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5冊目 『テンポラルのドッペルゲンガー研究』 その19

 里音の説明に、俊介も美緒も目をぱちくりさせるだけで、ちんぷんかんぷんといった様子でした。しかし、ドッペルゲンガー・里音は顔をしかめ、そしてじっと里音をにらみつけたのです。


「その様子じゃ、ようやく理解できたってところかしら。そう、グレイプニルは魔界にはすでに存在しない六種類の材料を、より合わせて創られた縄よ。でもそれは、より合わせたというより、封印に封印を重ねて創られたっていったほうが正しいわ。じゃあ、その封印されていた材料が、切られることで解放されたら……」

もほの(もとの)……もひふひにほほふ(もちぬしにもどる)……」


 やっとのことでドッペルゲンガー・里音が里音の言葉を結びました。里音は満足そうに笑いました。


「そう。ま、もちろんこのグレイプニルは、魔界図書館の本の力で創られたものだから、切られるだけで魔界中の材料が戻るわけじゃない。さっきの長さなら、せいぜい一人か二人分ぐらいしか吸血鬼の影は戻らないわ。その証拠にほら、わたしの影は戻ってないでしょう」


 里音がくるりと、その場でターンしました。その足元には、もちろん影はできていません。里音はそのまま続けました。


「いくらあんたがニセモノとはいえ、吸血鬼のドッペルゲンガーなんだから、影はあんたに戻るわ。そしてあんたが封印した花音も、あんたのからだ……正確にいえば影を通じて、影を得ることができた。吸血鬼の影は弱点であるとともに、強力な武器でもあるわ。わたしたち吸血鬼は、影から影へ移動することができるのよ」

「でもびっくりしたわよ。封印されて退屈してるところに、いきなり影ができたんだもん。まぁ、どうせお姉ちゃんのいたずらだろうから、せっかくだしノッてやろうって思ったんだ。だからあたしは影に飛びこんで、近くにいた影から出て、ついでに思いっきりどついてやったの。ニセモノとは思わなかったけどね」


 あっけらかんとした花音の言葉に、里音はぞっとしてしまいました。


「ちょっと待ってよ、もしかしてあんた、あれがニセモノだから殴ったとかじゃなかったの?」

「えっ? いや、そりゃそうでしょ。だって誰の影から出てくるかなんてわかんないし、だいたいあたし封印されてたんだよ。どこから出るなんてわかんないわよ。ま、お姉ちゃんだったらお姉ちゃんだったで、面白いギャグだってウケてくれると思って、思いっきりアッパー食らわしたんだよ」

「面白いギャグっていうか、あんた、あのニセモノ見てみなさいよ……。あごが砕けてんじゃないの!」


 血の気が引いた顔で、里音がドッペルゲンガー・里音を指さします。花音は肩を上げて首をふりました。


「そりゃそうでしょ。ニセモノなんだから。お姉ちゃんだったらあれくらい、よけるか魔界図書館の本の力で防ぐかするでしょ」

「できるかぁ! ぞっとするわ、あんたホントにめちゃくちゃね! もしあんたがそんなこと考えてるって知ってたら、こんな作戦絶対使わなかったわ!」

「まぁまぁ、いいじゃないの。結果的にうまくニセモノをやっつけられたんだしさ。今回はお姉ちゃんの作戦勝ちってことで」


 全く悪びれない花音を、里音はジト目で見ていました。そんな二人のやり取りを、ドッペルゲンガー・里音は苦しそうにふるえながら見ていましたが、最後にぽつりとつぶやきました。


まはは(まさか)ほんはほほまへ(そんなことまで)はんはへへ(かんがえて)ひははんへ(いたなんて)……」


 それだけいうと、ドッペルゲンガー・里音は黒いけむりとなって消えていきました。あとに残ったのは、黒い背表紙の『テンポラルのドッペルゲンガー研究』だけでした。


「よかった、これでもとに戻ったわね」


 気づけば里音の右腕も、いつの間にかもとに戻っていました。感覚を確かめるかのように、にぎって開いてをくりかえすと、里音はふふんっと鼻で笑いました。


「ま、ざっとこんなもんね。ニセモノのあんたと違って、わたしは図書館司書よ。魔界図書館の本をただ使えるだけじゃなくて、使いこなすことはもちろん、どの本がどんな効果を持っているか、全部きちんと覚えているわ。魔界図書館の本の力ばかりに目がいって、図書館司書として大事なこと……本について理解することをおろそかにした。あんたの敗因はそこよ」


 まわりをおおっていたおりに手をふれ、里音は『悪魔の取調室~不可視化で不正をしよう~』を解除しました。


「ナイス、お姉ちゃん! さすがあたしのお姉ちゃんね!」


 花音がニコニコしながら里音に寄ってきて、手を挙げました。里音がその手にパチンッとハイタッチします。


「まぁね。でも、あんたが封印されたのには驚いたわよ。まったく、ニセモノだからって油断しすぎよ」

「しかたないじゃんか。お姉ちゃんのドッペルゲンガーなんだから、ずるっこばっかりするんだもん。オリジナルがねじくれてるんだから、そのドッペルゲンガーがもっとねじくれてるのは当たり前じゃない」

「なんですって!」


 目をむく里音を見て、花音がキャハハと笑います。そのうしろから、ふわりと花子がすがたを現しました。


「よかった、とりあえず無事だったみたいね」

「あっ、あんた、なにが無事だったみたいね、よ! いつの間にかいなくなってたと思ったら、わたしたちが戦ってるあいだ、どこかでかくれてたのね! ホントに調子のいいやつなんだから!」


 へらへらしている花子を、里音がふくれっつらで非難します。花子ははぁっと肩をすくめました。


「だってしかたないじゃんか。わたしは戦闘能力持たないんだから、危険がせまればそりゃかくれるわよ」

「ホントに調子いいやつね……。でも、まぁいいわ。とりあえずこれでドッペルゲンガーもやっつけたんだし、あとは『テンポラルのドッペルゲンガー研究』を封印するだけね」


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