4冊目 『不死鳥の飼いかた全集』 その27
「でも、どうして涙が不死鳥から出たのかしら。魔界の不死鳥は涙を流さないはずなのに……あっ、そうか!」
ようやく俊介を開放したあとに、里音はピーちゃんを興味深げに見ていたのですが、やがて自分で相づちを打ってうなずきました。
「どうしたの、里音ちゃん。びっくりするじゃんか」
いきなり声を上げたので、俊介は目をぱちくりさせながら里音にたずねました。
「なにをそんなのんきに構えてるのよ! あんたにも関係ある話なのに!」
「ぼくにも? いったいなんのことだよ。ていうかいったいなにが起こったのか、ぼくはまだ全然わかんないんだけどさ。二人とも泣いてるから、ぼくびっくりしちゃったよ」
「だって、俊介君が死んじゃうかもって思ったんだもん。……俊介君、本当になにも覚えていないの?」
美緒に聞かれて、俊介は思い出すように首をかしげました。
「うーん……。胸のあたりが、じんわりと温かくなるのは覚えているんだけど、でも、それ以外はなんにも覚えていないんだ。あ、そうだ、あのドッペルゲンガーは? あいつが美緒ちゃんにおそいかかって、そして」
「そして俊介君は、わたしを守ってくれたのよ。ピーちゃんのドッペルゲンガーが突進してきたときに、わたしをかばってくれたのよ」
再び涙目になって、美緒がぎゅっと俊介のうでを抱き寄せました。里音がムーッとほおをふくらませて、美緒に注意します。
「ちょっとあんた、こんな道の真ん中で俊介にしがみつくんじゃないよ! 『悪魔の取調室~不可視化で不正をしよう~』はもう解除してるんだから、通行人に丸見えになってるのよ!」
大通りではないので、そこまで人はいませんでしたが、それでもまわりの人たちからほほえましい視線を向けられて、美緒と俊介のほおが赤く染まりました。急いで手を離す二人に、里音が提案しました。
「とりあえずさっきの公園に移動しましょう。どうせあんたたちのことだから忘れてるだろうけど、まだ『テンポラルのドッペルゲンガー研究』も、『不死鳥の飼いかた全集』も、どっちも封印できてないんだから」
里音の言葉に、美緒の顔がくもりました。持っていた『不死鳥の飼いかた全集』をぎゅっと抱きかかえて、おびえたような目で里音を見つめます。
「えっ……? 『不死鳥の飼いかた全集』も封印しちゃうの? じゃあ、ピーちゃんは……どうなっちゃうの?」
「それについてはあとで話すわ。大丈夫、ちゃんと考えてあるわよ。だからそんな顔しないでちょうだい。」
美緒を安心させるように胸をたたいて、里音は二人を手招きしました。
「わかったわ。でも、もしピーちゃんを封印しようとしたら、たとえ里音ちゃんでも許さないからね」
「別にあんたに許されなくっても、わたしにはなんの不都合も生じな……ちょっと、ほっぺた引っぱるのやめなさいよ!」
いつの間にか美緒は、『不死鳥の飼いかた全集』とピーちゃんの入った鳥かごを置いて、里音のうしろに移動していたのです。美緒にほおをなでられ、つねられるので、里音はじたばたしながら身をよじります。ですが、身長差の前にはそんなのは無駄な抵抗でした。
「これでも不都合は生じないなんていえるのかしら?」
「わかった、わかったわよ、だからひゃめ、ひゃめへひょほ……」
ほっぺたをもにょもにょされてしまい、里音はうまくしゃべることができません。最後は降参するように、美緒の手をペタペタとタップしました。ようやく許してもらえたようで、里音はほっぺを開放してもらいました。
「はぁ、はぁ、あんた絶対いつか仕返ししてやるからね」
「なにかいったかしら?」
手をワキワキさせる美緒を見て、里音はひぃっと小さく悲鳴をあげました。急いで首をブンブンッと横にふります。
「なんでもないわ、本当よ」
こびを売るようにヘコヘコする里音を、美緒はまだ疑わしげに見ています。そんな美緒と里音に、花音がおかしそうに笑いながらいいました。
「ほらほら、二人が仲いいのはわかったから」
「どこが仲いいのよ! 一方的にわたしがバカにされていじられてんじゃん!」
手をふり上げて抗議する里音を無視して、花音は続けました。
「そんなことよりほら、お姉ちゃん、さっきなにかいいかけてなかった? なにかわかったんでしょ、どうして涙を失ったはずの不死鳥が、涙を流したのか。公園までまだちょっと歩くし、その間に説明してよ」
花音の問いかけに、里音はふうっとため息をついて、軽く肩をほぐしました。
「そうだったわ、話の途中だったんだ。まったくもう、あんたがわけわかんないことするから、なにを話してたかわかんなくなっちゃったじゃない!」
「だって、里音ちゃんのほっぺがあまりにやわらかそうだったから……」
美緒の言葉に、里音は頭を抱えてしまいましたが、再びわざとらしいため息をつきました。
「まぁいいわ。それで、なんの話だったかっていうと……そうだわ、どうして太陽と月の不死鳥が涙を流したか、それだったわね」
「そうだ、そもそもどうして魔界の不死鳥は涙を流さないのさ」
俊介の問いかけに、里音はあっけらかんとした口調で答えました。
「封印されているからよ。もともと不死鳥の涙には、癒しの力が備わっているわ。不死鳥の涙は彼らの再生の炎を凝縮させた、いわば燃え盛る命の水ってところね。あんたも見たでしょう? さっきそのピーちゃんが流した涙が、俊介の傷にふれたとき、赤い炎があがったでしょう」
里音にいわれて、美緒はあっと声を上げました。確かにピーちゃんの涙は、俊介の傷にふれた瞬間に、赤く透明な炎へ変わったのです。その炎が燃えあがったことで、俊介の傷が治ったのでした。
「うん、わたしも見たわ。きれいだった……」
「そりゃそうよ。本来あの炎は、不死鳥の再生の炎を、極限まで濃縮したものなんだから。あれこそが、不死鳥と呼ばれるゆえんなのよ。不死鳥たちは自らの死が近づいたときに、自らの炎の一番純粋な部分で、自らのからだを燃やすのよ。そしてその灰からよみがえる。……ま、それはいいわ。問題はその涙が、どうして封印されていたかってところよ」
里音はそこで言葉を切りました。
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