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15.一度きりの

「よくやったね、ユリウス君」


「クレア先輩……」


「見違えたよ。つい先日までとは一線を画すほどの威力じゃないか」


 先輩はそう言って、僕の腰に収まっている魔銃へと視線を向けた。


「ええ。僕の魔力特性で魔力の上書きが出来ることに気が付いたので、試してみたのですが、どうやら上手くいったようです」


 先輩は僕の言葉を聞いて、ふんわりと笑顔を浮かべた。


「そうか」


 短い言葉だったが、その僅かな言葉には確かな温かさが感じ取れた。


「ええ。これでようやく、僕は夢を諦めずに済みそうです」


 英雄になるという、荒唐無稽な夢を。

 勿論簡単に叶うような夢ではないことは百も承知だ。だがそれでも、暗闇の中もがき苦しみ続けたかのような日々を想えば、一筋の光が見えた今の状況は希望に溢れていると言っても差し支えなかった。


「そうか……っ!」


 先輩は声を弾ませそう言った。

 つい先日であったばかりなのに、自身の事の様に喜んでくれる彼女のことを僕は心の底から尊敬できた。

 僕と先輩は互いに見つめ合い、ニコリと笑いあう。

 些細な幸せを噛みしめていると、突然声がかけられた。


「ダスティス先輩!」


 声の主はゼオンだった。

 弾む様な足取りでこちらへと駆けてくる彼は笑顔一色だった。

 端正な顔立ちの彼が笑顔になるだけで、周囲の女生徒は顔を赤らめていた。まあ男の僕から見ても、彼は造り物めいた美しさと格好良さを合わせ持っていると思う。

 しかし彼と同等かそれ以上の美貌を持つクレア先輩にはさして興味を引かれるようなことではないようで、怪訝そうに眉を潜めていた。


「どうしたんだい? アーカーシャ君」


「今お手隙でしたら、俺と試合しませんか? 他に相手になる奴がいなくて困ってたんですよ」


「悪いけど、断るよ」


「ええ!? どうしてですか!?」


 心底驚いているようで、彼は目を大きく見開いて叫んでいた。


「私は無駄なことはしない主義なんだ」


 先輩のその言葉は恐らく意訳すれば、『君から得られることは何もないから試合はしないよ』と言う事だと思う。

 僕からすればゼオンは手の届かない天才だが、先輩にとってはそうではないのだろう。冒険者としてのランクは劣ってはいても、彼には負けていないという自信があるのだろう。

 ゼオンはその言葉をどう解釈したのか分からないが、特段気にした様子はなかった。


「勝ち目のない勝負も良い経験になるかと思ったんですけどね……」


「悪いけど、そういう事だから」


「分かりました。でも気が向いたらいつでも声をかけてください。もしくは、デートのお誘いとかでも一向にかまいませんよ?」


 彼はそう言って、爽やかな笑みと共に去って行った。

 格好つけたその行動も、甘いマスクを持つ彼がやると画になるのだから世の中不公平だなと思わなくもない。

 僕みたいな平凡な男には一生かかってもできそうにない口説き方だ。


「それで、この後はどうするんだい? ユリウス君?」


「そうですね……」


 正直、一度は試合を行っているためこれ以上試合をする義務はない。でも、ディッセルに勝った位で満足して良いのか? いや、良いわけがない。

 考え込む僕に、先輩は冗談めかしたように言う。


「君さえ良ければどうだい? 私と闘ってみるか?」


「先輩とですか? あれ? でも先輩は無駄なことはしないんじゃ……?」


「君と闘うことは十二分に有意義だと思ってるよ」


「その言葉、二言はありませんね?」


 僕にとっても、彼女と闘うことは代えがたい経験になることは明白だ。それに、英雄を目指すということは、彼女もいつかは凌駕しなければならない。

 僕の言葉に、彼女はニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。


「勿論さ。でも、そうだな……。条件を付けようか」


「条件ですか?」


「ああ。でも内容についてはあそこで向かい合って話そう。丁度修練場の一つが開いたようだしね」


 先輩はそう言って、今しがた試合が終わった中央のフィールドに視線をやった。

 僕と先輩はフィールドに移動し、互いに向き合った。

 周囲の生徒が何事かと注目し始めていた。

 それもそうだろう。学院始まって以来の劣等生と『剣聖』が試合をしようと言うのだから。

 僕は対先輩用に魔弾のマガジンをセットし直しながら尋ねる。


「それで、条件とは何ですか?」


 先輩は穏やかな表情から一転して挑発するような表情で言う。


「私との勝負はこれ一度きり、というのはどうだろう?」


「一度きり……ですか?」


 先輩は真剣な表情で続ける。


「ああ。つまり、君がセカイ先生に出された、私に攻撃を一発当てるという課題を達成するチャンスはこの一度きりということさ。それでもやるかい?」


 試されている。僕は今、この先輩に覚悟の程を試されているんだ。

 本当に英雄になる資格は、覚悟はあるのか、と。

 ゴクリと、生唾を飲み込む。

 ここはきっと分岐点だと、そう感じた。

 気軽に受け入れたはずの提案が、途端に緊張感を孕んだ選択肢に変わった。彼女はきっと、こうなることが分かって一度きりの提案をしたのだろう。

 しかも、このフィールドに上がっておきながら今更止めておきますと言えば、それはただの敗北宣言と同じだ。冷静に考えれば、一度きりのチャンスを今ものにできるという確証がないのであれば、ここで挑むのは得策ではないのは確かだ。

 あぁ……、でも、ここで退いてしまえば今までと何も変わらない。それじゃ駄目だ。それじゃあ、『英雄』になんてなれはしない……っ。


「やります……っ。僕がなりたいものはきっと、逃げた先には絶対にありませんから……っ! だから、貴方と試合をさせてください!」


 周囲にはいつの間にか、多くの生徒が集まってきていた。

 浴びせられる無遠慮な嘲笑の言葉。


「劣等生が何でダスティス先輩と?」

「勝てるわけねーだろ。時間の無駄無駄!」

「最近調子に乗ってるなあのノロマ」


 そんな周囲の言葉や態度とは正反対に、クレア先輩はどこまでも真摯に僕の瞳を見ながら言う。


「そうか。ここで負ければ君の英雄になるという夢は潰えるかもしれない。それでも君は今、ここで、私と闘うとそう言うんだね?」


 真っ直ぐで、純真な彼女の想いに応えなければならない。ここで誤魔化すのは彼女に対して最大限の侮辱に等しい。


「ええ。僕は貴方を倒して、『英雄』に近づきます」


 ハッキリと、大衆の面前でそう宣言する。

 僕の夢は、恥ずべきものでも、笑われるものでもない。ハッキリと言うことに何のためらいもない。

 だが周囲にいた多くの同級生にとってはそうではないのだろう。僕が宣言した瞬間に、大爆笑が拡散した。


「「アハハハハ!」」


 笑いに紛れてハッキリとは聞こえないが、僕になれるわけがないと、分不相応な夢だと、そう言っていることだけは分かった。

 魔銃を、ぎゅうっと、握る。

 僕に言い返す資格なんてない。だから、この試合で示す他ないだろう。

 百の言葉よりも説得力のある、たった一つの行動で。

 改めて覚悟を決めたその瞬間だった。

 肌を引き裂くような殺気が周囲をビリビリと震わせた。


「「………………」」

 シン、と静まり返る修練場。

 殺気の主は、ただ一言のみ発した。


「何が可笑しい……?」


 クレア先輩のその問いに、答える者は、答えられる者はいなかった。

 不用意な発言をすればその場で斬り伏せられてしまうかもしれないという恐怖が、今の一瞬で彼らには植え付けられてしまっていた。

 数秒の後、先輩はふんわりと柔らかな笑みを僕に向け言う。


「ユリウス君、君の全身全霊をこの私にぶつけてこい!」


 刀を鞘から抜き、正眼に構えるクレア先輩。


「はい!」


 威勢よく返事し、僕は彼女に魔銃の矛先を向けた。

 


いつも読んでいただいてありがとうございます。

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