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30.劇薬


「順を追って説明するから、お、落ち着いて、ね?」


「あ、ああ。 ごめん」


 確かに、勢いに任せすぎてしまった。

 僕は素直に謝り彼女から離れ、軽く深呼吸する。


「もう大丈夫だ。 取り乱してしまって済まない」


「ユー君は、魔力が全身にどのように運ばれているか分かってる?」


「一応一般常識レベルのことくらいは……。血液の魔素板っていう成分が全身の血管を通して魔力を供給しているんだよな? ん? ちょっと待って」


 少し引っ掛かり、数秒考えこむ。


「…………。 っ!? って、ああ!! そういうことか!?」


 僕は彼女の説明で点と点が繋がって頭の中の霧が晴れたかのようにすっきりした。

 彼女は僕の瞳を捉え、粉末の入った瓶を持ち上げて見せた。


「そう。体内の血液循環を高速化すれば理論上体内の魔力伝達速度は向上する」


「それで、元々ある医薬品にマンドラゴラを混ぜてみているわけか」


「そういう事。もっとも、見ての通り臨床試験なんてとてもじゃないけどできない完成度だけどね。一応、学院の教授にも手伝ってもらっているんだけど、成果は芳しくないかな」


 彼女のやろうとしていることは理解できた。

 だが、彼女の理論には決定的な穴が存在していた。


「大まかな概要は理解できたと思う。ただ、僕の魔力は体内循環している分には然程魔力特性の影響を受けないんだ。魔力を体外に放出した瞬間に『停滞』する」


 だからこそ僕は、身体強化魔術は問題なく使うことができている。


「勿論知っているよ。ほら、これを見て」


 そう言って、彼女は一つの冊子を手渡してきた。

 どうやらどこかの学会に出した彼女のレポートのようだ。

 表題は『興奮剤による魔力伝達速度の変化に関する研究』と書かれていた。


「一応、昨年の時点でそういう研究をしているんだ。内容は表題のまま。結論から言えば、興奮剤を使用した被験者の魔力伝達速度は血圧に比例して上昇していた」


 僕は彼女の言葉を耳にしながら、無我夢中で彼女のレポートを穴が開くんじゃないかと思うくらいに見つめた。

 被験者の数は100人。結果を平均すると、興奮剤を使用したことによる魔力伝達速度の向上は約1.35倍となっていた。


「こんな研究していたんだな……」


 思わずそう呟いてしまった僕に、彼女はジト目で言う。


「そりゃユー君が私のこと避けてたから知らなかっただけでしょ。学院の掲示板を使って被験者のボランティアだって募集してたんだよ?」


「うっ」


 痛いところを突かれてしまい、つい口ごもってしまった。


「ま、今となってはいいんだけどね! こうしてまた、ユー君が私といてくれるだけで幸せ!」


 そう言って彼女は太陽に眩しい笑顔を浮かべて僕の手をぎゅっと両手で包んだ。


「あ、ああ」


 彼女の勢いについつい気圧されてしまう。


「それで、フィオナは今さっきの薬を人体に有害事象が起きないように研究しているってことか?」


「そういう事! 血圧の上昇と魔素板の運搬速度が比例関係にあることは分かってるけど、どうにか魔素板だけでも運搬速度を上げられないかなって、手持ちの魔物の素材を使って実験を重ねてはいるんだけどね。まだまだかかりそうかな」


「……凄いな」


 純粋な称賛が零れ落ちた。

 僕の言葉に彼女は一瞬目を見開いたが、次の瞬間には頭を横に振った。


「ううん。私なんかより君のほうがずっと、もっと凄いよ。何度も、数えきれないくらいに何度も躓いても、決して諦めなかった。ずっと話していなくても私は、君のことをずっと見ていた。目が、離せなかった。落ちこぼれって言われても曲がらずに、折れずに、努力し続ける君のことを、私はーー」


「フィオナ?」


 彼女の瞳が揺れ動き、僕を見つめた。


「ユー君……」


 彼女は僕の名をつぶやき、その距離を一歩詰める。

 咄嗟に下がろうとするが、後ろにも机があり、すぐに背中がぶつかった。

 何だか妙な雰囲気になってきたことを感じ、僕はごくりと生唾を飲み込む。


「どうしーー」


 どうしたんだ? という言葉を発しようとしたのと同時に、調薬室の扉がガチャリと開かれた。


「さて、明日の準備でもしようかね~~」


 鼻歌交じりに扉を開けたのは、おじさんだった。


「「あ」」


 僕達は互いに見返し、おじさんはこの状況をどうとったのか冷や汗がスキンヘッドをつぅ、と伝った。


「お邪魔しました」

 

 本来調薬室を勝手に使っていたのは僕達なので、彼が謝る謂れは一切ないはずなのだが、フィオナの顔には明らかな影が差していた。

 いやもう純粋に怖い!

 おそらくおじさんも同じ気持ちなのだろう。

 頭を下げたまま扉を閉める彼に、かける言葉が見つからない。


「…………」


 おじさんが部屋を去り、僕たちの間には沈黙が舞い降りていた。

 先ほどまでの妙な雰囲気は見る影もなく、その代わりに不思議な緊張感が部屋の中を支配していた。

 少しして、彼女は大きくため息を吐き、そして、


「いや、これは八つ当たりだなぁ」


 と小さく呟いた。

 彼女は先ほどまでの重苦しい空気を取り払い、こちらへ明るく笑みを浮かべて言う。


「今日は本当にありがと! ユー君! ちょっと私、お父さんに謝ってくるよ! 久しぶりに来たと思うけど出口は分かるよね?」


「あ、ああ」


 僕が頷くと彼女は満足そうな表情を浮かべ、手をフリフリと振って調薬室から出て行った。

 僕はパンと頬を叩き、ジンジンとした痛みが意識をはっきりとさせた。

 最後は妙な事になったけど、今日は本当に楽しかったな。

 そんなことを思いながら、僕は夜の帰り道を歩いていくのだった。



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