1冊目 『トイレの花子さんの生態』 その8
「でも、こうやってドレイの部屋を物色するのも楽しいわね。他にもなにか隠し持ってないか、わたしが調査してあげるわ」
「調査って、やめろよ! ここはぼくの部屋だぞ!」
「写真」
俊介はウッと黙りこんでしまいました。里音が学習机の引き出しを開けるのを、青い顔でながめているしかできません。そして里音が、三段目の引き出しを開けたときでした。
「ここはわたしの部屋になるのよ! あんたたちの部屋じゃないんだから!」
いきなり引き出しから、赤い吊りスカートの女の子がにゅにゅっと顔を出したのです。さっきのゆうれい、花子でした。俊介はうわぁっとさけんでへたりこんでしまいましたが、里音はまゆひとつ動かさずに花子の頭をガシッとつかみました。花子がいやいやと頭をふりますが、しっかり捕まっているので逃げられません。
「どうしてあんたが出てくるのかしら。あ、そうか。そういや『トイレの花子さんの生態』を魔界図書館に戻してなかったんだ」
てへっとかわいらしく小首をかしげて、里音は花子の頭を引き出しにグッとつっこみました。しばらくごそごそと引き出しをあさっていると、ようやくお目当てのものを見つけたようです。引き出しから『トイレの花子さんの生態』を引っぱりだしたのです。へたりこんでいた俊介が、今度はのけぞるようにあとずさりしました。
「どうして、その本がぼくの引き出しに?」
「どうせわたしたちに気づかれないように、こっそり引き出しにでもかくれたんでしょ。ふん、そんな小細工したところで、すぐに魔界図書館に戻されるっていうのに。いくらゆうれいだからって、往生際が悪すぎるわよ」
里音がにやっと意地悪く笑うと、『トイレの花子さんの生態』から花子の声が聞こえてきました。
「ちょっと、離しなさいよ! またわたしを本の中に閉じこめる気?」
「当たり前じゃない。だいたいあんたたちが魔界図書館から逃げ出したから、こんな七面倒なことになってるのよ。今度こそ閉じこめて、二度とだれにも借りられないように本棚の奥にしまいこんでやるんだから!」
ほんの小さな、ヒッという悲鳴が聞こえたように感じました。しかし、花子はおどすような口調でがなりたてました。
「待ちなさいよ、そんなことするなら他の本たちの居場所を教えてあげないわよ!」
『トイレの花子さんの生態』を持っていた里音の手が、ピクッとわずかに硬直しました。まゆをひそめて、里音は問いただしました。
「どうしてあんたが他の本の居場所を知っているの? どうせはったりでしょ?」
「違うわ、本当よ。魔界図書館の本に封印された、わたしたちゆうれいは、他の本の波長を感じることができるのよ。特にここ人間界でなら、他に魔力を持ったものがないから、魔界よりもよけいに波長を感じ取ることができるわ。もしわたしを魔界図書館に閉じこめないのなら、あんたが失くした他の本がどこにあるか、教えてあげるわ」
最後はすがるようにお願いする花子でしたが、里音はみけんにしわを寄せたまま、なにかじっと考えこんでいるようでした。
「……それで、その話をわたしに信用しろってわけ? そんなのできっこないわね。まずは本当だって証拠を見せなさいよ」
「証拠って、どうすればいいの?」
里音はにたっといやらしい笑いをうかべました。ぞっとする俊介をよそに、里音は『トイレの花子さんの生態』に向かって猫なで声でささやきました。
「先にあんたが本のありかを教えなさい。そうすればわたしもあんたの話を信じてあげるから」
しかし花子は、ふふんと鼻で笑っていいかえしました。
「そんなことしたら、用済みだとかなんとかいって、結局わたしを魔界図書館に閉じこめる気じゃない。そんなのお見通しよ。ちゃんとわたしの身の安全を保証しないと、本の場所は教えてあげないわ」
いとも簡単にたくらみを見破られたからでしょうか、里音はしかめっ面で『トイレの花子さんの生態』をにらみつけました。
「あっそう、じゃあいいわ、さっさと封印するから」
「そっか。わかったわ。じゃああんたは自力で他の本を探してちょうだい。でも、そういえば人間界に投げ捨てられてから、ずいぶんと時間が経つけど、わたしを見つけるまでけっこう苦労したんじゃないの?」
図星だったのでしょうか、里音の顔が真っ赤に染まり、それからすぐに真っ青になりました。けっこうどころか、相当な苦労がその顔からはうかがい知れます。里音は再び猫なで声で『トイレの花子さんの生態』に話しかけました。
「ね、ねえ、そんな意地悪いわないで教えてよ。ほら、本棚の奥じゃなくて、話題の本のコーナーに置いてあげるから。そしたらすぐに誰か借りると思うけどな」
「だめ。魔界図書館に戻されるなら絶対教えない」
「そんなこといわないでってば。そうだ、レビューだって書いてあげる。きれいに飾りつけて、図書館の一番目立つところに置くから」
「魔界図書館に戻されるならいやよ」
「うるさいわね、さっさと教えなさいよ、燃やすわよ!」
「やってみたら? そうしたらあんたのママに、今度こそ本当に殺されちゃうと思うけど」
ぎりぎりと歯ぎしりしながら、しばらく里音は『トイレの花子さんの生態』をにらみつけていました。ですが、ついにあきらめたのか、はぁっと大きなため息をついてその場にすわりこんでしまいました。
「わかったわ。わかったわよ。あんたの身の安全は保障するわ。でも、その前になんでそんなに戻りたがらないのか教えてよ」




