降り、僕が手をこまねいていた道具類を片付け始めた。どうやら手伝ってくれるらしい。
「君の考え方は、一時的すぎるよ」
「どういうことです?」
「このポリッシュが、ブラシが、オイルが、なかなか片付かないのは君が――この、目の前にポンと転がってる問題ばかりに目を向けているからだ。簡単に言えば君は『フラれたショック』に立ち直れずにいる。つまり、今が日曜だってのに辛い月曜のことしか考えていないのさ」
「難しいことを言わないでください」
「君は今とてもショックかもしれないけど……いずれ忘れる。だから悩んだって仕方ないんだ」
「僕は……僕は、本当にアイツが好きで。アイツ以外はどうでもよくって。もう、無理なんです。嫌なんですよ、これからの毎日が!」
「だから――」
パタン、と、目の前の楽器ケースが閉まった。今日はロクに上手く扱えなかったトランペットが、道具が、綺麗に収納されている。全部中島先輩がやったのだ。
「今落ち込むのは構わないよ。けど、ずっと引きずるのは止めておいた方が良い。それよりも、楽しいことを考えろ」
「楽しいこと……?」
「日曜の朝。君はその時から何だって出来る。美味しいご飯を食べに行けるし、ゲームも出来る。昼寝し放題だし、映画だって見に行ける。――辛いことばかり考えるなよ。月曜に悩んでウジウジするくらいなら、今を楽しんだ方がよっぽど良い。君は……もったいないことをするべきじゃない」
僕の中から、良くない何かが跡形もなく抜け落ちていったのがわかった。
僕が教室の床に膝をついて中島先輩の言葉を反芻し――気づけば、夕日は山の向こうに沈んでいた。今日が過ぎれば、明日は木曜。日曜でも月曜でもないけれど……何だか、世界が変わった気がする。
「おーい。君ー? とっとと出ないと鍵閉めちゃうぞー?」
「あっ」
中島先輩はいつの間にかドア近くにいて、指でじゃらじゃらと鍵をまわしていた。その鍵がどこか象徴的なものに思えた――僕は、僕の心の暗い部分に鍵をかけた。これは、まあ、墓まで持っていく記憶でいい。逆に、僕の心の良い部分の鍵を開けよう。教室のように、易々と明け閉めは出来ないと思うけれど……月曜日も、悪くないと思える日まで――。
この大切な時間は、胸にしまっておくことにする。