20.弟子入り
眼前では、セカイ先生が剣を手に佇み、彼に向って超高速で動く何かが轟音と共に衝突を繰り返していた。
衝突音からほんの少し時間を置いて衝撃が周囲にまき散らされている。先程からここら一帯に拭いている風は、その衝突が原因のようだ。
目に魔力を集中して強化してみたものの、一切動きを追うことができない。
「あの、全然見えないんですけど、セカイ先生に攻撃しているのがクレア先輩なんですか?」
僕がそう言うとアルマさんは一瞬怪訝そうな表情を浮かべる。
「それなら、ちょっとこっちに来てください」
白い髪を持つ獣人の少女はそう言って、ちょいちょいとこちらへ手招きしてきた。
僕は素直にしたがって彼女の傍に行くと、すっと手をこちらへとかざしてきた。
そして、じんわりと彼女から魔力が放たれ、僕の目に浸透する。
「これは……?」
「これでどうです?」
瞼を上げ再び彼らを見ると、その動きが追えるようになっていた。
「凄い……」
クレア先輩の攻撃はゼオンとは比べ物にならない程の威力を誇っていたが、その全てをセカイ先生はいなしていた。
と言うか――
「――これは一体?」
先程まで目で追うことなどできていなかった動きが、見えるようになっていた。
「ただ他人を魔力強化しただけですよ?」
何を驚いているのか分からないとでも言うように首を傾げているアルマさん。
僕はついつい詰め寄ってしまった。
「いやいやいや! 他人を魔力強化することは実質不可能だって言われてるんですよ!? そんな事も無げに言う事じゃないですから!」
「??? 何故実質不可能なんですか?」
「人にはそれぞれ固有の魔力波長があって、しかも一定ではなくある程度不規則に変動しているんです! それを完全に同調させることなんて不可能なんですよ!」
魔力を同調させれば、他人に魔力を流すことは可能だ。しかし現実的に魔力の同調をすることは不可能であるためこれは机上の空論とされている。
波長が少しでも異なる魔力同士は反発して混じり合うことは無いため、自身と全く異なる魔力波長をもつ他人に魔力を流し込むことは不可能なのだ。
そんな現実離れした技術を易々と使う彼女は一体何者なのだろうか?
「まあ落ち着けよユリウス」
鼻息荒くまくし立てていた僕を窘めたのは、苦笑を浮かべたセカイ先生だった。
「あ、セカイ先生。あれ? クレア先輩は?」
「アイツならあそこでのびてるぞ」
クレア先輩は地面に横たわりゼ―、ゼ―、と息を荒くしていた。
対して先生は多少汗はかいているもののまだまだ余裕がありそうな様子だ。
僕と闘った時と比べて、クレア先輩は目にも止まらない速さの攻撃を繰り出していた。恐らく、あれが彼女の本気なのだろう。だがその本気をセカイ先生は真っ向から打ち破っていた。
彼はゼオンと闘った時と同じように一歩も動かずに彼女の攻撃を捌き続けていたのが何よりの証拠だ。
「いつも、こんなに激しい稽古をしているんですか?」
「ん? まあ、一応な」
セカイ先生はアルマさんから手渡されたタオルで軽く汗を拭きながら答えた。
ここに来た時にはタオルなんて持っていなかったはずだけど……。
やはり彼女は空間魔術を使えるのだろう。にわかには信じがたいが目の前で起こっている事実を否定すること程滑稽なものはない。
「それで、今日は一体どうしたんだ?」
「セカイ先生に話があってきたんですが、その前に先輩と少し話しても良いですか?」
「それは構わないが……」
「ありがとうございます」
僕は横たわっている先輩へと近づいていく。
「あ、あれ……、ユリウス、君……。こんな朝早くにどうしたんだい……?」
地面に横たわり、息も絶え絶えになりながらこちらへと顔を向ける先輩。
僕は膝を着き、屈みこんで彼女の目をじっと見つめた。
「え? え? あの、どうしたんだい?」
先輩の頬に仄かに朱色が差した。
僕は彼女の手を握り、真剣に思いの丈を訴える。
「先輩、すいません」
「え? え、えっ、あの、何が……?」
先輩が今まで見たこともないくらいに動揺していた。
少し離れたところにいる先生とアルマさんの話声が耳に入ってくる。
「なあ、あれ狙ってやってるよな?」
「いやあそこまで行くともう天然ですね」
「余計たち悪くないか?」
何のことを話しているかよく分からないが、取り敢えず今は気にしなくても良いだろう。
すぅっ、と軽く息を吸い込み、先輩に対して強く訴える。
「先輩、もう一度だけチャンスをいただけませんか?」
「ちゃ、チャンス……?」
「はい。僕は先輩と闘って、結局一度も攻撃を当てる事ができませんでした。でも、やっぱり、僕が英雄になるためには――」
僕はすっと立ち上がり、彼を見つめた。
「あの、セカイ先生!」
喉が乾く。
僕は今から、自分本位な願いを口にしようとしている。
最悪、失望され今後一切の関わりを絶たれてしまうかもしれない。
でも、それでも、僕の進むべき道は、進化するための道はそこにしかないから。
だからーー。
「次は必ず、先輩に攻撃を当ててみせます。だからその時は僕に、近接戦闘の基礎を叩き込んでください! お願いします!」
深く、深く頭を下げた。
本来であれば、昨日先輩に敗北した時点で僕にそんなことを頼む資格はない。しかも、彼女との試合を始める直前に僕は、提示された条件を飲んだ。
つまり、その約束を自ら反故にしているのだ。不誠実極まりないにも程がある。
「ユリウス……」
「ユリウス君……」
先生と先輩の顔が、怖くて見れない。
もしかしたら軽蔑、されているのかもしれない。
いや、かもしれないではないか。軽蔑されて当然だ。
「ま、取り敢えず顔を上げろよ」
「は、はい……」
恐る恐る顔を上げ、ちらりと先生の顔を見る。
その顔に浮かんでいたのは――
「何か話が噛みあってない気がするんだけど、順を追って確認するぞ?」
――純粋な戸惑いの表情だった。
「まず始めに、確かに俺は君に課題を出した。クレアに一発攻撃を当ててみろって課題だ」
「はい」
「そして君はクレアとの模擬戦の前に、機会がその一度だけだという条件を飲んだうえで臨んだ」
「そして僕は、先輩に一撃もまともに当てられませんでした」
「そこだよ」
「そこ、とは?」
「お前最後にクレアに攻撃当ててたぞ?」
「え?」
「いや、え? じゃなくて」
僕の記憶では先輩にはまともに攻撃は加えられていないはずだ。音響弾や炎属性魔術、氷属性魔術による足止めはしたが、結局有効打にはなっていなかった。
「当ててませんよね?」
僕は後ろにいた先輩に話しかけた。
先輩は尚も横たわりながら、ん~、と不思議そうな顔をして考えていた。
「もしかして覚えてない? ちなみにあの試合での君の最後の記憶は?」
「僕は最後先輩に側頭部を殴られて試合は終わりましたよね?」
そう言った瞬間、先生と先輩は、あ~、と呻いて空を扇いだ。
そして合点がいったというようにセカイ先生は言う。
「そうか、そういうことか」
「どういうことですか?」
「いや、どうやら記憶が飛んでいるみたいだが、君は倒れた後に何度か起き上がっている」
「ええ!?」
思わず驚きの声を上げる。そんな記憶は一切無いのだから。
「で、でも、起きたところでどうしようもない程に実力差がありましたし、どうにかなるとは思えないんですが?」
万全の状態ですら歯が立っていなかったのに、そんな状態で先輩に立ち向かったところでまともな動きはできないだろう。
そう言った僕にクレア先輩は首を横に振りながら答えた。
「そんな事はない、いや事実として君の動きは最適に洗練されていたよユリウス君」
先生も少し考えこんんだ後に続く。
「恐らく無意識下による、いわば無我の境地だったんだろう。君はクレアの不意を突いて首の皮一枚斬ってたよ」
「そ、そんなことが……」
あり得るのだろうか?
正直信じられないけど、この二人が嘘をつくような人ではないことも分かっていた。
「まあ、そういうことだ。ユリウス、君さえ良ければ俺の研究室に入らないか?」
そう言って先生は一枚の紙を差し出してきた。
研究室へと配属希望するための用紙だ。
僕はフラフラと彼に近づき、震える手でそれを手に取った。
「あ、ありがとうございます!」
「やったねユリウス君!」
先輩はそう言って僕に後ろから抱き着いてきた。
「は、はい!」
覚えていないけれど、それでも僕は確かに以前までの自分よりも強くなっている、それだけは揺るがない事実だった。
「今日の夕方から稽古をしようか。講義が終わったら研究室に寄ってくれ」
「わ、分かりました!」




