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7.孤高の高みへと至るためのモノ



 街に入り、僕らが腰を下ろしたのは実家の目の前にある噴水の縁だった。

 噴水の水面に、栗色の髪を持つ僕と黒いポニーテールを持つ先輩の姿が映し出された。


「今日は本当にありがとうございました」


 僕は改めて、彼女に対して深く深く頭を下げて感謝した。

 彼女がいなければ僕は今頃、あのゴブリンシャーマンに殺されていたのだろうから。

 もしもそうなっていれば、僕は両親の心に決して浅くない傷を残してしまっていただろう。

 確かに若くして命を落とす冒険者は少なからずいるが、そう言った冒険者の家族がギルド員に縋りつき、泣いている姿を僕は何度も見たことがある。

 冒険者が命を落とすのは自己責任で、そこには何の保険も掛けられていない。しかしだからと言って遺族が納得できるか否かは全くの別問題なのだろうということは頭では理解していたつもりだった。


「礼なんて要らないさ、私としては将来有望な後輩を失うわけにはいかないからね」


 そう言って笑みを浮かべるクレア先輩。

 僕はその言葉に面食らってしまい、目と口をこれでもかと開いてしまった。


「ゆ、有望……? 僕が……?」


「何故不思議そうな顔をするんだい?」


 彼女が一体何を言っているのか僕には理解できなかった。

 僕は学院始まって以来の落ちこぼれ、言ってしまえば《凡夫》中の《凡夫》だ。対して彼女はゼオンよりも冒険者ランクは下ではあるが、彼と同様に学院始まって以来の《天才》と呼ばれている才女だ。

 ゼオンが《勇者》と呼ばれるように、彼女も《剣聖》の再来と言われている。

 そんな人が、僕の事を有望だと?


「ハハッ……、ありえない」


 僕は自嘲気味に口元を歪め足元に視線を落とした。


「何がありえないんだい?」


 心底不思議そうな声音で尋ねる彼女を僕は睨みつけた。

 助けてくれた恩人ではあるが、それとこれは別だ。

 感情のままに声帯から汚物のような言葉が絞り出されていく。


「僕が有望……? そんなわけがないでしょう……ッ。 もし僕が本当に有望なら、あの場所で、あのように無様に……ッ! 地べたに這いつくばってはいませんよ!!」


 僕は自暴自棄になって敵の力量を見誤った。その結果があの様だ。だがもしも僕に才能が、力があればあの程度の窮地打破出来て当然だった。

 走馬灯の末に、僕はあの状況を突破する策を見つけることはできなかった。つまりはその程度の男と言う事だろう。

 彼女は僕の言葉を聞き、ふむ、と小さく頷いた後噴水の縁から立ち上がった。

 彼女は背中越しに、僕に問いかけてきた。


「君は、自身に《才能》が無いと、そう言いいたいのかい?」


 僕はその問いに、何のためらいもなく吐き捨てるように答えた。


「そうですよ」


 学院の誰に聞いても、きっと同じ答えだろう。

 そんな当たり前の答えを、目の前の《天才》は――

 

「それは違うな」


 ――真っ向から否定してきた。


「何が違うと――ッ!?」


 彼女の言葉に余計怒りを燃やし再び言い返そうと口を開いたが、僕は咄嗟に口をつぐんでしまった。

 理由は、振り返った彼女の視線が、あまりにも真っ直ぐだったから。

 冗談を言っているような表情では到底なかった。

 彼女は本気で言っているのだ。本気で、僕なんかに才能があると、そう言っている。

 だが仮にそうだとしても、現実の僕はあまりにも惨めな程に凡夫、いや、それ以下だった。


「貴方は僕の事を知らないからそんな無責任なことが言えるんです。ぼ、僕の魔力特性は――」


「――勿論知っているさ。《停滞》だろう?」


 僕の魔力特性の事をしておきながら、僕に才能があるなんて与太話をしたのかこの人は……っ!

 ドロリとした黒い感情が湧く感覚と共に、僕は立ち上がり凡人の気持ちを理解しようともしない天才少女に詰め寄る。


「知っているなら、何故僕に才能があるなんて言えるんですか!? 魔力を体外に放出しただけで、僕の魔力は自動で停滞しようとしてしまう! 身体強化以外の魔術をまともに発動できない僕のどこに! 才能があるっていうんだよ!?」


 悔しさで目頭が熱くなるとともに視界が歪む。

 僕の怒りを一身に受けても、彼女は尚もこちらを真っ直ぐと見据えていた。


「君のその魔力は、この世界の誰もが一生をかけて努力したとしても手に入れることのできない、唯一無二の魔力(モノ)さ」


「唯一無二だから何だってんだ!? こんなものがあるから、僕は――ッ」


 ――英雄になることができない……。

 その続きは言葉にならなかった。いや、正確に言うのであれば口にすることが出来なかった。

 もしも諦め(それ)を口にしてしまえば、決定的な何かが終わると思ってしまったから。

 膝を付き、僕は地面に拳を叩きつけた。


「……クソォッ! どうして僕に、僕だけにこんなモノが! こんなモノさえなければ、僕は英雄に――ッ」


 情けなくて、悔しくて、涙が零れ落ちた。

 ボタリボタリと垂れ続ける雫は僕自身が抱えきれない感情が溢れだしたかのようだった。


「《英雄》……か。それが君が目指すものかい?」


 僕ははっと口を抑えた。

 感情に任せてその夢を零してしまったのは完全な失態だった。

 自嘲気味に笑いながら、僕は答える。だが、怖くて彼女の顔を見ることができなかった。

 もしも、嘲りの表情を浮かべていたとしたら、今の僕には耐えられないかもしれない。


「……そうですよ。子どもの頃からずっと、僕は《英雄》に憧れてたんです。…………(わら)えますよね? 僕みたいな《凡夫》がそんな分不相応な願いを抱くなんて」


 自己嫌悪で吐きそうだ。

 きっと目の前の天才少女も呆れかえっていることだろう。


「どこがだい?」


「は?」


 僕は彼女のその言葉に思わず顔を上げた。

 彼女は薄紫色の瞳に真っ直ぐな熱を灯しながら、僕のことを射抜いていた。


「夢なんだろう? それを嗤う資格なんて、私にあるわけがない。それに、君はその夢のために涙を流した。つまりは、君はまだ諦めていないってことだろう?」


「僕がまだ、諦めていない?」


「ああそうさ。涙を流すほどに悔しいのなら、君はまだ諦めていないはずだ。もしも本当に諦めているのなら悔しいなんて思うはずもない。悔しいっていうのはね、君がまだ、その目標を見据えているから出る感情さ。……それに――」


 彼女はそう言いながら僕へと手を差し伸べてきた。


「――君の才能は孤独だと蔑まれるモノではない。孤高の高みへと至るためのモノだよ」


「孤高の、高み……?」


 呆然とする僕は、無意識に恐る恐ると彼女の手に自身の手を伸ばしていた。

 この手を取れば何かが変わる。そんな確信めいた不思議な衝動に身体が勝手に動かされていた。

 少女の手はひんやりと僕の手を包み、ぐいと引き上げてくれた。

 そして少女は、自信に満ちた表情で僕に言う。


「ああそうさ。君は私と同じ、いや、それ以上の存在になれる。私は本気でそう信じてる」


「何で僕のことをそこまで……」


 彼女はどうしてこんな僕のことを評価してくれているのだろうか?

 会うのも話すのも、これが初めてのはずなのに。

 彼女は僕のつぶやきを聞いて、少し、物悲しそうな表情をした。


「覚えていない……か」


「え?」


「いや、何でもないよ。それより、もしも君が強くなりたいのなら、私が所属している研究室に来ると良い」


「研究室? クレア先輩は、今までどの研究室にも属していなかったと記憶しているのですが?」


 彼女はそのあまりの優秀さゆえか、研究室に属していなかった。確か学内誌の取材で、その必要性を感じないからと答えていた気がする。

 

「ああ。今まではあまり研究室に所属するメリットが感じられなくてね。でも今はある研究室に所属しているんだ。ほら、場所はここさ」


 彼女はそう言って、小さな手書きの地図を僕に手渡してきた。


「誰の研究室なんです?」


 流石に学院内の研究室の細かな位置全てを把握できてはいないため、地図を見ても誰の研究室なのかは分からなかった。


「来れば分かるさ」


 意味深に微笑む彼女に、僕は怪訝そうに眉を潜めた。


「なあそんな顔しないでおくれよ。悪いようにはしないからさ。……取り敢えず、今日はもう夜も遅いからね。ここらで解散するとしようか。それじゃあね」


 黒髪のポニーテールを優雅に揺らしながら、彼女は貴族街の方へと歩き始めた。


「あ、ありがとうございました!」


 僕は改めて、彼女にお礼を言いながら深く頭を下げた。

 少女はこちらを振り返ることなく、フリフリと右手を振って応えてくれた。

 また明日、先程の暴言に関して謝罪しなくてはならないな。


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