5冊目 『テンポラルのドッペルゲンガー研究』 その17
ひとしきり魔人料理長をいじったあと、ようやくアクマールは種明かしを始めました。
「さて、それじゃあかわいいぼうや料理長に、どうしてぼうやの大事な包丁が折れちゃったか、おちえてあげまちゅねぇー」
完全にバカにした口調でしたが、魔人料理長はもはや反論できませんでした。くやしそうに顔をそむけて、うつむいたままです。
「なによ、お姉さまが教えてあげるっていってんのに、どうしてうれしそうにしてないのかしら? あんたの部下のこわもて魔人たちに、あんたの正体ばらしてもいいのよ?」
「ひぃぃ、それだけは、お願い許してぇ」
「『許してください、お姉さま』でしょ?」
魔人料理長は怒りと恥ずかしさとで、ぷるぷるふるえながらも、アクマールにいわれた通りお願いしました。
「……ごめんなさい、許してください……お姉さま……」
「ふん、いやいやな感じだけど、ま、いいわ。それじゃ教えてあげようかしら。これを使ったのよ」
アクマールが取り出した小ぶりなカボチャを見て、魔人料理長はあっと声をあげました。
「それ、見たことある! 『頑固すぎるジャック・オ・ランタン』でしょ? ぼく、ジャック・オ・ランタンのポタージュ大好きなんだ」
ごついからだに、小学校低学年のようなベビーフェイスの魔人料理長が、これまたかわいらしい声を出したのです。里音たちの腹筋の強度が再び試されますが、なんとかみんなこらえました。少しでも笑ってしまうと、再び腹筋が決壊してしまうので、魔人料理長の顔を見ないようにしながら、アクマールは続けました。
「ぷふふ……そ、そうね。ぼうやがいったように、これは『頑固すぎるジャック・オ・ランタン』よ。魔界のカボチャで、その硬度は魔界ミスリルと並ぶほどのものよ。でも、『頑固すぎるジャック・オ・ランタン』の恐ろしいところは、料理道具によって硬度を変えるってところよ」
「知ってる知ってる! 『頑固すぎるジャック・オ・ランタン』はとっても頑固だから、包丁で切られそうになると、とっても硬くなるんだよね。でも、優しく煮てあげて、ピーラーでなでながら皮をむいてあげると、ジャック・オ・ランタンもうれしくなって、やわらかーくなるんだよね。ぼくのおうちの畑でも育ててるんだよ」
「ブフッ、ちょ、待って……。ハァーッ、ハァーッ、危なかったわ……。そうね、ぼうやのいうとおり、『頑固すぎるジャック・オ・ランタン』は、包丁で切ろうとするととんでもなく硬くなる。それこそ、魔界ミスリル以上にね。だからあなたの包丁の斬撃に合わせて『頑固すぎるジャック・オ・ランタン』を出したの」
「それでぼくの包丁が折れちゃったんだ。いきなりだったからびっくりしちゃったよ。やっぱりアクマールお姉ちゃんはすごいなぁ」
きらきらした澄んだ目で見つめられて、アクマールはうぅっと恥じ入ったようにうつむきました。ドッペルゲンガー・里音がにやにやしながらアクマールにたずねます。
「あら、どうしたのよ? アクマールお姉さまっていいなおさせないでいいのかしら?」
「うるさいわね、こんな小さな子供をいじめるのは、かわいそうじゃないの。ごめんね、お姉ちゃんも意地悪しすぎちゃったね。今度お姉ちゃんが、『頑固すぎるジャック・オ・ランタン』のポタージュごちそうするから、許してね」
「ホントに? ありがとうお姉ちゃん! 楽しみにしてるね!」
無邪気に喜ぶ魔人料理長でしたが、もちろんそのからだは、筋肉モリモリのごつい巨体なのです。里音はふるふるとふるえながらドッペルゲンガー・里音に提案しました。
「ねぇ、いったんこの二人の本閉じちゃわない? このままだと、腹筋がいくらあっても足りないわ」
「あんたもそう思ってたの? 奇遇ね、わたしも今提案しようって思ってたところよ。魔人料理長もアクマールも、それでいいかしら?」
里音とドッペルゲンガー・里音に聞かれて、二人は同時にうなずきました。顔だけで見れば、それは仲の良い姉弟そのものでした。もちろんからだで見れば、ごついおっさんと少女という構図になるのですが……。とにかくようやく二人の本を閉じて、腹筋の危機はおさまったのです。
「まったく、それにしてもとんでもない発見だったわね。これじゃあもう『魔人料理長の男メシ』は使えないじゃない。本を開くたびにあの顔がちらついて、腹筋がえぐられちゃうわ」
里音の嘆きに、ドッペルゲンガー・里音がじろりとにらみをきかせました。
「あら、聞き捨てならないわね。あんたが『魔人料理長の男メシ』を開くことはもうないのに、どうしてそんな心配をしているのかしら?」
「開くことはない? どうしてよ?」
わざととぼけた声を出す里音に、ドッペルゲンガー・里音がかみつきます。
「そんなのわかりきったことじゃない! あんたはここでわたしになりかわられるのに、未来のことを心配するなんてどういうつもりよ! わたしに勝ったつもりなのかしら?」
「もちろんそのつもりよ。ニセモノのあんたに負けるなんて、万に一つも可能性はないわ。ま、あんたが『テンポラルのドッペルゲンガー研究』を開きまくって、わたしのニセモノを千人くらい創りあげたら、そりゃ勝負もわかんないけど、『テンポラルのドッペルゲンガー研究』はすでに封印して……?」
里音が首をかしげました。さっきまではドッペルゲンガー・里音の右手に持たれていたはずの、『テンポラルのドッペルゲンガー研究』が見当たりません。里音の顔から血の気が引きます。
「どうして? いったいどこに『テンポラルのドッペルゲンガー研究』を隠したのよ!」
「隠す? いやいや、隠してなんてないわよ。ほら、ここに置いただけよ」
ドッペルゲンガー・里音が地面をあごでしゃくりました。いつの間にかドッペルゲンガー・里音の足元に、グレイプニルが巻かれた『テンポラルのドッペルゲンガー研究』が置かれています。
「びっくりしたわ、でも、なんで本を地面に置いてんのよ? 司書は本を大事に扱わないといけないのよ! そんな地面にほうっておくなんて、やっぱりあんたニセモノね」
里音の言葉に、ドッペルゲンガー・里音は笑いだしてしまいました。キッとにらみつける里音に、ドッペルゲンガー・里音は説明します。
「簡単な理由よ。もう一冊本を出現させたいのに、『テンポラルのドッペルゲンガー研究』を持ったままじゃ邪魔でしかたないでしょ。この本を出現させるには、かなり時間がかかるからね。魔力も相当な量を使用するし。……でも、もう大丈夫なようね。これがわたしの切り札よ。グレイプニルを切り裂くためのね!」
ドッペルゲンガー・里音の右手が、赤く光りを帯びました。




