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5冊目 『テンポラルのドッペルゲンガー研究』 その21

 ドッペルゲンガーの真っ黒なくちばしが、美緒の背中をかすめました。寸前でからだをよじったので、致命傷は避けることができたようです。ですが、ドッペルゲンガーは再びグンッと急上昇していきます。


「美緒ちゃん! 美緒ちゃん、大丈夫? 美緒ちゃん!」


 はじかれたように俊介が美緒にかけよります。致命傷ではないとはいえ、美緒の背中からは血が噴き出し、パステルイエローのワンピースが、真っ赤に染まっています。


「わたしは、大丈夫。でもピーちゃんを守らないと」


 傷が痛むのでしょうか、美緒は顔をゆがめて、それでもしっかりとピーちゃんを抱きかかえました。


「危ない、俊介!」


 里音がさけび声を上げましたが、俊介は美緒の前に立ちはだかりました。ゲェーッとドッペルゲンガーが不快な鳴き声をまき散らしながら、一気に、俊介におそいかかります。


「俊介っ!」


 真っ黒なくちばしが、黒い稲妻となって俊介につきささります。返り血で、ドッペルゲンガーの黒い炎が、赤く燃え上がります。


「ウゲェーッ!」


 なぜか返り血を浴びたドッペルゲンガーが、耳をつんざくような断末魔を上げたのです。黒い炎で燃え盛っていたつばさが、けむりのように溶けてなくなっていったのです。ドッペルゲンガー自身も、そのまま消滅してしまいました。


「なにが……なにが、起きたの?」


 呆然とする里音を、美緒が悲鳴まじりに呼び寄せます。


「里音ちゃん、お願い、俊介君が、俊介君が……」


 美緒の言葉で我に返ったのか、里音はすぐに二人のそばへかけよりました。右手を赤く光らせて、表紙に黒衣をまとったツギハギだらけの男が載っている本を開きます。


「俊介の傷を治して! 『マカイシャ毒ター・ブラックのカルテ』よ!」


 開いた本が人のすがたへと変わっていきます。現れたのは、黒衣をまとい、手に何本ものメスを持った、ツギハギだらけの男の人でした。異様に鋭い目で、俊介をにらみつけます。美緒は思わず俊介の前に立ちはだかりました。美緒が抱えていたピーちゃんも、ゲェーッと黒衣の男をいかくします。


「大丈夫、その人は医者よ! 魔界の医者である、マカイシャよ!」


 ピーちゃんのくちばしが、赤と金の炎で燃え上がったので、里音があわてて説明しました。


「本当に医者なの? 悪人って感じなんだけど」


 美緒はまだ疑っているようで、油断なく黒衣の男をねめつけます。しかし黒衣の男は全く気にした様子もなく、ヒュッとメスで宙を切り裂いたのです。美緒がキャッと悲鳴をあげました。ピーちゃんが、ゲゲェーッと不快な鳴き声を浴びせかけます。


「君の背中の傷はこれで完治した。わかったらそこをどいてくれたまえ。わたしにはこれから、そこの少年のオペをしなければならないのだ」


 ハッとして、美緒は自分の背中に手を当てました。痛みはなく、もちろん傷もふさがっています。というよりも、傷はおろか、切り裂かれたはずのパステルイエローのワンピースすら、きれいさっぱり元通りになっていたのです。ぱっちりした目をさらに大きく見開き、美緒は黒衣の男をまじまじと見ました。


「美緒、大丈夫よ。マカイシャは魔界の患者を治療し続けてきたんだから。特に毒ター・ブラックがふるう再生メスは、切られたものを元通りにすることができるのよ。ドッペルゲンガーとはいえ、魔界の生き物がつけた傷は、よっぽど特別なものでなければちゃんと完治させることができるわ。わたしを信じて」


 すがるような里音の言葉に、美緒はスッと俊介の前からどきました。黒衣の男、毒ター・ブラックは、美緒に軽く会釈してから、俊介の胸を見つめました。


「ひどい……」


 傷口を真正面から見た美緒は、言葉を失ってしまいました。くちばしで胸の肉がえぐられて、赤黒い穴が開いています。心臓こそつらぬかれていなかったようですが、それでもどくどくと血は流れ続けて、ときおりドバッと血が噴き出します。


「まずいな、これは。ひとまず止血しなければ」


 毒ター・ブラックは、ものすごいスピードで再生メスをふるい、俊介の胸を治療しました。しかし、傷はふさがらず、それどころか再生メスの刃が粉々に砕け散ったのです。毒ター・ブラックが驚きに声を上げます。


「バカな! まさか、この子は……!」

「いったいどういうこと? どうして再生メスが砕けるのよ?」


 里音も切れ長の目を大きく見開き、毒ター・ブラックを問いただします。美緒も顔を真っ青にして、毒ター・ブラックと俊介を交互に見つめます。毒ター・ブラックは砕けた再生メスの柄を見つめながら、信じられないといった口調で答えました。


「信じられん! この少年は、吸血鬼の、いや、魔界の物質全般に耐性を持っているようだ。もちろんわたしの再生メスにもだ」

「魔界の物質全般に、耐性? でも、再生メスは物質を切りつけるんじゃなくて、傷を受けた物質の空間を切りつけるんじゃなかったの? 切りつけた空間を真空状態にして、それで物質の傷を強制的に癒着させるのよね。だから物質に耐性があっても関係ないんじゃないの?」


 花音が問いかけますが、毒ター・ブラックは首を横にふりました。


「いや、今のわたしは魔界図書館の本として召喚された身だ。つまり、本を操る吸血鬼の魔力を、わずかではあるが帯びている状態なのだ。通常はもちろん影響はないが、彼の場合は切りつけた空間が吸血鬼の魔力を帯びていたために、癒着するのを拒絶したようだ」


 里音も美緒も、ちんぷんかんぷんといった様子で、花音と毒ター・ブラックの話を聞いています。毒ター・ブラックは、再生メスを持った手を下ろし、ため息まじりに続けました。


「そこから導き出せる結論は一つ、この子の血が吸血鬼の魔力に耐性を持っているということだ。そして、そんなことができるのは、伝説に聞く、『聖人の血』だけだろう」


いつもお読みくださいましてありがとうございます。

明日は2話投稿予定です。お昼ごろに1話、いつもの19時台にもう1話投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。

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