13.魔術学教授VS勇者
「それじゃやろうか。ルールは単純。相手を降参させれば勝ちだ。後は何でもアリ。魔術も武器も、一切の制限なしだ」
セカイ先生はそう言って、模擬剣を正眼に構えた。
綺麗な、ぴしゃりとした構えは堂に入っており素人目にも威圧感が感じられた。
そんな先生に、ゼオンは尚も気遣ってような声をかける。
「あの、先生に怪我をさせないためにも俺が模擬剣を使うのは分かるんですけど、先生もですか? 魔術学の教授と言うことは魔術がお得意なんですよね? 杖とかの触媒の方がよろしいのでは?」
心配するゼオンの言葉に、セカイ先生は気まずそうに答える。
「あ~~、その、実は……、魔力特性のせいで術式を使った魔術が一つも発動できないんだよ」
その言葉に、一同全員ポカンと口を開けてしまった。
術式を使った魔術が使用できない?
数秒の沈黙の後に、Dクラスの、主に僕を普段から馬鹿にしている面子が大声で笑いだした。
「「アッハッハッハ!」」
「術式を用いた魔術が使用できない? それで魔術学の教授とか詐欺でしょ詐欺!」
「ほら、若すぎるから変だとは思ってたけどコネって奴でしょ!」
「つーか発動すらできないって! うちのノロマ以下のポンコツじゃん!」
Aクラスの方からは主に女性から、ぼそぼそと陰口が叩かれていた。
「顔が良くて教授になるくらい頭も良いのかと思って少し憧れてたんだけど、何か幻滅……」
「まあ、ゼオン君みたいないい男はそうそう転がってないってことだね」
「アプローチする前で良かったぁ。とんだ地雷物件じゃない」
これらの遠慮のない悪意がまるで自身に向かって来ているかのように錯覚をして、僕は思わず顔を俯いてしまった。
ゼオンの同情したような言葉が耳に届く。
「あの、すいません。まずいことしちゃいましたね……」
先生の立場そのものを一気に壊してしまったと、彼はそう言いたいのだろう。
何故か僕は自身の事の様に辛くて、胸をぎゅっと抑えて尚も俯く。
だが次の瞬間――
「何がだ?」
――あっけらかんとした先生のその言葉に、僕は反射的に顔を上げた。
「え? 何がって……。先生に公表したくない事実を言わせてしまったなと、そう言ってるんですけど……」
顔を上げた先にあった先生の顔は、一点の曇りもない、真っ直ぐなものだった。
「俺が術式魔術を行使できないのは純然たる事実だ。そしてそのことに俺は一切の引け目を感じていない。……人を下に見るのは君たちの勝手だが、その程度の言葉で揺らぐほど脆い生き方はしてねぇんだよ俺は」
その姿があまりにも眩しくて、恰好が良くて……、僕の頬にはひとりでに一筋の水滴が走った。
僕と同じように魔力特性で魔術が発動できなくとも、前だけを見て進んでいる人がいる。ただそれだけの事実が、僕にとってどれだけの救いをもたらしてくれているのか。きっと理解してくれる人はいないだろう。
余りにも堂々としたその立ち振る舞いに、同級生たちは口をつぐむ。
「さ、時間がないんだ。さっさと始めよう。ゼオン・アーカーシャ」
そう言って再び剣を構える先生。
その姿を見て、ゼオンは軽く嘆息しながら言う。
「貴方の強がりは良く分かりましたよ。でも、これでも俺は努力を積み重ねてきた人間ですからね。その虚勢を吹き飛ばしてあげるのも、才能を持つ俺の役目でしょうね。……いつでもどうぞ」
しっかりと構えた先生に対して、ゼオンはだらりと剣をぶらさげていた。
あれはきっと構えなどではない。彼の驕りからくるものだろう。
「それじゃ、このコインが落ちたら試合開始だ」
キィン、という軽い音共に硬貨が先生の指から空高く放たれた。
クルクルと回転しながら光りを反射する硬貨が地面に触れた。
その、瞬間――
「くっ!?」
――金属特有の轟音と共にゼオンの焦ったような声が僕の耳に届いた。
一瞬でゼオンに斬りかかった先生は初撃を止められ、鍔迫り合いになっていた。
「思ったよりも、やりますね……っ。はあ!」
ゼオンは気合と共に先生の剣を弾き、その場から姿を消した。
一瞬、先生と同じように異常な身体能力で姿を消したのかと思ったが、どうやら違うようだ。
あれはきっと――
「――光属性の魔術だね」
いつの間にか僕の隣にはクレア先輩が来ていた。
「クレア先輩……。いや、えっと……ダスティス先輩?」
先程のゼオンとのやり取りを思い出して言い直すと彼女は途端に悲しそうな表情を浮かべた。
「君にはそう呼ばれたくはないな。ユリウス君……」
「え? あ? すいません。それではクレア先輩と呼んでも……?」
「君にはそう呼んでもらえると嬉しいな」
「分かりました。それで、クレア先輩。彼の魔術はやはり、光の屈折を利用したものですか?」
僕の問いに、彼女は頷く。
「ああ。周囲の光を操作して自身の姿が見えないようにしているんだね。あんな芸当ができるのはこの国でも彼一人だろうね。でも――」
「でも……?」
彼女はそこで言葉を切った。そうして得意げな笑みと共に修練場を見てみろとでも言うように顎をクイと動かした。
修練場では、中央に佇む先生が目を瞑った状態でただひたすらに攻撃を捌き続けていた。
「どうして攻撃が当たらない!? 俺の姿が見えているのか!?」
虚空から、ゼオンの驚愕の声が響く。
「…………」
先生は集中しているのかそれに答えるようなことはない。
それが余計に癪に障ったのだろう。ゼオンの攻撃はより苛烈さを増し、金属同士が衝突した際に生じる轟音が間隙無く響き続けた。
だがその猛攻の最中でも、先生の足は一歩たりともその場から動くことはなく、ただ愚直に攻撃を逸らし続けていた。
「凄い……」
攻撃を加えているのはゼオンだが、それを完璧に防いでいることからも分かるように、先生が卓越した剣術を持っていることは明白だった。
しかも、あれ?
もしかして先生……。
「魔力を、使っていない……?」
彼の体どころかその武器である剣にすら、一切の魔力が感じられなかった。
術式を用いた魔術が使えないとはいっても、身体強化や物質強化など術式を介さない魔術の行使はできるはずだ。強化無しで強化している人間と互角……? いや、でも、そんな非現実的なことがあり得るのか?
仮にも勇者と呼ばれるゼオンの身体強化と物質強化の魔術強度は常人の比ではない。それをただの技術のみで捌くなど常識の埒外と言っても良い。
一体どれだけの人が、この異常な事実に気付いている……?
周囲を見渡すと、Aクラスの一部の生徒は信じられない物を見るような目で先生の事を見ていた。
冒険者としてDランクだと言っていたが、単純に昇級試験を受けていないだけなのではないか?
クレア先輩が彼に教えを乞う理由が、良く分かる。これは確かに、井の中の蛙であることを思い知らされる領域だ。
「守るだけで精一杯ですか!? 攻撃しなければ勝てませんよ!?」
ゼオンが挑発するように言ったその瞬間――
「疾っ!」
「グッ!?」
僅かな吐息と共に振るわれた剣が何かを捉え、透明な障壁にその何かが勢いよく衝突した。
「ハァ……、ハァ……、クソ……。どうして……」
障壁の前で、彼は魔術を解除した。いや、集中が乱れて解除させられたのかもしれない。
腹を抱えて疑問を呟くゼオン。見えない攻撃をどうやって捌いているのか、そしてどうして攻撃を当てられてしまったのか、その全てが理解できていない様子だった。
そんな彼に対して、セカイ先生は油断なく剣を向けて長らく瞑っていた目を開けた。
「もう終わりか……?」
「……っ! 手加減してやってんだよ! あまり調子に乗るな! この能無しが!」
咆哮と同時に、彼はセカイ先生の周囲に大量の魔術式が出現する。そのどれもが中級以上で発動すれば即死は免れないだろう。
ただの模擬戦で一体何を考えてるんだ!?
魔術が発動した刹那、先生は目にも止まらぬ速度でその場から離脱した。
目標に当たらなかった魔術は地面を勢い良く吹き飛ばし、多量の瓦礫と砂埃が障壁内を埋め尽くした。
「ど、どうなったんだ……?」
「やりすぎだろ……」
生徒の誰もがこの余りの惨状に呆然としていた。
ゼオンの攻撃には、明らかな殺意が込められていた。それは外で見ていた僕たちにも十分に伝わってきた。
砂埃が晴れると、そこには――
「――降参だ」
剣を砕かれた先生が手を挙げていた。
その首筋にはゼオンの模擬剣が当てられていた。
模擬剣には風の魔術が付与されていたようで、先生の首筋からはタラリと一滴の血が垂れていた。
もしもそこで止めていなければ、先生の首は跳ねられていただろう。
「フゥーー、フゥーーッ!」
息一つ乱してない先生に対して、ゼオンは大きく息を乱して感情を昂らせていた。
これでは、一見するとどちらが勝利したのか分かったものではないな……。
「君の勝ちだよ、ゼオン・アーカーシャ。そろそろ、剣を離してくれないか?」
冷静に言う先生の言葉にようやく正気を取り戻したゼオンはハッとした後に剣を退いた。
「……俺ほどではないですが、思ったよりもやりますね、えっと、名前何でしたっけ?」
「セカイ。セカイ・イグレシアスだよ」
「セカイ先生。思ったよりも戦えるようで驚きましたが、これが才能の差ですよ。残酷かもしれませんけどね」
ゼオンの毒の入った台詞を、先生は飄々と受け流す。
「そうだな。君みたいな才能ある人間に俺もなりたかったよ」
その言葉を額面通りに受け取ったゼオンは気をよくしたのか、ニコニコと笑いながら答える。
「まあ、先生も少しは努力してるみたいですしね。俺の剣術を真似すればもう少し強くなれるんじゃないですか?」
「ありがとう。ところで、俺が臨時の講師ってことで良いかな?」
「まあ、手加減していたとはいえ俺に魔術を使わせる程度の実力はあるようですからね、その辺の生徒の指導には良いんじゃないですか?」
他人をなめ腐ったその発言に、僕は思わず拳を握りしめた。
しかし、彼はもしかして先生がこの戦闘中にただの一度も魔力を使わなかった事に気がついていないのではないか……?
いや、でも、勇者ともあろうものがそれに気が付かないなんてことあるのか?
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