3.早朝
夜が明け、太陽の光が窓から差し込んできた辺りで、少し集中力が落ちてきたのを感じたため、一旦作業を中断することにした。
どっちにしろここは家ではなく、親がかつて使っていた街外れにある仕事場を譲り受けたものなので、一度帰らなければならないだろう。
まあ、女の子ではないからさほど心配はしていないとは思うが、一応顔ぐらいは出しておこう。
僕は水の魔石が込められた水道の蛇口を捻り、新鮮な水を桶に貯めた。
じょぼぼぼ、と水が順調に溜まっていくが、途中から徐々に出が悪くなっていった。
「あ~~。そろそろ魔石交換しないと駄目かもしれないな」
最後に魔石を交換したのいつだったっけ?
魔石に込められた魔力は有限の物なので、一定期間で交換するか魔力を充填しなければならない。何回か充填して使ってはいたのだが、魔石自体が劣化してしまうと充填量自体が少なくなってしまうため、定期的に交換する必要がある。
「まあ、学院の帰りに買って帰ればいいか」
そう呟きながら、僕は桶に溜まった水を両手ですくってバシャリと顔に叩きつける。
冷たい水が肌に染み込み、意識がサッパリとするのを感じる。
ずっと考え込んでいたから、殊更気分が良い。
タオルで顔を拭いてから顔を上げると、今までに何回も見てきた自身の顔が鏡に映った。
栗色の髪は目元にかからない程度の長さであり、顔立ちはやや童顔気味だ。もう少し男らしい顔つきの方が良いなと思いつつ、こればっかりはどうしようもないことなので諦めるしかないだろう。
書きかけの術式を放置し、僕は手短に魔術学院へと向かう準備をする。
鞄に必要な教科書や参考書を詰め込み、腰に魔銃を取り付けるホルスターを巻きつける。魔銃を二丁、左右のホルスターに入れ、制服の上着で覆い隠す。
「よし、行くか」
顔をパンパンと叩き、ドアを開ける。
目に差し込んでくる日の光に思わず目を細めるが、次第に目が慣れて街並みが観察できるようになる。
まだ朝早い時間であることもあり、人の気配はまばらだ。
町外れにあるこの古い工房は、もう店としては機能していないため、一見すると潰れて放置された武器屋という風貌だ。
まあ実際は僕が父さんから借りて使わせてもらっているので放置はされてないが。
戸締まりをして、レンガに舗装された街道を走って抜けていく。
やがて中心街の方へ行くに連れて、露店の商人たちが朝の準備をしている場面に出くわした。
彼らに軽く挨拶しながら、スイスイとその間を抜けるように駆けていく。
やがて立派な噴水がある中央広場に辿り着く。
そして路地裏に入り、ある扉の前で足を止める。
扉のドアノブに手をかけ、軽く魔力を流す。すると、ガチャンと鍵が開く音がした。
そのままガチャリと扉を開け、目の前にある階段を登っていく。
階段の先にはまた扉があるが、出入り口と違ってこちらには魔力を識別するような術式はついていない。
「ただいま」
そう声をかけながら扉を開けると、中は何の変哲もない居住スペースが広がっていた。
居間の中央にはダイニングテーブルが置かれ、今しがた出来たばかりと思われる食事がホカホカと湯気を立てて置いてあった。
「おかえり。朝ごはんできてるから食べちゃいなさい」
母さんは洗い物をしながら声をかけてきた。
「うん。ありがとう」
古い鍛冶屋で寝泊まりするのはいつもの事なので、母さんは特に何も言ってこない。
父さんがここにいないのは、きっともう食事をとって、一階の鍛冶場で仕事を始めているからだろう。
俺は椅子に座り、母さんの手料理を食べ始めた。
今日のメニューはゴロゴロした野菜スープと家畜のステーキ、それに軽く炙ったバゲットだった。
今日は朝から豪勢だなと思いながら胃に詰め込んでいく。
さほど時間も掛からず食事を平らげた俺は食器を流しに置き、掃除している母さんに声をかける。
「朝ご飯、美味しかったよ母さん。それじゃ、学院に行ってくるね」
「ええ。行ってらっしゃい。ユリウス」
鞄を無造作に掴み、再び階段を降りていく。
父さんにも声を掛けていくか。
外に出る扉を開けずに、一階の鍛冶屋に続く廊下を歩き、工房の扉をがチャリと開けた。
扉を開けると、父さんが赤く熱された鉄塊に向かって槌を振るっていた。
カァン、カァンと小気味良い音が工房の中を響き渡る。
ちょっとタイミングが悪かったな。
「父さん、学院に行ってくるね」
僕がそう告げると、父さんはこちらをチラリと振り向き、軽く頷いた。
そしてまた目の前の武器に命を吹き込む作業に戻っていった。
◇◇◇◇
いつもの通学路を歩いていると、目の前に見知った少女の背中を見つけた。
蒼い長髪を風に靡かせながら歩く彼女の名前は、フィオナ・アーデルバイト。中央通りにある薬屋の娘だ。家が近いこともあって僕と彼女は小さい頃よく遊んでいた。
だけど今は完全に疎遠となっており、学院で見かけても話しかけることはない。と言うか、僕自身が過剰に避けているせいもあるかもしれない。
現に今もこうして、彼女に気付かれないように歩くスピードを遅くして少しずつ距離を離そうとしていた。
そうこうしているうちに、フィオナに黒髪の男が話しかけた。
あれは確かーー、
僕はその人物の顔を認識した瞬間、思わず拳を握りしめた。
「ーーゼオン・アーカーシャ」
この帝国の公爵家の嫡男で、『勇者』と呼ばれる同い年の天才だ。容姿端麗かつ頭脳明晰で、最年少のSランク冒険者だ。この国で彼のことを知らない人間はいない。
僕が欲してやまない才能を十全に持っている男。
彼はフィオナの肩に手を回して抱き寄せ、一緒に歩き始めた。
彼女は小さく苦笑していたが決してその手を振り払おうとはしなかった。
僕は何だか惨めな気分になり、脇道に逸れて彼らが視界に入らないように逃げた。
脇道に入る瞬間、フィオナが此方を見ていたような気がするが、きっと気のせいだろうな。
フィオナはきっとゼオンに夢中だろうから、僕の事なんて目に入っていないだろう。
学院に着くまで彼らと絶対に鉢合わせない道順で、僕はトボトボと登校した。
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