5冊目 『テンポラルのドッペルゲンガー研究』 その16
ガッキャァンッと、およそ包丁の音とは思えないような轟音が響き、アクマールがうしろへふきとばされます。もちろんすぐにつばさとしっぽを使って、うまくバランスを取りますが、それでもアクマールが押されているのは一目りょう然でした。
「あら、あんたの自慢のアクマールちゃんは、ずいぶんきつそうだけど、それでもまださっきみたいな強がりいうのかしら?」
ドッペルゲンガー・里音がアハハと笑います。アクマールがキッとドッペルゲンガー・里音をにらみつけますが、里音は落ち着いていました。
「あんなニセモノの挑発に乗るんじゃないわよ。アクマール、あんたはこのわたしに呼び出されてるんだから、あのニセモノよりもっと知恵が回るはずよ。パワーファイター相手なら、どうすればいいかぐらいわかるでしょ」
里音に諭され、アクマールはふんっと鼻を鳴らしました。スッと立ちあがり、背丈ほどある巨大包丁を、まるでバトンのようにクルクルッと回しました。
「全く、んなことわかりきってるわよ。ただ、仮にも相手はわたしのライバル店のコックよ。少しぐらい見せ場を作ってあげなきゃかわいそうじゃない?」
「……なんだと?」
魔人料理長が、どくろの奥からのぞく目を、メラメラと燃やしながらたずねました。アクマールはわざとバカにしたような口調で続けました。
「聞こえなかったの? 見せ場を作ってあげたっていったの。死食会だって、大事なのは相手に勝つことより、観客を魅せることでしょう」
「このわしに勝ったことがないひよっこのくせに、口だけは一人前だな。死食会で万を超える勝利をもぎとってきたわしに、貴様のような新参者が知ったような口をきくな!」
どくろが黒い地獄の炎に包まれ、燃え上がりました。怒り狂う魔人料理長でしたが、アクマールはふふんっと勝気な笑い顔をみせます。
「あんたこそ、ペラペラしゃべってないで、かかってきなさいよ。それとも私が怖いのかしら?」
「ざれごとを!」
魔人料理長が巨大包丁を振りかざして、一気にアクマールとの間合いを詰めてきました。すさまじい斬撃に、剣がギュンッとしなります。ですが、振り下ろされた巨大包丁に、アクマールは包丁を持っていない手を合わせたのです。ペッキィンと、甲高い音がひびき、魔人料理長の巨大包丁が真っ二つに折れたのです。
「なんだと! わしの愛刀が、なぜだ!」
予想外のことに動きが固まる魔人料理長に、アクマールの巨大包丁がおそいかかりました。一瞬反応が遅れて、魔人料理長の顔に包丁の刃がめりこむ……瞬間に、魔人料理長は包丁めがけてヘッドバットをお見舞いしたのです。
「なっ!」
アクマールの巨大包丁の刃が、ペキッと欠けてはじかれました。魔人料理長のかぶっていたどくろも、粉々に砕け散りました。魔人料理長は巨体に似合わぬ瞬発力で、一気にうしろへ下がりました。
「くぅっ、わしの、わしの仮面を砕くとは……」
魔人料理長が顔をあげました。額からだらだらと血が流れていますが、それ以上に里音もアクマールも、魔人料理長の顔にくぎ付けになってしまったのです。
「え……えっ?」
「うそでしょ、魔人料理長って……」
とんでもないこわもてを想像していた二人ですが、その顔はつるっつるのお肌に、さわやかなベビーフェイスの、超絶美少年だったのです。ごついからだのくせに、顔だけ見れば小学校低学年といわれても違和感はなかったでしょう。そのギャップに、戦闘中だというのに里音もアクマールも、ドッペルゲンガー・里音でさえも、みんなギャハハハと大爆笑してしまったのです。
「わ、わ、わ、笑うなよぉ! ひどいよぉ、お姉ちゃんたち、ぼくの顔見て笑わないでよぉ!」
声も、しゃべりかたまでも、魔人料理長は小さな男の子そのものになってしまいました。涙目になる魔人料理長を見て、里音たちは笑いが止まりません。戦いを見守っていた俊介と美緒でさえも、からだをぷるぷるふるわせて、笑い死にしそうになっています。里音たちもうずくまって、必死に腹を押さえています。
「アハハハ、ハハ、ヒヒィ、は、腹が、腹がねじ切れる! ちょ、その顔で、そのかわいい顔でこっち見ないで、アヒャヒャヒャァッ!」
「ウフッ、ウフィフィッ、ウフハハハッ! アーッハッハッ! もうだめ、腹筋が、腹筋がえぐれる、アハハハッ!」
「ちょ、笑わせないで、笑わ……わ、ら、ギャハハハハッ! ダメェ、腹に、腹筋にひどいことしないでぇ! ヒャハハハハッ!」
「う、うぅ、うわあああんっ! ひどいよぉ、お姉ちゃんたちが、ぼくのこといじめるよぉ! だから、だからどくろのお帽子かぶってたのに、ひどいよぉ! うえぇぇん!」
魔人料理長はついに大泣きしてしまいました。ですが、どれだけ泣きわめこうと、筋肉隆々の巨体をふるわせているので、そのギャップがさらに里音たちの腹筋にダメージを与えていきます。結局里音たちの腹筋が安定して、魔人料理長が泣き止むまで、ずいぶんと時間がかかってしまいました。
「ハーッ、ハーッ、まさか、まさかここまで、あんたに苦しめられるなんて、さすが百つ星レストランのコックってところね。……その顔で、ぷぷぷ」
アクマールの言葉に、里音たちがブフッと吹き出してしまいます。魔人料理長の顔がくしゃくしゃにゆがみます。
「ひっく、ひっく、ひどいよぉ……」
「ま、このことをお客さんにばらされたくなかったら、これからはわたしに逆らわないようにすることね。あと、わたしのことは次から小娘じゃなくて、『お姉さま』って呼ぶのよ。わかったかしら?」
「いやだよぉ、そんなの! ぼくは、ぼくは、魔人料理長なんだぞっ! お前なんかより、ずっとずっと昔から、料理長をやってたんだぞ!」
「みんなにばらされたいのかしら?」
アクマールの冷たい言葉に、魔人料理長はヒッと息を飲みました。ふるふると首をふる魔人料理長を、アクマールはいたずらっ子のように見つめています。
「うふふ、でもよかったわぁ、楽しめそうなおもちゃが見つかって。今度お姉さまに逆らったら、みんなにばらすからね、わかったかしら?」
こうなってしまっては、もう魔人料理長はアクマールに逆らうことはできませんでした。泣く泣く無言でうなずきます。アクマールはじろりとにらみつけて、追い打ちをかけました。
「『もう逆らいません、アクマールお姉さま』がなかったけど、ホントに反省してるのかしら?」
「うぅ……ごめんなさい、もう逆らいません……アクマール、お姉さま……」




