27.誓い
「術式展開」
僕は初期詠唱を唱え、羊皮紙の表面に基礎術式を打ち込む。
「形式選定・儀式」
魔術の種類を選定し、詠唱以外に必要な術式を魔力で羊皮紙に書き込んでいく。
数分後、羊皮紙には一部の空欄を除いてびっしりと術式が書き込まれたいた。
ひとまずはこれで準備完了だ。
「それは……、儀式書か?」
「ええ、そうです」
「魔術式を全て暗記しているのか……。君は、将来神殿に仕えたいのかい?」
彼の瞳は疑心に揺れていた。
確かに、儀式魔術の術式を暗記するメリットは通常であれば殆ど無いと言っても過言ではない。
それこそ、神官等の祭儀職を希望しているとかでもない限り。
僕は頭を振って答える。
「いえ。ただ、いつか必要になるかもと思いまして……」
「それだけ? それだけのためにこの膨大な術式を覚えているのか!?」
おじさんは口をあんぐりと開けて驚き、そして次の瞬間には大声で笑いだした。
「はっはっはっは! 変わった男だな君は!」
「そ、そうですか?」
笑われたことに少しムッとする僕に、彼は慌てたように答える。
「いや決して馬鹿にしているわけではなくてだな。すまなかった」
そう言って頭を下げる彼を見て、僕はクスリと笑ってしまう。
「どうしておじさんが謝るんですか? 今の今まで私が謝っていたのに」
突然立場が逆転したような感じになってしまい、失礼だと思いながらもついつい笑みを浮かべてしまった。
「それもそうか……。何だか少し毒気を抜かれてしまったような気分だが、その儀式書を使って君は何をするつもりなんだい?」
「この儀式書の内容は単純なものです。この空欄の部分に誓約となる文言を記載し、誓約者の血を垂らせば魔術が発動します。もし誓約を違えれば、誓約者には調停者が課した罰が与えられます」
「調停者って言うのは俺の事か?」
「ええ。何を以って誓約を反故にしたと判断するのかと罰の内容はおじさんに一任します」
僕のその言葉に、おじさんは酷く動揺する。
「それはつまり、俺が君のことを気にくわないからと言って誓約の内容に関わらず即座に罰を与えることも可能と言う事だぞ? 本気で言っているのか……っ?」
「ええ。そうされても私には一切の拒否権はありません。それが例え、『人目につかない場所で自刃しろ』といった内容であってもです」
「正気じゃない……っ」
「そうかもしれませんね。でも、それでも、そうされても文句を言えるような立場に私はいません。あの子を、誰よりも繊細で優しいあの女の子を私は傷つけてしまったのですから」
僕はおじさんの目を真っ直ぐに捉えた。
おじさんは返すように僕の瞳をじっとみつめ、そして――
「当初想像していたよりも、大事になってしまったな……」
――そう言って溜息を吐いたのだった。
「本当は、少しきつく叱るつもりだけだったんだ。フィオナが喜んでいるのは事実だし、そのことに関して親の俺が出しゃばりすぎるのはどう考えても筋違いだと思っていたから。だがそれでも、言わずにはいられなかった。あの子が苦しんでいた時、俺には何もすることができなかった。その憤りを、君にぶつけてしまった。……本当にすまない」
そう言って頭を深く下げた彼に対して、僕は大慌てしてしまう。
「どうしておじさんが謝るんですか!? 謝らなければならないのは原因である僕です!」
焦りから一人称が私から僕に戻ってしまった。
「それよりも、ほら、誓約書の内容と罰を決めましょう! せっかく作ったんですから!」
顔を上げたおじさんは苦笑いを浮かべ、そして何か思い付いたのか次の瞬間にはニヤリと妙な笑みを浮かべた。
「そうだな……。誓約内容は『フィオナを幸せにすること』。罰の内容は『二度とフィオナに近づかないこと』でどうだ?」
「悲しませないことではなく、幸せにすること、ですか?」
似ているようで、その二つの言葉には大きな隔たりがある。
「ああ。どうだ? それとも君には荷が重いか?」
こちらを試すような彼の視線に、僕はきっぱりと言い返した。
「謹んでその誓約を結ばせていただきます。私は、フィオナさんを幸せにすると誓います」
そう告げた瞬間、ガチャンと後ろで音がした。
僕は音がした方を向くとそこには――
「あ、あうあうあう~」
――顔を真っ赤に火照らせたフィオナが食事の乗ったお盆を両手に持ち佇んでいた。
綺麗な蒼い髪と頬の赤さでコントラストが際立っている。
その様子を見て、僕もカァッ! と頬が火照った。
「も、もしかして聞いてた……?」
答えが分かり切っているが、聞かずにはいられなかった。
「う、うん……」
もじもじとする彼女を見て、僕は羞恥心でどうにかなってしまいそうだった。
チラリとおじさんの方を見ると、何やらハンカチで目を拭っていた。
「フィオナ、良かったなぁ」
おじさんは僕の背後にフィオナがいると分かった上でこの誓約内容にしたんだろう。故意であることは明白だが、ここまで喜んでいる様子を見せられては怒るに怒れない。いやそもそも怒ってはいないのだが、無性に恥ずかしくて一言ぐらいは物申したい気分ではある。
「と、とにかくその内容で良いんですね!? おじさん、この儀式書にその内容を書いてください! 魔力を込めながらでお願いします!」
気恥ずかしさを誤魔化したいがために、おじさんに誓約書を押し付けた。
彼は鼻をすすりながら儀式書に文字を刻んでいった。
しかし、書き終え僕に手渡そうとしたところでピタリとその手を止めた。
「どうしたんですか?」
「いや、冷静に考えてわざわざここまでしてもらう必要はない気がしてきたんだが……。少し話して君の人柄は分かったし。君は約束を違えそうには見えないしなぁ」
「おじさん……」
「あの~。そんなことよりもご飯にしない? ほら、フィオナも立ってないでご飯置きなさい」
「う、うん。分かったわ。お母さん」
おずおずと、おばさんがご飯をテーブルにコトリと置いて言った。彼女はフィオナと同じ蒼い髪が持ち、フィオナ程髪は長くなく肩口辺りまで伸ばしているようだ。
おばさんとは言うものの、その容姿はフィオナのお姉さんと言われても通用する程に若々しい。
「こ、これは男と男の大事な話なんだぞ?」
おじさんは先程までの僕とのやり取りをそんなこと呼ばわりされたのが納得いかなかったのか控えめにそう主張した。
おばさんは呆れたように言う。
「当人も交えないで何が大事な話ですか。ユリウス君も久しぶりにウチに来たのにごめんなさいね? この人思い込みが激しい所があるから……」
「とんでもありません! 元はと言えば私に原因がございますので……」
「そんなに堅苦しくしなくても良いわよ。未来のお婿さんなんだから」
「そう言っていただけると――ん?」
途中まで言って、疑問を抱く。
フィオナとおじさんが慌てたようにおばさんに詰め寄る。
「も、もうお母さん! 何言ってるの!?」
「そ、そうだぞ! そんな話は断じて認めん!」
「え? だって『幸せにする』って言ってたからてっきり婚約の挨拶でもしてるのかと……」
僕は苦笑しながらおばさんに説明する。
「ああ、そういう事ですか。先程の発言はこの儀式書の内容です。ほら、こうして――」
言いながら、僕はナイフで指を切り血を垂らした。
血が儀式書に染みると同時に、儀式書の術式が淡い光を放つ。
「「ああ!」」
フィオナとおじさんが慌てたような声を出した。
あまりにそっくりな反応だったので、やっぱり親子なんだなとしみじみと感じた。
「何普通に契約してるのさ! ユー君私を幸せにできるの!? と言うか私の幸せ分かってるの!?」
僕はフィオナの目を真っ直ぐに見つめて答える。
「幸せにできるかは分からない。でも、僕にできることは何だってするよ。君が涙をこぼすならそれを拭う。君が悲しんでいるなら抱き寄せる。君が苦しんでいるなら原因を解決しようとするし、解決できないなら僕も一緒に苦しむ。……僕にできる事なんてたかがしれてるけど、それでも、力の限り君を幸せにすると誓うよ。これはその証なんだ」
「うぅ……。いつの間にそんなに男らしくなったのさ」
フィオナは恥ずかしがりながらも、おずおずと僕の手を握り――
「えっと、よ、よろしくね? ユー君……」
――上目づかいでそう言った。彼女の気持ちが、繋いだ手から伝わって来ているような気がした。
「ああ」
想いを返すように、僕は彼女の手をぎゅっと握りしめた。
「あ~~、オホン!」
おじさんはわざとらしく大きな咳払いをした。
僕とフィオナは正気に返り、ぱっと距離を取った。
「ふふ。昔みたいで、何だか私まで嬉しくなっちゃうわね」
おばさんはそう言ってウィンクしてきた。
確かに学院に入学するまではこうしてご相伴に預かることが多かった。
僕は何だか気まずくなり、ポリポリと頬を掻いた。
「さあ、冷めないうちにご飯食べちゃいましょう!」
「ああ」
「うん」
「はい」
おばさんのその言葉に三者三葉の言葉で同意し、僕はどこか懐かしい空気の食卓に付いたのだった。
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