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36.セカイとの出会い


「お爺様のことは知っているよね?」


「勿論です。現代史の教科書にも載ってる生ける伝説ですから」


 歴代最強の剣聖であるサザランド・ダスティスを知らない人間など、この国に一人として存在しないだろう。


「そのお爺様がある時連れてきたのがセカイ先生とアルマ君だったんだ。確か、2年前のことになるかな」


「学院長が?」


「ああ。得体の知れない男を屋敷に招いたかと思えば執事として教育すると言い出したんだ。私は当時大反対したんだよ」


「どうしてですか?」


「私の実家は知っての通り公爵家だからね。使用人に扮した間者が紛れ込むことがたまにあったんだ。セカイ先生が来る少し前に妹がその間者に攫われてしまう事件があったんだ」


 僕は咄嗟に声量が大きくなってしまう。


「だ、大丈夫だったんですか!?」


 突然立ち上がった僕に、周囲は奇異な視線を向けてきた。

 彼女はしー、と唇に人差し指を当てた。


「風魔術で防音しているとはいえ限度があるからね。落ち着いて」


 そう言って彼女は机を指さす。

 

「いつの間に……」


 クレア先輩は魔術をひっそりと発動していた。


「これでも貴族令嬢だし、誰が聞き耳を立てているかわからないからね。癖みたいなものだよ」


「申し訳ありませんでした」


 二年前のことをこれだけ落ち着いて話している以上、大事にはならなかったのだろう。それにもしそれだけの事件が長引いていれば市井にまで情報が回っているはずだ。

 僕は座り、落ち着けるように紅茶に口をつけた。

 先生の紅茶の方が、美味しかったような……。


「端的に事の顛末を話すと、セカイ先生が妹を救出してくれたんだ。その見返りとして住み込みの働き場所を提供して欲しいとお爺様に申し出ていたらしい」


「先生が?」


「ああ。当時の彼と彼女は長い間さまよっていたのか浮浪者のような恰好をしていてね。恥ずかしながら私は彼らのことを信用できなかったんだ」


「どうしてですか?」


「妹を攫い、救い出すまでが一連の筋書きだと深読みしてしまったのさ。もしくは妹誘拐の情報を得た第三勢力が体よく間者を送り込んできたのだと考えた。だから私は反対し、彼にきつく当たった。セカイ先生は困ったような顔をしていたが、それすらも演技だと思っていたんだ」


「そんな状態から、結局どうやって誤解は解けたんですか?」


 話を聞いているだけでも先輩達の溝は深かったように感じた。


「契約魔術を介した決闘を行ったのさ。勝者は敗者に何でもいうことを聞かせるなんて言うでたらめな条件をだしてね」


 確かにそれはでたらめだ。

 リスクがあまりに大きすぎる。だが勝つ自信があったからこそ彼女はそんな条件を押し付けたのだろう。


「先生は渋っていたが、私は強引に決闘の受諾をさせた。濡れ衣ではないと証明して見せろ、と吐き捨ててね」


 彼女はそこまで言い、一息つくようにコーヒーを飲む。


「まあ、結果はお察しの通り、惨敗だった。私の技は全て受け流され、無効化された。本気で殺すつもりで斬りかかっても、掠る気すらしなかった。そして決闘中に私は次第に冷静さを失っていった。自分の今までを全て否定されているような気分になったからだ。私の剣技はお爺様から受け継いだ最強の剣だと信じて疑っていなかった。そんな自尊心が粉微塵に砕かれ、次第に私の剣からは精彩が欠け、醜いものとなっていった。セカイ先生はその瞬間、顔を憤怒に染め上げて私を殴り飛ばした。その時の言葉は今でもはっきりと覚えている」


「何て、言ったんですか?」


「『君が剣を選んだ、その原点は何だ!? サザランドさんへの憧れじゃないのか!? そんな君が、誰よりもその剣に生涯を捧げてきた君が!! あの人の剣技を信じなくてどうする!?』ってさ。……正直、殴られる以上に脳みそを揺さぶられた感じがした。同時に、

あの人もまた、誰かを追いかけて剣を振るっていることを骨の髄まで思い知らされた」


 僕は以前、先生がある人に助けられ、その人のように強くなりたいと話していたことを思い出した。


「まあその決闘の後も紆余曲折あり誤解は解けたんだけど、それ以来、私はあの人のことを心底尊敬するようになったんだ」


「そうなんですね」


「ああ。お爺さまと同じくらい尊敬できる人だよ。まあ、たまに物事を抱えすぎるきらいがあるのが欠点だけどね」


「確かに先程のアルマさんの様子を見るに、何かとんでもないことに首を突っ込んでそうではありますね……」


「全く、困った人だよ」


 そう言って苦笑する先輩は、どこか嬉しそうでもあった。


「何だか嬉しそうですね」

 

 そう言うと、彼女は驚いたように目を見張った。


「そ、そうかい? もしそう見えていたのなら、そうだな……。もしかして、私はそういう危なっかしい人を尊敬しがちなのか……? 確かに三人ともーー」


「ーー三人?」


 学院長とセカイ先生以外に、誰だろうか?

 

「……ちょっと口を滑らせてしまったようだね」


「誰なんです?」


「気になるかい?」


 僕が頷くと、彼女はこちらをじっと見て、


「秘密」


 と年相応の少女らしく笑った。

 僕は咄嗟のことで頬が火照るのを感じて、反射的に目を逸らした。

 今のは、ずるいだろ……。

 普段凛とした姿しか見ていないため、ギャップで心臓に悪すぎる。


「わ……っ! フフフ……」


 彼女はそんな僕の様子が面白いのか、鈴を転がしたようにクスクスと笑った。

 

「そ、そんなに笑わなくても」


「ごめんごめん。何だかそんな反応をしてくれるのが意外でつい、ね」


 彼女は楽し気に、ミルフィーユを食べ始めた。


「話は変わるけど、君は何に行き詰ったんだい? 気分転換に外に出たんだろう?」


 僕は紅茶にぽちゃんと角砂糖を落として溶かしながら答えた。


「僕が今よりも強くなるために新しい術式の開発をしたいと思っていたんですが、当然のように上手くいかなくて、行き詰ってます」


 大体、僕の場合魔弾に刻める術式数に限界があるのであまり複雑な術式では駄目だった。


「ふむ……。私は術式の開発に関しては門外漢だからなあ」


 魔術を扱う事とその開発には大きな隔たりがある。優れた魔術師が優れた研究者とは限らないのだ。

 そういう意味では、セカイ先生は顕著な例と言えるだろう。彼自身の言葉を信じるのならば、彼はまともに魔術を発動できないらしいのだから。


「僕もですよ。特に基礎術式の効率化なんてもうされ尽くしてるから改良の余地がありませんし、かといって複雑な術式は使えませんし、八方塞がり……で……」


 僕は言いながら、彼女が食べるミルフィーユに釘付けになってしまった。


「ん? どうしたんだいユリウス君? もしかして一口欲しいのかい?」


「いえそういうわけじゃ……。もしかして……、いや、でもそんなことが可能なのか?」


 僕はミルフィーユの断面を見て一つの可能性に行きついた。

 クレア先輩は合点がいったかのように頷いた。


「その顔、何か思いついたみたいだね」


「はい! 先輩すいません! 突然なんですけど今すぐにでも試したいことができたのでこれで失礼します! 今日は本当に楽しかったです!」


 僕は、自身と彼女の分のお代を机に置いて立ち上がった。

 彼女はニコニコと笑みを浮かべながらヒラヒラと手を振っていた。


「頑張れ!」


「はい!」


 今しがた掴んだ手掛かりを脳内で構築しながら、僕は煉瓦街の地を蹴って進んでいった。



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