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18.フィオナ②

「――――っ」


 罪悪感で押しつぶされそうになり、僕はぎゅっとシーツを握って俯いた。

 そんな僕の反応に彼女は焦ったように話題を変えた。

 自身の態度が僕を苦しめていると勘違いしているのだろう。実際は僕は僕自身がしでかした事の重大さを一身に受けてしまっているだけなのだが。


「そ、そういえば! ちょっと見ない間に物凄く強くなったんだね! あのダスティス先輩と互角に渡り合うなんて!」


 気遣ってくれるのは嬉しいが、その内容が誇張を含んだものだったので僕はつい苦笑いをしてしまった。


「いや、結局僕は先輩に一撃もまともに入れられなかった。あの程度じゃ駄目なんだ。もっと魔銃の精度を、威力を、そして戦略を高めなきゃ、到底あの人の領域まで辿り着けない」


 そう言った僕に、彼女はフフフと笑いながらポツリと呟いた。


「やっぱり、小さい時から変わらないね、ユー君は」


「ど、どういうこと?」


「ほら。あの時のこと覚えてる? ユー君が剣術大会で優勝した時の事」


「あ、ああ……。それは勿論」


 今となっては過去の栄光も良いところなので若干苦い思い出となりつつあるが、忘れることなどできるはずもない。


「ユー君ったらあの日、勝ったのに反省してたんだよ? あの時の動きが駄目だとか、もっとこうすれば良かったって。丁度今みたいに」


「そうだったっけ?」


 昔の事なのであまり良く覚えていない。フィオナはよくそんな些細な会話まで覚えていられるものだ。


「それに今日のユー君の闘いは、まるであの剣術大会の決勝戦みたいだった。己の全てを掛けて格上の相手に立ち向かう、御伽噺の英雄そのものだった」


「言いすぎだ」


 あの時の戦いも、今日の戦いも、そんな綺麗で立派なモノなどでは到底ない。

 

「ううん。少なくとも私にとってはあの時からずっと、ユー君は英雄であり、世界で一番大切な人だった。その気持ちは今でも変わってないよ」


 その言葉を聞いて、ドグンと心臓が跳ね上がった。


「か、勘違いされるようなこと言うなよ! 彼氏に聞かれたらどうするつもりだ!?」


 先程の言葉をゼオンが聞いてしまえば、きっと怒り狂うに違いない。

 僕の言葉を聞いて、フィオナは悩まし気に目頭を抑えながら言葉を発した。


「ユー君」


「な、何だ?」


「一つ確認しておきたいんだけど、彼氏って誰の事?」


「え? ゼオン・アーカーシャだろ?」


「アーカーシャ君が誰の彼氏だって?」


「フィオナの」


 そう言った瞬間、彼女は立ち上がって手を思い切り振り上げた。

 僕は叩かれると思って咄嗟に目を瞑って腕をかざしたが、しばらくしてもその出が振り下ろされることはなかった。

 恐る恐る目を開けると、彼女はプルプルと震えている腕を降ろして再び座った。


「怪我してなければ全力でぶん殴ってたけど、命拾いしたね」


「あの……、つかぬことをお伺いいたしますが……」


「何?」


 彼女は先程までの様子から一転して腕を組んでふんぞり返っていた。

 今日一不機嫌な様子で彼女は続きを促す。


「私めは大変失礼な勘違いをしてしまっていたのではないかと思ったのですが、間違いありませんか……?」


「間違いありませんね」


 つい先日もゼオンと一緒に登校していたし、度々彼女が彼と一緒にいるのを学院でも目撃していたのでてっきり付き合っているものかと思い込んでいた。

 こうして考えると、僕はフィオナに償いきれない程の酷いことを重ねてしまっているな。


「申し開きの仕様もございませぬ……。私にできる事でしたら、どうぞ何なりとさせていただきたい所存ではあるのですが」


 余りの申し訳なさから口調が崩れに崩れまくってしまう。


「ん? 今何でもって言ったよね?」


「い、言いました」


 そう答えると、彼女はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

 一体何を言われるのだろうか。


「それじゃあ、今度の休日に私と街に行かない?」


「ん? それだけ……?」


「それだけって、私がどんな事を頼むと思ってたのかなユー君は」


「最低でも有り金全部寄越せぐらい言われるかと」


「ユー君の中で私はどんな性格してるのさ!?」


 目を丸くして驚く彼女を見て、思わず笑いが溢れる。


「クッ、フフフ……!」


「あっ! からかったんだね!? そういうところ全然変わってないんだから!」


「悪い悪い……」


 彼女の言うとおり、昔はよくこうしてじゃれていたような気がする。


「謝れば何でも許されると思ってない……? ま、何にせよ大事無いみたいで良かったよ。それじゃ行こうか」


 彼女はそう言って自身と僕の鞄を持って椅子から立ち上がった。


「ん? どこに?」


 疑問を口にすると彼女は少々呆れ気味な視線を向けてきた。


「もう学校もとっくに終わってるし、帰るしかないでしょ」


「そ、そうか、そうだな」


「もう、本当に大丈夫?」


「ああ。多分」


 僕はそう言いながらベッドから出て、軽くシーツと布団を整えた後にフィオナから鞄を受け取った。

 そして、彼女は僕の右手をぎゅっと握って歩き出した。


「ん?」


 ついつい疑問に満ちた声が漏れた。

 一体何故手を握る必要があるのだろうか?


「こうでもしないとユー君逃げるでしょ」


「……僕は野良犬か何かか?」


 まあ、別に良いか。小さい頃はよくこうしていたから、彼女も久しぶりにやってみたいのかもしれない。

 特に抵抗しなかった事を肯定と受け取ったのか。彼女はそのまま僕の手をぎゅっと握って隣を歩き出した。

 校舎の外に出ると、赤い光に煉瓦が鮮やかに照らされていた。

 と言うか、もしかして彼女は僕が起きるのをずっと待っていたのか。ただの幼馴染、しかも疎遠になっていた僕にそこまでしてくれるなんて、にわかには信じがたい。

 だが事実として、彼女はそうしたのだろう。

 しばらく話してはいなかったが、どうやら彼女は昔から一切変わっていないようだった。

 そんな些細な真実に行き着き、僕はクスリと笑う。


「どうしたの?」


 不思議そうにこちらの顔を覗き込むフィオナ。


「いや、別に何でも」


「何でもって事はないでしょ! 言、い、な、さ、い!」


 伝えるのが少し気恥ずかしくはあったけど、それでも今のこの気持ちは彼女に伝えたいと、そう心の底から思った。


「ただ、変わらないなって」


「変わらないって……?」


「君は昔と変わらず綺麗だなって、そう思ったんだ」


 それに比べて、僕は自身の事ばかり考える意地汚い心の持ち主だ。

 彼女の様に清らかな心を持つ人間にでありたいな。


「う、ぇえ……?」


 彼女は妙な呻き声を上げて頬を朱色に染めた。

 そして何か焦ったように顔をパタパタと手をつないでいない方の手で煽りながら言葉を紡ぐ。僕の右手と繋いでいる彼女の左手には熱が走り、じんわりとした湿り気が感じられた。


「そ、そんなことより! 私が来るまではダスティス先輩がユー君の事を診ていたみたいだよ?」


「クレア先輩が……?」


 無様に負けた僕に時間を割かせてしまったのか。本当に申し訳ない限りだ。


「それにファーストネームで呼ぶなんて! いつからそんなに仲良くなったの?」


「いつからって言うか、ほんの数日前なんだけど」


 冷静に考えてみて、クレア先輩に出会ってからと言うものの非常に密度の濃い時間を過ごしているような気がする。

 今日彼女に負けてしまったことで、僕がセカイ先生の弟子にしていただくという話は白紙になってしまった。

 だがそれでも、道の歩き方は、英雄への扉は確かに垣間見ることができた。

 それだけで、十二分だった。


「ホントに~~?」


 彼女は疑わし気な視線を向けてきた。


「本当だよ」


「にわかに信じられないな~。だってあのダスティス先輩だよ? 学院無敗記録を持つ剣聖と仲良くしている生徒なんてほとんどいないよ?」


「意外と気さくな人なんだよ。多分、実際に話してみると印象が変わると思うよ」


 自分と住む世界が違うという先入観が、先輩の印象を厳かなものにしているのかもしれない。


「いやいや! 君との模擬戦の前に先輩凄い怒ってたでしょ? あの気迫だけで私なんて少しもr……」


「ん? どうした?」


 突然顔を赤くして黙り込んだ彼女に対して、僕は不思議に思ってそう問いかけた。


「なんてこと言わせようとしてるのさ……」


「??」


 勝手に言葉に詰まったのは君だろう? と口に出そうとして止めた。何か途轍もない地雷を踏み抜いてしまいそうだ。

 僕はそれ以上踏み込まず、二人して空白の溝を埋めるかのように、他愛もない話をして夕暮れの街を歩いた。


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