4冊目 『不死鳥の飼いかた全集』 その29
「ねぇ、里音ちゃん、本当にかかってない? ぼくのからだに、悪魔の調味料がかかってるんじゃないの?」
真っ赤にはれあがったほおを押さえながら、俊介が涙目でたずねます。里音はうっとうしそうに首を横にふりました。
「んなもんかかってないわよ。全部あんたの自業自得なんじゃないの。ちょっと近寄るんじゃないわよ、パンツ聖人!」
「もうっ、それやめてよ! そんな聖人こっちから願い下げだってんだ! だいたいみんなだって悪いんだよ、ぼくは一度たりとも自分でスカートまくったりしてないのに、勝手にみんながスカートめくれさせて……いや、あの、なんでもないです……」
ライオンの群れに囲まれたうさぎのように、俊介はちぢこまってヘコヘコあやまります。里音がふんっと鼻を鳴らしました。
「まったくもう、いったいなんの話してたか忘れちゃったじゃんか」
「どうして俊介が聖人の血で守られてるのに、不死鳥の涙で傷が治ったかでしょ。あ、それにどうして俊介が聖人の血で守られてるのかもわかんないわね」
花音の言葉に、里音は少し首をかしげて答えました。
「俊介がどうして聖人の血で守られているかは……。それは、わたしもわかんないわ。でも、その守りがいきなり強くなったのはなんでかわかるわよ」
「あ、もしかして、それもグレイプニルが切れたからかしら?」
美緒に聞かれて、里音は満足そうな笑みをうかべました。
「あんたホントに鋭いわね。その鋭さをうちのバカドレイに少しでも分けてやりたいくらいだわ」
「うぅ、ひどいよ……」
「うるさいわね、バカドレイのパンツ聖人が! とにかく美緒のいう通り、グレイプニルの材料として、聖人の血も使われていた。それがどういうことかはもうわかるわよね」
里音にたずねられて、俊介はムーッとほおをふくらませてから答えました。
「それくらいはぼくだってわかるよ! グレイプニルが切れたら、その材料は戻るわけでしょ。だからぼくに聖人の血が戻った」
「そうね。どうしてあんたに聖人の血が戻ったかは分からないけど、とにかくそういうことよ。で、それによってわたしの魔界図書館の本による治療も効かなくなった。これはけっこう面倒くさいことになったけどね。あんたに魔界図書館の本で、いろいろいたずらすることもできなくなったってことだもん」
「ちょっと、そんなことしようとしないでよ! なに考えてるんだよ里音ちゃんは!」
「じゃあいたずらされないようにしっかりしなさいよ。あんたがバカドレイでパンツ聖人だからいけないのよ」
「そればっかじゃんか!」
いがみあう二人をあきれ顔で見ながら、花子が割って入りました。
「ちょっとちょっと、とにかく話を進めてよ。どうして不死鳥の涙で治療できたのよ? 魔界の物質は俊介に効かないんじゃなかったの?」
花子の質問に、里音は難しい顔で答えました。
「そこらへんはまだいろいろ実験しないとわからないわ。ただ、一つだけいえることは、不死鳥の涙は魔界の物質ではあるけれど、聖人と非常にかかわりが強いから、聖人の血による守りをすり抜けて俊介の傷を回復させたんじゃないかってことね」
「どういうこと?」
目をぱちくりさせる俊介を、里音がじろりとにらみつけました。反射的に身をちぢめる俊介に、里音は説明を続けます。
「魔界に伝わる伝説じゃ、聖人ってのは不死鳥とともに現れるらしいのよ。だからこそ、不死鳥の涙は聖人をいやすことができるゆいいつのものってわけよ」
「そうか、だからピーちゃんの涙は、俊介君の傷を癒せたってわけね」
里音は美緒へと、よくできましたといったような笑顔を見せます。ムーッとますますふくれっつらする俊介を、再び里音はじろりとにらみつけました。
「……それに、ここからはわたしの推測だけど、俊介は聖人になりたてで、グレイプニルによってなかば強制的に聖人として覚醒してしまった。だから自分にとってそれがいいものか悪いものかに関係なく、魔界の物質を拒絶しちゃうんじゃないかって思うのよ」
「そりゃそうだよ、だって里音ちゃんみたいな、いたずらしようとするような住人ばかりの物質なんて、聖人じゃなくても拒絶するに決まってるじゃんか」
「それがあんたのからだを治療しようとするものでも?」
うっと俊介が言葉につまりました。そんな俊介へと、なぜか里音は八重歯をむき出しにして、にやにや笑いながらせまってきたのです。
「うふふ、それでねぇ……。俊介だって、このまま自分の聖人の血が、いったいどんな力を持っているのかわからないのはいやでしょう?」
「え、いや、それは……」
ものすごいいやな予感がして、俊介はなんと答えればいいのかわからず、ただただ身を硬くしました。そんな俊介に、里音は猫なで声で続けました。
「もしかしたらこのままじゃ、俊介に『魔界カメレオンの冒険』を使っても、俊介だけからだが硬くならないで、地獄の針山につらぬかれちゃうかもしれないでしょう?」
「ひぇっ! ちょっと、怖いこといわないでよ!」
「そうよね、とっても怖いわよね。だからよ。だからわたしたちは、俊介の聖人の血が、どんな本を拒絶して、どんな本だったら受け入れるのか、ちゃんと知っておかなくっちゃならないってことなのよ」
たらりと俊介の額に、冷や汗が流れました。里音を見おろすと、その顔は完全に悪い吸血鬼そのものとなっていたのです。ぶるるっとみぶるいする間もなく、里音は俊介に告げたのです。
「だから俊介には、今日からわたしのドレイ兼モルモットになってもらうわよ! わたしがいろいろ魔界図書館の本をあんたに使うから、どれが拒絶されて、どれが受け入れられるか調べるのよ!」
「やだやだやだ、絶対やだよ! それってどうせ、里音ちゃんがめちゃくちゃして、ぼくにいろいろ変な本を試そうって思ってるだけじゃんか! ぼくをおもちゃにしようったって、そうはいかないぞ!」
全身で拒否する俊介を、里音が怖い顔で見あげました。すばやく動いて、俊介の耳たぶをつかみ、全体重をかけて引っぱったのです。ウギャアッと悲鳴をあげる俊介の耳もとで、里音が思いっきり大声でどなったのです。
「ドレイ兼モルモットがわたしに逆らうんじゃないわよ! それにこれはあんたのためでもあるのよ。もしまた敵がやってきたときに、あんたを守るのにどの本が使えるか、知っておかないと守れないじゃない」
「うわぁっ、耳が、耳がぁ! ……えっ? 里音ちゃん、ぼくのことを守ってくれるの?」
キーンとなる耳を押さえながら、俊介が目をぱちくりさせながらたずねました。里音はハッと顔をそむけます。ほおが一気に赤くなるのを、花音はもちろん、美緒と花子も目ざとく見つけたのです。
「お姉ちゃんったら、もしかして……」
「ば、バカ、違うわよ! ただこのバカドレイを助けようとして、うまくいかなかったら、せっかくのドレイ兼おもちゃがいなくなっちゃうじゃないの。それがいやなだけよ」
「ちょっと里音ちゃん、今おもちゃっていったじゃないか! やっぱりぼくのことおもちゃにしようって思ってるんじゃないか!」
ワーワーいいあう二人を、美緒が少し複雑そうな顔で見ていました。花音と花子はまたもや目ざとくそれに気づいて、顔を見合わせほくそ笑んだのです。
――なんだかおもしろくなりそうね――




