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43.走馬灯

「クレア先輩」


 ある日の早朝、僕は走り込みで疲労困憊し地面に倒れ伏しながら、隣で剣を素振りしていた先輩に話しかけた。


「ん? どうしたんだい? ユリウス君」


 彼女はチラリとこちらに視線を投げた後、素振りをしながら返事をした。


「アルマさんについて何ですけど、聞いても良いですか?」


 僕がそう言うと、彼女はピタリと素振りを止めて、ギギギ、とぎこちない笑顔を浮かべながらこちらを向いた。

 いや、別に素振りを止めなくても良いんだけどな。


「な、何でアルマ君について!? も、もしかして彼女にきょ、興味が、ある……とか……?」


 最後の方は何故か尻すぼみに小さな声になっていた。

 モジモジと両手の指を擦り合わせる先輩に僕は言う。


「まあ、興味があると言えばありますね」


 彼女の扱う魔術に。


「うぅ!?」


 不思議な奇声を上げて、四つん這いに地面に倒れ込む彼女。

 いや本当にどうしたんだこの人。


「で、てもでも……!? 彼女はセカイ先生のことが好きだからやめといた方が良いんじゃ無いかな!?」


 アルマさんがセカイ先生に浅くない想いを持っていることくらい付き合いの短い僕にも容易に察することができた。

 でもーー


「今それ関係ないですよね?」


 ーー彼女の魔術について話がしたいだけだし。


「はぅあ!? そ、そこまで本気だなんて……」


「何してるんですかこの女狐は……?」


 綺麗に畳まれたタオルを両手に抱えたアルマさんがやや、というかだいぶ呆れを含んだ声で話しかけてきた。

 スッと差し出されたタオルを受け取り、汗を拭う。

 アルマさんはクレア先輩にはバサッ、と乱雑にタオルを放り投げた。いつもであれば何食わぬ顔でタオルを受け取る彼女も、今日は何故か四つん這いになって地面に叫び拳を叩きつけることに夢中で頭にかかるタオルなど歯牙にもかけていなかった。


「いや本当に突然こうなったんで僕にもさっぱり……」


「どうせくだらない勘違いでもしてるんでしょうね」


 勘違いとはどういう事だろうか?

 首を傾げる僕を見てアルマさんは苦笑を浮かべた。

 

「先輩も先輩で朴念仁ですよね……。いつか刺されないように気を付けてくださいね」


「? はい」


 意味はよく分からなかったが、きっと背後からの奇襲にも対応できるように鍛えておけというアドバイスだろう。素直に頷いた。


「話は変わるんですけど、アルマさんに聞きたいことがあるんですけど良いですか?」


「私に答えられる範囲であれば、構いませんよ?」


「待てユリウス君! 告白はまだ早いとお姉さん思うなぁ!?」


 四つん這いになっていた先輩の精神は尚もご乱心だったようで、いきなり立ち上がって頓珍漢なことを言ってきた。

 後で心が落ち着くハーブティーの淹れ方を先生に聞いておこう。

 アルマさんは舌打ちし、蔑むような視線をクレア先輩に向けた。


「頭の中に何が咲き誇ってんのか知りませんけど、その勘違い鬱陶しいのでやめてもらっていいですか? ユリウス先輩の顔見ればそんな色恋に関する話題じゃない事くらい分かるでしょう?」


 その言葉に目をパチクリと瞬かせながら先輩は僕の方を向いた。


「告白じゃないの……?」


「……?? 一体何の話をしてるんですかお二人共?」


 告白って、一体何の?

 僕が心底理解できないという顔をしていると、クレア先輩はゴホンと咳払いをして表情を引き締めた。


「どうやら見苦しい所を見せたようだね」


 そこにいたのは、いつもの凛とした先輩だった。


「見るに堪えなかったです」


 咄嗟につっこむアルマさん。


「うるさいなぁ!」


 凛とした表情が1秒と持たない……。

 フィオナがクレア先輩のことを怖いと言っていたが、目の前の光景を見ればそんな感想吹き飛ぶだろうな。


「フフフ」


 フィオナが唖然と口を開くさまを想像して、僕は思わず笑ってしまった。


「む。私以外の女性のことを考えているね」


「貴方は一体何を感じているんですか気持ち悪い」


「は? 何が気持ち悪いんだいアルマ君?」


「自覚ないんですか!?」


「あの、本題に戻っても……?」


 このままじゃ埒が明かないし、そろそろ止めないと。


「「あ、はい」」


 彼女たちは申し訳なさそうに返事をして表情を引き締めた。


「以前クレア先輩とお茶に行ったとき、先輩、ミルフィーユを食べていましたよね?」


「ああ。そう言えば、あの時何か思いついた様子だったね」


「ええ。あの重なった生地を見て、僕は新たな魔術式を思い付いたんです」


「と言うと?」


「複数の術式を重ねた魔術式です」


 そう言いながら、僕は一つの銃弾を取り出した。

 アルマさんは一目見て、僅かに目を見開いた。


「魔術式を平面ではなく立体として組み上げた、ということですか……」


 彼女の言うとおり、この魔弾は術式を円盤の表面に刻み、それをいくつも重ねることで一つの銃弾として加工していた。


「はい。ですが、見てください」


 僕はそう言って、その銃弾を魔銃に装填し誰もいない方向へ撃ち放った。

 パンと軽い音を立てて放たれたそれは銃口から放たれて程なくした所でパパパパァン! と軽い音を立てて空中で離散した。


「ん? 今のは一体? 発動したのかい?」


 クレア先輩の疑問に僕はフルフルと首を振るった。


「いいえ不発です。どうにも術式同士が干渉しあって上手く動作しないようでして……」


 そう、一枚一枚の術式に意味はあっても、それが連動していない。そもそも、術式は魔術円という枠組みの中に書き込んでいくのが定石となるためこの魔弾のようにただ重ねただけでは発動しないのは至極当然だった。

 正直、浅慮というほかない。


「なるほど。それで私にも意見を聞きたいと言う事ですか」


「は、はい。アルマさんの魔術式の精度は僕が今まで見てきた中で頭抜けて素晴らしかったので」


 そう言うと、彼女はポリポリと頬を掻いてあらぬ方向を向いていた。


「そう真っ直ぐな瞳で褒められるとむず痒いですねぇ」


「でも、事実ですから」


「フフフ……。まあ、良いですよ。他人の意見を取り入れたいって事ですよね? 正直、どうすれば術式を立体として起動するのかは分かりませんが、ただ――」


「ただ?」


「平面の術式は複数の術式を連結させる回路術式を用いているので、立体になってもそこは同じなのではないかと」


「術式の連結……」


 確かに、今の状態ではそれぞれの術式が独立していて繋がっていない。

 それを繋ぐための、術式、か……。でも、平面ならいざ知らず、立体的な連結などどのように為せばいいのだろうか……?

 分かりやすく言えば、今のこの魔弾は術式同士が地続きになっておらず、次元の違う世界同士となっているのだ。


「お役に立てずに申し訳ありません」


「あ! いえいえ! とても参考になりました! ありがとうございます!」


「ところで術式に関することなら、ご主人に聞いてみるのはどうですか?」


 アルマさんは白い耳をピコピコと揺らしながら聞いてきた。


「僕も最初はそうするのが良いのかもと思ったんですが、でもきっとそれじゃダメなんです」


 クレア先輩が不思議そうな顔をして聞いてくる。


「どういうことだい? セカイ先生はあれでも一応現代魔術学の教授だよ?」


「だからですよ。あの人はきっと一足飛びに結論を見つけてしまうでしょう。そして気兼ねなく僕に結果だけを与えてしまう。それでは駄目なんです」


 それが楽な道なのは間違いない。でも、それではきっと駄目だ。体術を教示してもらうのとは全く違う。この魔銃は僕が自身で考え、1から構築したものなのだから。そこに先生の答えをそのまま取り入れるのは間違いだと思った。仮に、辿り着く先が同じなのだとしても、僕自身が刻む無様な過程の有無はきっとこの先、僕の人生に多大な影響を及ぼすだろう。


「そういう事ですか……。良い顔つきになりましたね、ユリウス先輩」


 アルマさんは僕の言葉からその心情を察してくれたのだろう。ふわりと花が揺れるように、優しく微笑んでいた。


「アルマ君? ユリウス君に手を出そうものなら私を倒してからにしてもらおうか!!」


 先輩がまた荒ぶっていらっしゃる……。

 どこらへんに地雷があるのか未だに理解できていない。


「いい加減にしてくださいこの脳内お花畑女! 大体私に勝ったことないでしょうが!」


「今から勝つからね! さあ行くよ!」


 そう言って突如斬りかかるクレア先輩。

 その顔はどこか晴れやかなものだった。


「ああもう! この馬鹿狐が!!」


 アルマさんも口ではそう言いつつもどこか嬉しそうな顔つきだった。

 彼女達は決して認めないかもしれないが、互いに好敵手と思っているのだろう。きっと普段仲が悪いのはその照れ隠しのようなものだと思う。

 激しい戦闘を繰り広げる彼女達を尻目に僕は安全な場所で術式の改良案を重ねていった。

 僕は術式の改良を続け、演習日の朝、ついに固有術式を完成させた。

 だがしかし、この魔弾を使うには一つの大きな壁があった。

 それは――


「――人並みの魔力伝達速度を有していること」


 僕の魔力特性《停滞》が、重く固い壁としてそそり立っていた。


もうすぐ完結です

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