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31.鍛錬

 セカイ先生に指導してもらうようになってから一ヶ月が経とうとしていた。

 朝はひたすらに走り込みをし、放課後はアルマさんの作り出した空間で先生に稽古をつけていただいていた。


「動きに無駄が多い!」


 叱責と共に繰り出された拳が僕のみぞおちに刺さり、僕の体はいとも簡単に宙を舞った。

 このまま地面に崩れるわけにはいかない。


「ゴフッ……」


 軽くせき込みながら、宙を回って両足を地面に付けて勢いのままザザザ、と地面を滑った。当然、息を付く暇などあろうはずもない。

 先生は既に目の前に迫り、再び僕へと右拳を振りかぶっていた。


「ハァッ!」


 僕は手に持ったナイフで先生の拳へと向けて刺突を放つ。

 魔力強化していない先生の肉体に刺されば、怪我をすることは必至だ。

 だが僕は先生がこの程度の攻撃を馬鹿正直に受けてくれないということは分かりきっていた。


「狙いが直線的すぎる」


 先生は言いながら、拳の軌道を僅かにずらしてナイフの側面に滑り込ませそのまま裏拳でナイフを根元から叩き折った。

 その瞬間、僕はニヤリと口角を歪ませた。

 読んでいましたよ。


「っ!?」


 先生が僅かに息を飲んだ。

 折られたナイフはヒュンヒュンと風切り音を鳴らして地面に接しようと瞬間、突如その動きを変えて先生の顔面へと飛来する。

 仕組みは単純で、ナイフに仕込んでいた魔術式を起動させただけだ。


「チッ!」


「ハァ!」


 先生は折れたナイフへと右手の指を開いた。恐らくそのまま指で挟むつもりだろう。

 だがその一瞬さえあれば十分だ。僕は腰にあった予備のナイフを引き抜き、先生が折れたナイフに触れようとしたその刹那に肉薄した。

 この一月、僕は魔力を使っていない先生にただの一度も攻撃を当てる事ができていない。これは、千載一遇のチャンスだ。絶対に、逃さない!

 ナイフを突き出そうとしたその時――、


「なっ!?」


 ――眼前に、折れたナイフの刃が迫っていた。

 驚愕の声上げると同時に、視界の情報が脳内の思考回路にぶち込まれた。一瞬で、状況を理解した。先生はナイフを掴んだのではない。ナイフの力の流れを操作してその進行方向を変えたのだ。

 人間技じゃない!

 ナイフは先生へと向かう僕の顔面へと迫る。

 これは、もはや避ける事すら叶わない。そう確信する程に完璧な反撃だった。

 僕はその瞬間に諦めた。諦めて、しまった。


「フッ!」


 それを防いだのは、他でもない先生自身だった。

 目にも止まらぬ速さでナイフを地面へと弾いた。

 先生の腕に僅かな魔力の残滓を感じた。僕との模擬戦で今まで一度も使っていなかった魔力強化を先生は使ったのだろう。


「負けました……」


 僕は力なく呟き、地面に膝を着いた。

 結局、僕は先生に攻撃を当てられなかった。

 一月前から一歩も進んでいやしない。


「そう落ち込むなよ。今日の動きはかなりよかったぞ。一月前とは比べるまでもない位にな」


「え?」


 僕とは正反対の評価を下したその言葉が信じられず。僕は顔を上げた。


「そんな不思議そうな顔をするなよ。一月前なんて何もできずに地面に崩れ落ちていた君が、俺の攻撃に合わせて反撃できるようになった。これを成長と言わずに何という?」


「それは……、でも、結局僕は、先生に魔力強化を使わせることすら出来ていません」


 先程のは僕が避けられないと判断して攻撃を途中で止めるために使ったものなのでノーカウントだ。というか、改めて思い返すと情けないにも程があるだろう……。


「ま、君が納得してるしてないに関わらず、事実として君が欲していた近接戦闘の技術は向上してきてるよ」


「あ、ありがとうございます」


 先生は稽古中とその後にこの時にどういう動きや判断をすれば良かったのかを逐一教えてくれた。そのおかげもあって、僕は今までにない速度で近接戦闘技術を習得してきている。


「あ、そう言えば言い忘れてたけど、俺明日からしばらくこの国から出てくな」


「「ええ!?」」


 思わず驚きの声を上げたのは僕だけではなかった。

 遠くで派手に戦闘していたアルマさんとクレア先輩も一瞬で動きを止めてこちらへと砂埃を上げながら近づいてきた。

 二人は先生へと詰め寄り、アルマさんは先生の腹に頭突きと共に突っ込んできた。


「「どういうことですか!?」」


 二人は息ぴったりに先生へと詰め寄った。

 アルマさんは先生の腰に抱き着き、ギリギリと締め上げていた。


「いたたたた!? ちょっと離せお前!? 腰が若くして壊れるから!?」


 先生の腰はミシミシと音を立てていた。およそ人体から聞こえて良い音ではない。

 アルマさんは悲痛な叫びを聞いてため息が下がったらしく、渋々と腰から腕を離した。


「いててて……。お前本気で抱き着きやがったな……」


「家族である私にも黙ってたんですから当然です」


「それは悪かったよ。でも決まったのもついさっきだから仕方ないだろ」


 僕は不思議に思い声を上げた。


「ついさっき?」


「放課後、ちょっと学院長に呼び出されてな。内容は話せないが野暮用を頼まれた」


 その言葉に、今度はクレア先輩が声を上げた。


「お爺様に?」


 そう、彼女の祖父はここの学院長なのだ。かつて剣一本のみで成り上がり、公爵家の令嬢と結婚して跡取りとなった人で、近代史にも度々名前が出てくる程の生ける偉人だ。


「それは、先生でないといけない程重大な事なんですか?」


 クレア先輩は怪訝そうな視線を向けた。


「さあな。他の人でも大丈夫だろうけど、俺が使いやすいから頼んだだけだろ」


 その言葉を受けて、先輩はジトっとした視線をぶつけた。


「相変わらず下手糞な嘘。そういうところハッキリ言って嫌いです」


「そりゃどうも」


 飄々とした態度で先生は受け流した。

 取り敢えず、僕は疑問を口にする。


「しばらくって言ってましたけど、大体どのくらいですか?」


「ん? そうだなぁ……。まあ少なくとも2週間くらいはいないと思うけど。ハッキリとは分からない」


「そうですか……」


「まあでも、2年生はもうすぐ魔物討伐の実習があるから丁度良いだろう」


「あ!」


 言われてから思い出し、咄嗟に声を上げた僕に彼は少し苦笑した。


「おいおい、忘れてたのか?」


「す、すいません。ここ最近はそれどころではなかったので」


「君はこの一月本当に頑張った。その成果を見せる良い機会だな」


 そう言って彼は、朗らかな笑みを浮かべた。

 僕はその言葉に、少し胸が暖かくなった。

 そして、その期待を裏切りたくないという想いと共に


「はい!」


 大きく、前を向いて、返事をした。


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