19.足りないモノ
その日の夜。
僕は街外れの工房の屋根に昇り、月明かりを見上げながら先輩との模擬戦のことを振り返っていた。
一体、どうすれば彼女に勝つことができたのか。足りないものが多すぎて、何から手を付けるのが正解なのだろうか。
自己嫌悪をしている暇など無いということは痛い程に自覚していた。
ピン、と魔弾を指で弾き、パシンと手に取る。
月明かりを反射して煌めくそれを、ボーっと眺めながら繰り返す。
「魔術の威力は格段に向上した。それは紛れもない事実……」
壁を破った実感はある。実際、僕の魔術は発動速度、威力共に学院の上級生にも匹敵するモノになっているはずだ。
だが、そこまでだ。学院のトップであるゼオンやクレア先輩、そして学院を代表する煌聖騎士団の面々には遠く及ばない。煌聖騎士団は学院でも選ばれた存在しかなれないエリート集団で、そのトップは学院の生徒会長が務めているらしい。まあ、雲の上の存在過ぎて関わったことはないのだが……。
「僕に足りないのは、やっぱりそういう事だよなぁ……」
答えは、考えるまでもなく決まっていた。
「よし!」
パシン! と顔を強く叩き気合を入れる。
ジンジンと頬が痛むが、視界と意識はクリアになった。
月を再び見上げ――
「いつか、必ず――」
――決意を新たに固めた。
◇◇◇◇
次の日の翌朝、いつもよりもかなり早くに起きた僕は、セカイ先生の研究室へと直行した。前回来た時よりも1時間以上早く到着した僕は、一瞬の迷いの後に扉をノックした。
「はい」
扉を開けたのは、アルマさんだった。
白い獣耳をピコピコと動かしている彼女は、朱と蒼のオッドアイをぱちくりと瞬かせてこちらを見てきた。
「こんな朝早くに誰かと思えば先輩でしたか。今日はどんな御用で?」
「セカイ先生はもう来てるかな? 少し、話があるんだ」
「ええ。ですが、あの女狐との稽古が終わってからになりますが、構いませんか?」
「僕が押し掛けたので待つのは勿論ですけど、こんなに早くから……」
以前来た時も、僕が来るよりも前に稽古しているような口ぶりではあったが、一体何時から始めているのだろうか。
「どうぞ」
そうして僕は研究室の中へと通され椅子に座った。
コトリと湯気の立った紅茶が差し出された。
紅茶をすすりながら周囲を見渡す。
相も変わらず蔵書がそびえ立ち、圧倒されてしまう。
「ところで、先輩たちはどこで稽古しているんですか?」
学院の修練場を借りているのだろうか?
そんな質問を投げかけた僕に、彼女は洗練された所作で紅茶を飲みながら答える。
「観に行きますか?」
「そんなに近くでやっているんですか? もしよろしければ、是非にでも」
「近くと言うか……。まあいいでしょう。こっちです」
彼女はそう言って椅子から立ち上がりセカイ先生が普段座っている机へと向かい、前方へと手を伸ばした。
見たこともない量の術式が彼女の前方に展開される。
「何を――」
言いかけた瞬間、彼女の前方の空間が歪み黒い穴が穿たれた。
「そ、それは一体?」
未知の魔術に対して理解が一切追いつかない。
「百聞は一見に如かず、です。私の後についてきてください」
そう言って彼女は黒い穴に入り、その姿がふっと消えていった。
「消えた!?」
驚愕の声と共に穴に駆け寄る。
穴は厚さのほとんどない平面で、向こう側には何もない。
「まさか、空間魔術? もはや御伽噺の領域だぞそんなもの」
現存しないはずの魔術の一つである空間魔術。
使い手がいるなんて話は一切聞いたことがない。
「……っ。行くしか、ないか」
ごくりと生唾を飲み込み、覚悟と共に黒い穴に飛び込む。
「来ましたか」
瞑っていた目を開けるとそこには――
「どこ、だここは……?」
――赤褐色の地面が広がる不毛の大地が眼前に広がっていた。
熱風が頬を乱雑に撫でる。暴風が絶え間なく周囲を駆け巡っている。
アルマさんは風に制服をなびかせ、僕を見つめていた。
「どこ、という質問は意味を成しませんね。ここは、この星のどこにも存在しない場所。いわば架空の世界なのですから」
「どういう――」
「――聞いてもきっと理解できません。それよりも、貴方はあれが見たかったのでしょう?」
彼女が前を見るようにと促し、僕はそれに従う。




