41.御伽噺の龍
「■■■■■■■■■■■■!!!!」
耳をつんざく程の咆哮。
同時に、足の力がガクンと抜けて跪く。
「ハアッ! ハァッ! ハァッ!?」
息が、苦しい。まるで突然水中にぶち込まれたみたいな!?
「な……ん、だよッ!? これッ!?」
ディッセルも僕の背後で膝を付いていた。
分からない分からないワカラナイ!?
一体何が起こっている!?
周囲の魔力の濃度が、濃すぎる!?
一歩たりとも、動けそうにない程の重圧。
それでも、立たなきゃ……ッ。僕は、戦わなければ……ッ。
「グッ、オォオオッ!」
歯を食いしばり、全身全霊を以って威圧感を放つ存在を眼に収めようと顔を上げた。
そこにいたのはーー
「金色の……ドラゴン……?」
夜の中で燦然と輝く、ドラゴンだった。
ドラゴンがこんな片田舎の森の中にいるなど、どう考えてもおかしい。
しかも目の前に存在しているのはどう考えてもただのドラゴンなどではない。ただそこに存在するだけで周囲に恐怖をバラまくような存在など、もはや御伽噺の龍だと言われても信じてしまう。
だが、事実として目の前に存在してしまっている以上そのような思考は何の意味もなさない。
そもそも、このドラゴンは一体どこから来たというのか。つい先刻までこのような威圧感を放つ存在はいなかったはずだ。
まるで、突然現れたかのようなーー
「皆さん、逃げてください!!」
夜の帳を切り裂くように聞こえたその声は、僕には聞きなじみのある声だった。
「ア、ルマ……さん……?」
彼女の声はきっと風魔術で拡散させているのだろう。
遠くまでやまびこの様に響いていた。
彼女は空中を飛び、金色に輝くドラゴンを殴り飛ばす。
「■■■■■■■■■■■■!!??」
「ハハハ……」
「何だあれ……」
乾いた笑いが出る僕に、呆然とするディッセル。
人間の大きさなど、ドラゴンが一飲みできる程度でしかない。その脅威の対格差で格闘戦を仕掛けているのだから、質の悪い夢でも見ているかのようだった。
僕はその攻防を見逃さないようにと、己の眼と耳を全力で強化する。刮目を止めるな。その一挙手一投足を全て僕自身の糧にするんだ……っ!
アルマさんは追撃をかけようと宙を蹴りドラゴンに肉薄する。だがーー
「■■■■■■!!!!」
ーードラゴンもただのサンドバックではない。一瞬でその姿を消し、アルマさんの背後に現れる。
「空間魔術!?」
アルマさんと同じ!?
ドラゴンはアルマさんの背後から尻尾を叩きつけるように振るう。
「ちっ」
彼女は軽く舌打ちして、ドラゴンと同じように空間魔術で離脱する。
その後は空間魔術で優位な場所を取り合う戦いへと移行していった。
彼女達がぶつかる衝撃で大気が爆ぜ、地上にまでその余波が及んでいた。
ビリビリとした空気の振動が周囲の木々を振るわせていた。
どこまでも続くかに思われたその攻防は、痺れを切らしたドラゴンによって終わりを告げる。
上空へと転移したドラゴンは、その顎を大きく開き、急速に魔力を貯めていく。
「あれは!?」
高位のドラゴンはその口腔の血管そのものが生まれついての魔術式として機能している。その効果はドラゴン毎に異なるとされているが、今回のは歴史上被害が甚大だとされる龍の息吹だ。もはや教科書でしか聞いたことがないが、かつて国一つ焼き尽くしたこともあるというソレは個人が対処できる威力を遥かに凌駕している。
あまりの魔力密度に、全身が泡立つ。これだけ離れているというのに、その熱で火傷してしまいそうになる。
あんなものが地面に触れてしまえば、この森全域が焦土と化してしまうだろう。
でもーー
「ーーアルマさんなら」
その理由のない信頼の言葉と同時に、白髪の髪を靡かせながら彼女は手を上空に掲げ空中を覆いつくすほどの魔術式を展開する。おおよそ、個人で展開できる規模を優に超えたその魔術式を見ても僕は不思議と驚かなかった。クレア先輩と同等かそれ以上の実力を持つ彼女にならできても不思議ではないと納得できてしまった。
魔術式に魔力が充填されたその刹那ーー
「■■■■■■■■■■■■!!」
「特異術式!!」
ーー龍の息吹が放たれた。
ーーアルマさんの術式が起動し黒い円盤が出現した。
まともに着弾すれば森ごと僕らを灰燼へと返すソレを、アルマさんの魔術は丸ごと吸い込んでいく。
「!!??」
ドラゴンは驚愕したのか僅かにその瞳が揺れ動いた。
そして次の瞬間ーー
「動揺とは……。やはり、まだまだ青い」
ーー背後に表れたアルマさんの蹴りで下に吹き飛び、黒い円盤に吸い込まれていった。
彼女はドラゴンに追随するように宙を蹴り、自身も黒い円盤に入っていく。
彼女が入るのと同時に黒い円盤が消失し、森全域に広がっていた威圧感が霧散した。
「何なんだよ、あれは……ッ」
ディッセルはどこか悔し気に顔を歪めながら吐き捨てた。
「質問が抽象的すぎるけど、言いたいことはわかるよ」
今の自分達とは隔絶した世界に、彼女はいた。背中すら見えないほど遠く。己が研鑽した先にあるのかもわからない果てのさらに先の世界だ。
「だけど今はそれよりもーー」
僕は意識を切り替え、周囲に再び現れ始めた魔物の気配に全神経を張り巡らした。
「これはもう疑う余地もないな……。これはーー」
「ああ。街で飛び交う新聞でしか聞いたことがなかったがーー」
僕達が結論にたどり着くと同時に、
「「ーー大量発生だ!」」」
森の闇から魔物が殺到してきた。
魔物を倒しながら、本来演習のゴール地点とされている広場へと入る僕達。
そこでは、学院の生徒達が必死の形相で魔物たちと戦闘していた。




