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34.幕間:|大量発生《スタンピード》③

「そう仰られるとは思っていました。ですが現状、私が捨て石になることが最善策です」


 セカイが言っているのは、一人で解決するという事ではない。

 そこまでセカイという男は驕りを持ってはいない。

 いくら自身が強くなったと言っても、一人で百万体を同時に相手取ることは困難を極める上に、この規模の大量発生(スタンピード)の裏には必ず、神に類する何かが存在していることは明白だった。魔物だけならいざ知らず、神まで相手取るのは一人では無理だ。最低でも自身やヒスイに比肩する者が二人は必要だと考えていた。

 サザランドは苦渋に顔を歪ませた。

 セカイが大量発生(スタンピード)の相手をしてくれれば、確かにその進行は目に見えて遅れるだろう。

 そうなれば、国が正しく事態を把握し適切な戦力を投入する時間も稼げる。

 つまり、最善策なのだ。


「お主程の男が犠牲になる必要はない……」


 だが、それと引き換えに目の前の傑物は命を落とす可能性が高いだろう。

 命の価値は平等だと説くものはいる。サザランドはその意見が完全な間違いだとは思っていないが完全な正解だとも思っていなかった。

 時にはたった一人の命が百万、千万の命に匹敵することもあるだろう。

 サザランドは、セカイという男をそれほどまでに評価していた。


「お主が行くぐらいなら、儂がーー」


「ーー貴方にはこの学院とその生徒を護る義務があります。何より、私が食い止めていることが誰かに知られていなければ国を動かす事もままならないでしょう。……私以外にいないんですよ」


「……特務機関を動かすのはどうだ?」


 グラディノス帝国には、扱いに困る傑物を集めた特務機関が存在していた。機関員は性格に難があることは多いが、その実力は間違い。


「特務機関は表向き独立していますが、実際には任務という形式で国から命令されない限り動かないでしょうね。更に付け加えますと、私は以前特務機関の第一位と剣を交えましたが……、はっきり言って足手纏いです」


 本当のことを言えば、特務機関トップである人物は実力だけなら申し分ない。だがこうでも言わないとサザランドは引き下がってはくれないだろうという判断だった。

 尤も、セカイの戦闘スタイルから考えると足手纏いという評価もあながち間違いではないが……。彼の動きを完全に理解し合わせてくれる相方でもなければ、巻き込まれて殺されかねない。それ程までに彼の戦い方は危険極まるものだった。

 セカイの恋人であるヒスイは彼と共に戦い、『まるで天災だね』と評した。

 

「お気遣いは無用です。それに私は死ぬつもりなど毛頭ありません。私が死んだら、アルマが悲しみますから」


 そう言って茶化すように笑みを浮かべる彼に、サザランドは苦笑した。


「お主が大量発生(スタンピード)に立ち向かうと言ったら、彼女は反対するんじゃないかね?」


「それはまあ、上手く誤魔化しますよ。学院長に調査を頼まれた、とか言って」


 学院長は真剣な表情に戻り、椅子から立ち上がり深く頭を下げた。


「お主がこの国にいてくれて、本当に良かった。儂にできることなどたかが知れているかもしれんが、生きて帰った暁には望むままの報酬を約束しよう」


 セカイは突然頭を下げたサザランドに慌てふためいた。

 彼の地位はこの帝国において確固たるものであり、ただの平民に頭を下げるということがどれだけ大事か分からないセカイではなかった。


「頭を上げてください学院長! 誠意は十二分に伝わっていますから!」


「しかし……」


「あの、それでしたら先に報酬を要求してもよろしいですか?」


「何でも言ってくれ」


「それでは、大量発生(スタンピード)が解決した際に私の存在を公にしないでいただけますか?」


「何故だ? これだけの大偉業を成し遂げれば、お主はこの国の英雄にーー。いや、お主がそのような名声に興味があるような男なら、今この学院で教授などという地位に甘んじてはいなかったな」


「いずれこの地を離れるかもしれませんから、あまりしがらみを抱えたいわけではないので……」


 もし仮に皇帝に自身の存在が知られてしまえば、貴族位を与えられてこの地に縛りつけられてしまうことを恐れていた。


「それなら、大量発生(スタンピード)の発生を黙っていれば良かったであろう。お主は何も知らない第三者となり、好きに離国できたはずだ」


「貴方には、大恩がありますから」


「借りを返してもらうどころか、こちらが大きな借りを作ってしまっているよ」


 二人は互いに見合い、笑い合った。

 人との繋がりというしがらみは、生きているうえで付いてきてしまうことがよくわかったからだ。


「話は変わりますが、もうすぐ行われる高等部2学年の遠征演習についてなんですが」


「やはり中止すべきだろうか? 国は動かせなくとも、学院内のカリキュラムは儂主導でどうとでもなるからな」


 セカイは地図上で遠征地を指さしながら答えた。


「一応遠征地は大量発生(スタンピード)の発生地点とは帝都を挟んでほぼ反対ですね。大量発生(スタンピード)の影響は受けないでしょう。むしろ帝都に留まるほうが戦闘に巻き込まれる可能性すらありますね」


「ふむ……。だが遠征演習も危険がないわけではないし、引率の教員達も貴重な戦力だしな……」


 仮に帝都まで攻め込まれるような事態になった場合、学院からも戦力を投入する必要があるだろう。学徒動員はサザランドの立場的には避けねばならないため、学院の戦力を削るのは可能な限り最小限にしたかった。


「アルマを同行させてみてはどうですか?」


「アルマ君を?」


「あの子は戦力的には申し分ないはずですし、特例として連れて行ってはくれませんか? 表向きは将来有望な中等部の後輩に高等部の先輩の実力を見せる、といった建前で」


「……心配じゃないのか?」


 そう言われ、セカイは一瞬呆けたがすぐに不敵な笑みを浮かべた。


「心配? あの子はそんな柔じゃありませんよ。私以上に、あの子は絶望というものを知っている」


「……分かった。お主がそう言うのなら、同行を許可しよう」


 二人はその後も、今後の計画を詰めていく。

 カチリ、カチリ、と壁にある大時計が時を刻み続けていた。


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