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21.稽古

 その日の放課後、僕は逸る気持ちを抑えながら廊下を駆けていた。

 研究室への出入りは自由にしてよいと言われたので軽く扉をノックしてガチャリとその扉を開けた。


「来たか」


 セカイ先生は読んでいた本を閉じて、息をきらしている僕を見た。


「はぁ……っ、はぁ……っ。お、遅くなりました」


 研究室への配属を希望する紙を庶務課に提出してから来たため、少し遅れてしまった。

 そんな僕を見て、彼は苦笑いを浮かべた。


「いや、むしろ早すぎるくらいだ。クレアとアルマはまだ来ていないからな」


「そうなんですね」


「まあ、そこに座ったらどうだ?」


 彼は言いながら、ソファを勧めてきた。

 断る理由は無いため、素直に従って腰かけた。

 座ってから少しして、彼は湯気の立つ淹れたての紅茶を目の前にコトリと置いた。


「ありがとうございます」


 お礼を言って紅茶を一口すする。

 口に含んだ瞬間、ふわりとした茶葉の香りが鼻腔いっぱいに広がった。


「美味しい……」

 思わず呟く。

 アルマさんが入れてくれた紅茶も美味しかったが、これはそれ以上に、というか今まで飲んだ紅茶の中で一番美味しいと言っても過言ではなかった。


「そりゃ良かった」


 彼は薄く笑みを浮かべ自分で入れた紅茶を飲み始めた。


「何か特別な茶葉を使っているんですか?」


「いや? 商店街に普通に売っている茶葉だよ」


「それでこんなに美味しくなるんですか?」


「少し勉強して練習すればこれくらい誰でもできるようになる」


 紅茶の勉強をする機会など、それこそ喫茶店で働くとか執事をするとかしない限り訪れそうにないな。


「先生は何故紅茶の勉強をされたんですか?」


 そう聞くと、セカイ先生は何かを思い出したようで少し恥ずかし気に頬を掻いて答えてくれた。


「あ~~。そう、だな。アルマが義理の娘って事は話したよな?」


「はい」


「俺、最初は料理とか全然出来なくて、闘う事しか能がなかったんだ。でもアイツを育てるにあたってそれだけじゃ駄目だと思って手当たり次第に勉強したんだよ。紅茶はその一つで、アイツが初めて、その、『美味しい』って言ってくれたから、だから……。って何で俺はこんなこっぱずかしいことを語ってんだアホか!?」


「いやそんな事は――」


 無いと思いますよ。と続けようとしたが突如彼の後ろに出現したアルマさんがそれを遮る。


「――そうですよご主人。もう本当にご主人は私の事大好きなんですから~~」


 彼女はウリウリとセカイ先生の横顔を肘でつつく。

 顔をカアァ、と真っ赤にしたセカイ先生が口を開いたかと思えば、


「うるっせぇ! バーカ! バーカ!」


「「子どもですか!?」」


 予想外な程に幼稚な語彙力にアルマさんと声をそろえて驚く。

 っていうか、


「アルマさん。いつの間に?」


 彼女は瞬きしている間に突如現れた。

 まるで初めからそこにいたかのように。物音も立てずにセカイ先生の後ろに佇んでいたのだ。


「もう私が空間魔術を使えるのは分かっているでしょうから、特に隠すつもりもありませんけど、要はその応用ですね。ご主人も本気なら容易く破ってくるでしょうけどこうして気を緩めてくれる時ならこの通りですよ」


 そう言って得意げに笑う獣人の少女。


「何やら随分と賑やかですね」


 ガチャリとドアを開けてクレア先輩が入ってきた。


「あ、クレア先輩!」


 彼女の顔を見た瞬間、何故か大きな声が出てしまった。

 きっと、気分が昂っているからだろうな。

 アルマさんはチラリと彼女の姿を見たが、すぐに気を取り直してセカイ先生の頭を撫で始めた。明らかにクレア先輩のことを無視している。

 前に会った時にも思ったが、彼女はクレア先輩のことが嫌いなのだろうか?


「よしよし。ご主人は良い子なんですから、人に向かって馬鹿とか言っちゃだめですよ~」


「子ども扱いすんな!」


 セカイ先生は憤慨したようにパシンと彼女の手を振り払った。


「いつも通りの光景だ」


 微笑ましいとでも言う様に薄く笑みを浮かべて黒髪をなびかせた彼女は僕の隣まで来た。


「何て言うか、その、僕は先生と付き合いが短いので正直驚きました」


 学院で講義している先生は常に余裕を持った大人な雰囲気を纏っていて、その容姿と相まって女生徒に人気なのだ。だからこそ今目の前にいる彼の姿は、年相応ではあっても違和感を覚えるモノだった。


「普段は大人ぶってるけどね。実態はこんなものだよ」


 そう言ったクレア先輩にアルマさんが噛みつく。彼女はセカイ先生に後ろから抱き着いたままだ。セカイ先生は若干鬱陶しそうな顔をしている。


「勝手にご主人のことを知った気にならないでもらえますかぁ?」


 獣人の少女は忌々し気に睨みつけていた。

 そんな彼女に対してクレア先輩は苦笑いを浮かべてやれやれと首を振るいながら言う。

 

「悪かったよ。全く、親離れできないのも困ったものだね」


「あ゛ぁ゛?」

 

 可愛らしい顔とは裏腹にドスの効いた声が響く。

 バチバチと火花を散らす彼女達を見て、セカイ先生はやれやれと言わんばかりに頭を掻く。


「全くお前らは……。でも、まあ丁度いいな」


 丁度いい?

 どういう事だろうか?

 僕と同じように二人も不思議に思ったようだ。

 同時に首を傾げて彼の言葉を待っていた。


「今日はどうせユリウスの指導に時間を割くつもりだったからな。お前たちは模擬戦でもしててくれ。ただし殺し合いになった瞬間に強制的に止めるからな」


 彼の言葉にクレア先輩は獰猛な笑みを浮かべた。


「へぇ……。丁度良いじゃないか。私がどれだけ強くなっているか、物差しが欲しいところだったんだ」


 そんな先輩に対して、


「はっ……! 潜り抜けてきた死線が、壊してきた必然の数の違いがどれほどの差を生むのか見せつけてあげますよ」


 不敵な笑みを浮かべているアルマさん。


「ま、そういうわけだ。ユリウスは俺と一緒な」


「は、はい!」


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