5冊目 『テンポラルのドッペルゲンガー研究』 その15
ドッペルゲンガー・里音が持っていた本のページが、地獄の黒い炎に包まれました。一気に火柱が上がるのを見て、里音がヒッと悲鳴をあげます。
「バカ、こんな街の真ん中でそんな本使ったら、人間たちに気づかれちゃうじゃないの!」
「あら、そんな心配は無用よ。だってあなたは、すぐに魔人料理長に料理されちゃうんだから。人間たちの記憶は、わたしがちゃんとごまかしておいてあげるわ。あんたになりかわったあとにね!」
ドッペルゲンガー・里音が開いた、『魔人料理長の男メシ』から、ボワワンッという音とともに、どくろをかぶった魔人料理長がすがたを現しました。それとともに、里音の開いた『アクマールちゃんのジ・ゴ・クッキング』からも、真っ黒なメイド服すがたのアクマールが現れました。やはり今日も調理の途中だったようで、自分の背丈ほどもある包丁をかついでいました。
「ふん、またもやこの小娘とやりあうことになるとはな。魔界の神はどうやら、どうしてもわしらに雌雄を決させたいと見えるな」
「あら、それはあたしも同じ気持ちだわ。こないだは決着つけられなかったけど、今度こそどっちが魔界最強の料理人か、はっきりさせてあげるわよ」
二人の間に、比喩などではない、まぎれもない火花がバチバチとはじけて燃え上がりました。その間に里音が、新たに本を開きます。
「『悪魔の取調室~不可視化で不正をしよう~』よ! わたしたちのまわりをおおいなさい!」
里音のさけびとともに、おりの中で悪魔に囲まれた人が表紙の本が、バラララッと一気にめくられ、ページが里音たちのまわりをとりかこみ、そして鉄格子へと変化したのです。ひえっとすっとんきょうな悲鳴をあげる俊介に、里音はにやっと笑っていいました。
「このおりの中は誰も入れないし、もちろん中を見ることもできないわ。それに、『本日は閉店しました~クレーマーは絶対に入れない名店特集~』とも違って、魔界のやつらだって入ることはできないわ。つまり、空中で戦っている不死鳥たちも攻撃してくることはないってことよ」
里音の言葉に、俊介はハッとして空を見あげました。空中も鉄格子で囲まれていますが、そのすきまからピーちゃんたちの様子も見ることができます。赤と黒の炎が、激しくぶつかりあっています。
「ピーちゃん、大丈夫かしら……」
美緒のつぶやきに、里音がふんと鼻を鳴らしました。
「悪いけど不死鳥のほうはどうしようもないわ。ドッペルゲンガーの相手をしながら、不死鳥の手助けまでするなんて、そんな器用な真似はできないわよ。あんたはあの不死鳥の無事を祈っておきなさい」
里音の言葉に、ドッペルゲンガー・里音が目をむきました。いらだったような声色で、里音に食ってかかります。
「ずいぶん余裕じゃないの。他のやつらの心配するなんて。もうバトルは始まってるってのに」
ドッペルゲンガー・里音の言葉通り、ガッキィンッ、バゴゴゴンッと、鈍い音が耳に入ってきました。魔人料理長とアクマールが、背丈ほどもある包丁を大剣のようにふりまわして、文字通り火花を散らしていたのです。
「ひぇぇ、なんだよあの戦いは! あんな音、包丁が出す音じゃないよ!」
俊介が悲鳴をあげました。二人のコックがふるう包丁がぶつかりあって、空気をふるわすような轟音がひびきわたるのです。それほどの威力でぶつかっているのに、包丁はびくともしません。刃こぼれ一つなく、空気を切り裂くヴォンッという音が、何度も鼓膜をゆるがします。
「ふふんっ、どうせあんたは、この状況を五分って見てるんでしょうけど、残念ながら違うわよ」
ドッペルゲンガー・里音がにやっと口角をゆがめて笑いました。里音がまゆをひそめます。油断なくドッペルゲンガー・里音をねめつけながら、問いただしました。
「どういうことかしら? この二人のクッキングスキルは互角のはずよ。それなのに五分じゃないですって? それともあれかしら、あんたお得意の陽動で、わたしの注意をそらしたところで新しい本を出現させようって腹かしら?」
「まさか。ていうかあんたがいってたじゃないの。魔界図書館の司書の戦術は、基本的にカウンターを狙っていくのがセオリーよ。それに今はあんたが片腕で、わたしは両腕使えるのに、そのアドバンテージを無駄にするような攻めはしないわ」
ドッペルゲンガー・里音の言葉に、里音はクッと顔をしかめました。
――こいつ、わかってるわね。ちょっと挑発すれば、乗ってくると思ったけど、けっこう冷静だわ――
里音のあせりを見て取ったのか、ドッペルゲンガー・里音は八重歯を見せて意地悪く笑います。
「しかもわたしのアドバンテージはそれだけじゃないのよね」
「なんですって?」
「あら、その様子じゃまだ気づいてなかったみたいね。いいわ、せっかくだし教えてあげるわ。確かに魔人料理長とアクマールは、クッキングスキルは互角よ。でもそれは総合値であって、個々のステータスは異なるわ。それに戦闘スタイルもね」
「戦闘スタイルって、あ、そうか!」
「気づいたようね。魔人料理長が圧倒的なパワーで食材を打ち砕いていく、パワーファイターなのに対して、アクマールはあくまで技術で勝負するテクニシャンよ。その違いがどう影響してるか、あとはあんたの目で確かめてみなさい」
ドッペルゲンガー・里音にうながされて、里音も注意深く魔人料理長とアクマールの戦いを観察します。そしてその顔からだんだんと血の気が引いていきました。
「ね、わかったかしら? 魔人料理長の持つ巨大万能包丁を、アクマールは受け流すのでせいいっぱいでしょ。これじゃあ死食会にもならないわ。わたしの勝ちね」
勝ち誇るドッペルゲンガー・里音でしたが、里音の顔を見てまゆをひそめました。青い顔をしてふるえていたはずなのに、くふふと変な笑い声をあげています。ドッペルゲンガー・里音はアハハと思わず笑い声をあげてしまいました。
「なによその笑いは。あ、わかった、あんたあまりの恐怖におかしくなっちゃったんでしょ。でもその気持ちはわかるわ。右腕を失って、使う魔界図書館の本もわたしのほうが上だし、ドッペルゲンガーになりかわられるのが怖くてしかたがないのよね。無様に命ごいしたら、わたしのドレイとして助けてあげるくらいはしてあげるわよ」
ドッペルゲンガー・里音のあざけるような挑発にも、里音はまったく反応しませんでした。ただただ笑い声をあげるだけです。ドッペルゲンガー・里音がチッと短く舌打ちをしました。
「なによあんた、いったいどういうつもりなのよ!」
「うふふ、だってこれが笑わずにいられるもんですか。ニセモノの司書が、本物の司書であるわたしに勝った気でいるんだもん。ギャグとしか思えないじゃない」
「勝った気でいるっていうか、もう勝ったも同然じゃないの。それとも負けを認められないのかしら?」
「そんなんじゃないわ。ま、わからないなら教えてあげる。魔界図書館の本の力は、その本だけの力じゃないわよ。その本を選んで操る、司書の力も大事だってこと、見せてあげる」
八重歯を見せて笑う里音を見て、ドッペルゲンガー・里音の背筋がぞくりと冷たくなりました。
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