16-2.本物
「終わりですね……」
クレアは言いながら剣を鞘に納めた。
淡々としてはいるが、その様子がどこか物悲し気にセカイの目には映ってしまった。
全てとは言わなくとも、セカイには彼女が何を考えているのかほんの僅かに推察することができた。
理由は単純だ。クレアはユリウスと言う生徒のことを誰よりも評価し、尊敬していた。それも、子どものころからだ。
当時のことを彼女は熱を帯びた瞳でセカイに教えてくれた。だからこそ、今の心情を、ハッキリと言えば《落胆》を、理解できてしまったのだ。
「ふっ」
セカイは、ユリウスを見て小さく笑った。
「? 何か?」
クレアは怪訝そうな瞳でセカイへと話しかけた。
「俺は終わりなんて言ってないぞ」
「は? 一体何を言って――。ッ!?」
彼女は不思議そうに彼が見ていた方を向く。そして、あまりの衝撃に思わず口をつぐんだ。
「…………」
彼女の眼前で、先程完璧に意識を刈り取ったはずの少年がフラフラとした足取りではあるが立ち上がっていた。
「フ、フフフフッ」
思わず、クレアの口から笑みがこぼれた。
目を見開き、己の目の前で起こった現実を認識した。
「やはり君は最高だ! あの時と、何一つ変わっていない!」
「…………」
彼女の言葉に、少年は答えない。
虚ろな瞳で、ただ目の前のクレアのさらにその先を見据えていた。
フラフラとした足取りで、少年は歩き出した。魔力で身体強化も行わず、自然体のままで。
「どういうつもりだい……?」
不可解な少年の様子に、彼女は笑みを沈め僅かに怒気を含んだ声音で語り掛けた。
侮られているのか。それとも、彼がまだ戦えると思ってしまったのはただの買い被りで、もう限界だったのか。
「…………」
少年は尚も沈黙を貫き、フラフラと殺気も出さずに歩いてくる。距離は徐々に縮まり、あと5歩というところでピタリと止まった。ギリギリ、クレアの剣が届かない範囲だ。しかし、一歩踏み込めば容易く届いてしまうほどの距離。
クレアはその様子をじっと見つめていたが、やがて諦めたように軽くため息を吐き、剣を構えた。
「一度でも立ち上がった事に敬意を表し、次の一撃で終わらせよう」
そう言って一歩踏み込もうとしたその瞬間――
「これで終わり――。 ッ!?」
――突如吹いてきた微かな風と共に、砂が彼女の眼に入った。
彼女は咄嗟に目を瞑った。瞑って、しまった。
「しまーーッ!?」
気づいた時にはもう遅い。彼女が瞳を閉じた瞬間、ユリウスはその身に身体強化を施し、一瞬で彼女の懐に潜り込む。唯一、彼が通常速度で行使できる身体強化魔術を、完璧なタイミングで発動させた。
先程まで何の感情も持っていなかったように見えた彼から、刺すような殺気が放たれていることに気付く。
クレアは霞む視界に頼ることは止め、その殺気に他の全感覚を集中させた。
ゾワリ、と確かな殺気で肌が泡立つ。
首に強烈な殺気を感じた彼女は、身体ごと後ろに仰け反った。
同時に、首の皮膚を何らかの刃が撫でつけた。
「く、うっ!」
本来、彼女の身体強化であれば傷一つ付かなかっただろう。しかし今、彼女の魔力コントロールは完全にかき乱され、狂いに狂っていた。
薄皮一枚が切れ、僅かな、だが確かな血液が宙を舞う。
視界が回復したクレアがユリウスに視線を飛ばすと、そこには銃口から魔力で形成された刃を振るったユリウスがこちらを見据えていた。
(一体何なの? あの武器は? あえて言うなら、銃剣……? いや、今はそんなことどうでもいい!!)
クレアは意識を切り替え、仰け反った勢いのままに後ろに手を付き後方回転をする。
同時に足先でユリウスの手を蹴り上げ、銃を空高く弾き飛ばした。
クレアが後方回転して飛び上がり、地面に足を付けて体勢を立て直そうとした刹那――
「っ!?」
――彼女の足元に暴風が吹き荒れた。
(あの板か!)
彼女は即座に、その現象がユリウスが幾度も使用していた魔板によるものであることを見抜いた。
クレアが銃剣を避けるのと同時に、逆側の手で先に板を地面に放っておいたのだろう。
クレアは地面に足を付けるどころか、氷の上で滑ったかのように体勢を崩す。
背中が地面に落下するまでの時間は恐らく0.5秒程度の事だろう。だが、こと命のやり取りにおいてそれは、致命的と言える隙に他ならない。
「…………」
ユリウスは彼女が体勢を崩した瞬間にもう一つの銃剣からも剣を形成し、彼女の首に剣撃を打ち込もうと肉薄した。
そんな少年の姿を捉え、彼女は――
「フッ」
心の底から、笑みを浮かべた。
「…………っ!?」
ユリウスは次の瞬間、吹き飛ばされ壁の障壁に叩きつけられた。
「やはり君は本物だ」
そう言いながら、クレアはユリウスに近づいていく。
追い詰められていたはずのクレアがしたことは単純なことであった。
腕を振るった。ただ、それだけである。
「本来、身体強化の魔術強度を1割以上に上げるつもりはなかったんだ。でも、気が変わった。ここからは3割で行かせてもらうよ!」
その後の試合は、勝負という言葉からは程遠い一方的な蹂躙が始まった。
ユリウスは倒されるたびに虚ろな瞳で立ち上がってはいたが、十数回障壁に叩きつけられた辺りでピクリとも動かなくなってしまった。