38.演習地へと向かう馬車にて
僕達は実習を行う近隣の森へと移動する馬車の中で揺られていた。
今までの僕であれば緊張でどうにかなってしまいそうだったが、不思議と今日の僕は落ち着いていた。理由など考えるまでもないだろう。先生と先輩に指導してもらったことが僕の自信になっているのだ。
「なんだか楽しそうだね、ユー君」
そんな僕に対して、フィオナはニコニコと話しかけてきた。
「いや、楽しみではないけどね。でも、不安でもないかな」
そう言った僕の表情を、真剣な瞳で眺める彼女。
「何だか最近、雰囲気変わったねユー君」
「そう、かな。でも、そうかも」
「ユー君を変えたのは誰かな~?」
そう言って少し意地の悪い笑みを浮かべるフィオナ。
そう言われた瞬間頭の中に浮かんできたのは、黒く輝く髪を持つ彼女の後姿だった。
今でも鮮明に思い出す。殺されかけた僕を救ってくれた彼女の剣閃の美しさを。
「勘弁してくれ……」
流石に気恥ずかしいため咄嗟に回答を渋ってしまった。
そんな僕に対して、彼女はぼそりと呟く。
「何だか、悔しいや……」
「? 何が悔しいんだ?」
僕がそう聞くと、彼女は頬を赤く染めながらぱしりと左肩を叩いてきた。
「もう! 何で聞こえてるのさ!」
「理不尽だ!」
自分で口に出したのに!
「聞こえてても女心が分かってるならスルーするところだからね!」
「そう、なのか……?」
生まれてこの方女性と付き合った事の無い真正の童貞にはよく分からない。
という言い訳はあまりにもダサすぎるので、今度先生に相談してみよう。あれだけモテるんだから経験の一つや二つあるだろう。
他愛のない会話をしている途中で、僕はずっと気になっていたことを彼女に聞いた。
「ねえフィオナ」
「何?」
「あ~、その、ゼオンと君ってどういう関係なんだ?」
ゼオンがよくフィオナに話しかけているのをよく見かけていた。
僕は初めゼオンと付き合っているからだと思っていたが、彼女が言うにはそう言うわけではないらしい。
「ん~~、簡単に言えば出資者……かな?」
「出資者?」
「私の家ってご存じのお通り代々薬師なんだけど、魔術の発展と共に回復薬の需要が徐々に減ってきてるんだよね。勿論マナポーションとかは今でも売れるんだけど。昔ほど傷を癒す通常ポーションとかは売れなくなってきてるみたいだね。まあ、私もここ20年くらいの帳簿を見て知ったことなんだけど」
「確かに、回復魔術の進歩は特にここ十数年で革新が起きてるって講義でも言ってたっけな」
今では光属性の最新魔術では身体欠損すらも治せると聞いたことがある。勿論必要な魔力量、術式共に膨大過ぎておいそれと使えるようなモノではないだろうが。確か、現在進行形で臨床試験中のはずだ。形式上、第11位階とされているソレは、大魔術師100人は必要だとか何とか。
「そう言うわけで、経営的に苦しい部分があってね……。どこかで資金の融資を受ける必要が出てきたんだけど、落ち目の薬屋に投資してくれる人なんて中々いなくてね……」
「そこで、公爵家の生まれであるゼオンが名乗り出たと?」
彼女はほんの少し苦笑して答える。
「そうそう。少なくない融資を受けている現状、何されてもあまり強くは出られないんだよね」
「……何されてもっていうのは?」
「肩を抱き寄せられたり、ダンスパーティに誘われたり、とか……」
ほんの少し言い難そうにフィオナは答えてくれた。
だがすぐ慌てたように、こちらへ訴えかけてくる。
「で、でもでも! 基本的に断れるときは断ってるし、本当に彼とは何もないよ!」
「わ、分かってるよ。それは何度も聞いた」
今までも彼女はゼオンとの関係を強く否定してきたのだから、今更それを疑うつもりはない。
「ちっ。緊張感のない奴らだな」
僕達の会話を遮ったのは同じ馬車に乗っていたディッセル・ホルストだった。
赤髪をオールバックにしている彼は、大剣の手入れをしながら苛立たし気に舌打ちをした。
あの模擬戦以来、彼は僕に積極的に絡んでくることはなくなっていた。それどころか取り巻きとつるまずに一人で修練に励む姿が増えていた。
「ごめん。確かに騒がしかった」
僕がそう言うと、彼はフン、と鼻を鳴らして外を向いた。
「……俺も気が立っていた。……悪いな」
「い、いや、大丈夫」
「ご、ごめんね~」
僕とフィオナは面食らってしまい、動揺が言葉に表れてしまった。
流石に演習地に向かう途中だというのに、緊張感に欠ける行為だった。僕達はそれ以降真面目に演習地での行動をおさらいし、意外にもディッセルはそれにぶっきらぼうながらも参加してきた。
そんなことをしていると、演習地であるラドス辺境伯領に入っていた。
南方の国境に位置するラドス辺境伯領は広大な農地を有しており、領民の生活は良好だともっぱら噂になっていた。
広大な農地を眺めながら、頬杖をついたディッセルは呟く。
「変わり映えしねー景色だこと」
「農地が広いことは良いことだよ。農作物の収穫量が多い事とイコールだし、大量に生産してくれるおかげで僕達帝都に住んでいる民が豊かに暮らせているんだから」
「んなこた分かってんだよ優等生。ただの感想だ」
「ゆ、優等生……?」
面食らった僕にディッセルは不機嫌そうに返す。
「あ? 何不思議そうな顔してんだてめぇ? あんだけ筆記の成績良くて実技も俺なんか相手にならねぇくらいなんだから別におかしくねえだろうが」
「おお! 君見る目あるねえ!」
フィオナはそう言ってディッセルの肩をバンバン叩いた。
「お前……。そんなうざい奴だったのか? つかやめろ!」
面倒くさそうに顔を歪めながらディッセルはフィオナの手を振り払った。
「以前の模擬戦のことを言ってるなら、あれは僕に圧倒的に有利な条件だったからね。対等に戦えばどうなってたか分からないよ」
「はっ! 負けは負けだ。んなもん言い訳にもなんねぇ」
ディッセルはそう吐き捨てた後、
「だが、次は絶対に勝つ」
不敵な笑みを浮かべて言い切った。
以前までの嘲笑とは全く違う笑いに、僕は嬉しくなった。
「ああ。次も負けない」
そう言って拳をぶつけ合う僕らを、フィオナは生暖かい視線で見ていた。
「あ! もう着くみたいだよ!」
フィオナはそう言って外を見るように促す。
僕とディッセル、そして同じ馬車に乗っていた生徒達は次々と身を乗り出し、目的地である大森林をその目に焼き付けた。




