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24.幕間:迷いの霧

Side セカイ


 研究室の一角で、セカイとアルマは各々の時間を過ごしていた。


「ご主人」


 小指で逆立ちしたまま身体を上下に動かしているいるセカイに、アルマが話しかけた。


「何だ?」


「ユリウス先輩に対する指導を闘いながら見ていましたが、どうしてあんなことを?」


 アルマの発言に、彼は苦笑いを浮かべた。


「お前なぁ……、だからクレアから一発貰ってたのか?」


 セカイのやや呆れを含んだ言葉に、彼女は頬を赤く染めてまくしたてた。


「そ、そんなことは良いじゃないですか!? それにきっと、そのことが無くても攻撃を当てられていましたよ……」


「へぇ……。お前が認める程度には強くなってるみたいだな」


「べ、別に認めたわけじゃないもん!」


 年相応に子どもらしい反応をする彼女に、セカイはそっと頬を綻ばせた。

 彼と彼女が初めて会った時、少女には笑顔というものは存在しなかった。

 あったのは純粋無垢なこの世界を壊したいという渇望のみだった。そんな少女が、こうして普通の子供と同じようにムキになって感情を剥き出しにしていた。

 そんな普通の光景が彼にとってどれだけ嬉しいことだったか、それを知ることができるのは当人のみだ。

 鍛錬を続けながらセカイは会話を元に戻す。


「話を戻すけど、あんなことってどういう意味だ?」


 アルマは眉間に皺を寄せながら言う。


「走り込み自体は大切ですけど、あそこまで追い込む必要があったんですか? そもそも、ユリウス先輩が限界だって分かった上で発破をかけてましたよね?」


「アイツがどこまで理解しているかは分からないが、少なくとも、あの程度の限界も超えられないようじゃこの先やっていけない。もし本当に英雄って奴になりたいならな」


 その言葉に、アルマは少し疑問を感じたように首を傾げる。


「そもそも英雄っていったい何を指すんですかね?」


 セカイはよっと声を上げて立ち上がり近くに置いてあったタオルで顔を拭きながら答える。


「さあな。他国の兵士を蹂躙する殺戮者も、強大な魔物を殺す勇者も、皆等しく『英雄』だ。彼が何になりたいかは己自身にしか分からないさ」


「ならご主人は、彼の行く先はどこだと思いますか? もしもご主人が彼を育てることで他人を傷つけるような存在になってしまったとしたら――」


 懸念を口にするアルマの言葉を食い気味に遮る


「――その心配は要らないよ」


「何故そう言い切れるんです?」


 セカイはつい先程のユリウスとの会話を思い出していた。

 彼は世界も、想い人も、どちらも救いたいと断言した。

 実際、セカイと言う男はその二択を迫られ、そして想い人を生かすという選択をした。

 彼が言った、どちらも救うという言葉を子どもの戯言だと切り捨てるのは簡単だろう。

 だがその戯言こそ、まだ世界の理不尽を知らない子どもが抱く理想こそ、叶えなくてはならないと彼は心の底から思っていた。

 きっとユリウスなら実際にその二択を迫られたとしても自分の様に片方を切り捨てるようなことはしないだろう。

 セカイは自身のちっぽけな力で何ができるとも思わないが、少しでも彼の未来を切り開く手助けになれるのならば、助力は惜しまない覚悟ができていた。


「ちょっとご主人! 急に黙り込まないでくださいよ!」


「ん。ああ、悪い、少し思い出していただけだ」


「……何を?? 何か今日のご主人おかしいですよ? なんか妙に笑顔ですし」


「笑顔なのにおかしいとはどういう事だよ……」

 

「だって……」


 彼女はそこで黙り込んだ。


「だって?」


 セカイが続きを促すようにそう言うと、彼女はおずおずと語りだす。


「そんなに楽しそうなご主人を見たのなんて、今までなかったから……」


 その言葉を受けて、セカイは大きく目を見開いた。

 そして僅かに口角を上げる。


「くッ、フフフ……!」


 口元を手で押さえて笑う彼に、アルマはますます怪訝そうな表情を浮かべた。


「楽しそう、か。そうかもしれないな」


 彼ならば、この終わりゆく世界を救う、本当の英雄になれるかもしれないとセカイは思っていた。 


「なんてことはない。彼は俺の迷いの霧を晴らしてくれた。だから信じる。信じると決めた。ただ、それだけの事なんだ」


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