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5冊目 『テンポラルのドッペルゲンガー研究』 その14

 一瞬なんのことかわからなかったのか、ドッペルゲンガー・里音はぽかんとしていましたが、銀色のひもを見ているうちに、その表情がみるみる険しくなっていきました。


「……まさか、それじゃあ、あんたが持ってるその本は、『マカイオオカミ絶滅までの軌跡』なの?」


 ドッペルゲンガー・里音にたずねられて、里音はふふんっと鼻で笑いました。


「ようやく気がついたのね。まったく、ニセモノとはいえわたしのドッペルゲンガーなんだから、もうちょっとしっかりしてほしいわ」

「なんですって!」

「あぁ、怖いわね。でも、そこまで怒るってことは、ちゃんとこの本がどんな力を持っているかわかっているわよね。それともわたしが説明しないとダメかしら?」

「減らず口たたけるのも、今のうちよ。わたしはあんたの知識や力を、すべてコピーしているんだから、当然知ってるに決まってるでしょ。それに、対処法だって」


 今度は里音が笑い声をあげる番でした。アハハとおかしそうに笑って、それから左手に持っていた『マカイオオカミ絶滅までの軌跡』を、ドッペルゲンガー・里音に見せびらかします。


「あんたホントにわたしの知識を持ってるのかしら? マカイオオカミをとらえるための封印具、『魔界の足かせ、グレイプニル』は、ありとあらゆるものを封印することができるわ。一見細いそのひもも、とんでもない強度を誇っているの、あんたも知ってるでしょ」

「それって、そんなにすごいものなの?」


 気になってしかたなかったのでしょう、たまらず俊介が口をはさみます。里音はうなずき、説明を始めました。


「すごいなんてもんじゃないわ。遠い昔に魔界に生息していた、マカイオオカミ。こいつらはとんでもなく強くて、どんな術や道具でも、封印することができなかった。そこでずっと昔の鍛冶屋たちが、魔界中から材料を集めて、誰も切ることができないひもを作ることになったの。そうそう、わたしあんたに、吸血鬼には影がないって話をしたわよね」


 突然話が変わったので、俊介は目をぱちくりさせましたが、すぐにうなずきました。


「うん、もちろん覚えてるよ。ていうか今日だって、ぼくがとんでもなく濃いキャラしてるのに、影が薄いなんて面白いよねっていって、里音ちゃんと花音ちゃんがにらみつけてきたんじゃないか。……あれ、そういえば花音ちゃんはどうしたの?」

「さっきいったじゃないの、花音はあいつに封印されたわ」


 あんぐり口を開ける俊介を、里音はうっとうしそうににらみつけました。


「それにわたしも右うでを奪われたのよ。とにかくその話はあとでするわ。グレイプニルの話に戻るけど、これを作る材料の一つに、吸血鬼の影が使われているの」

「ええっ? 影が? いや、そんなの材料として使えるわけ? ていうか影ってつかんだり、そんなことができるの?」

「遠い神話の時代の話だからね。過去の鍛冶屋たちは、それこそ強力な魔力を持っていたらしいから、吸血鬼の影もつかんで材料にできたんじゃないのかしら。ま、とにかくそうやって魔界中から材料を集めて、グレイプニルは作られた。あんた、他の材料がなんだか知ってる?」


 里音に問いかけられて、ドッペルゲンガー・里音は怒りで顔をゆがませました。


「……バカにしてるのかしら? そんなの当たり前じゃない。吸血鬼の影の他には、竜のため息、不死鳥の涙、魔女のひげ、聖人の血、そして雷神のへそを材料に作られた、でしょ。ただしグレイプニルほどの強力な封印具を作るためには、莫大な量の材料が必要だった。どれくらい莫大かというと」

「今あんたがいった材料とされたものが、すべて魔界から消え去るほどに。そう、魔界のおとぎ話としても有名な話よね。だからわたしたち吸血鬼には影がほとんどない。なぜならわたしたちの影は、グレイプニルの材料として()()()()()()()から」


 ドッペルゲンガー・里音の言葉を、里音が引き継ぎました。ドッペルゲンガー・里音は、ふんっといらだったように鼻を鳴らしました。


「そんな講釈をたれたところで、わたしは全然驚かないわ。それに、あんたも知ってる通り、魔界にはありとあらゆるものがそろっている。確かにグレイプニルほどの封印具を切り裂くことは難しいけど、不可能じゃないわ。それともオリジナルのくせに、グレイプニルを切り裂く方法なんて思いつかないかしら?」


 今度はドッペルゲンガー・里音の挑発に、里音がイラっとする番でした。


「あんたこそバカにしてるの? 当たり前でしょ、わたしは魔界図書館の司書よ。ありとあらゆる魔界図書館の本を知り尽くしているわ。当然グレイプニルを切り裂くことができる本もね。……でも、いいのかしら? そんなことをしても。あんた、きっと後悔すると思うけど」

「あら、泣き言かしら? それともグレイプニルを切り裂く方法が思いつかないから、負け惜しみのつもりかしら。ま、どっちにしても関係ないけどね。すぐにグレイプニルを切り裂いて、『テンポラルのドッペルゲンガー研究』で、世界中の人間たちのドッペルゲンガーを作り出してあげるわ!」


 ドッペルゲンガー・里音の真っ黒な左手が、赤い光を帯びました。なにか本を出そうとしているようです。里音は右手に持っていた『マカイオオカミ絶滅までの軌跡』を、俊介へとほうり投げました。


「わわっ!」

「ちゃんと持ってなさいよ! わたしは今左うでしか使えないんだから、それ持ってると他の本を出せないでしょ」

「いやいや、そんなことじゃなくて、これ、ぼくが持ってても大丈夫なの? マカイオオカミとかいってたけど、まさかかみついてくるんじゃ」

「その本は別にマカイオオカミじゃないんだから、かみつくはずないでしょ。でも、自立型書籍とはいえ、その本に攻撃されるとグレイプニルが消えちゃうから、ちゃんと持ってなさいよ」


 里音の言葉に、俊介の顔から血の気が引きました。そんな俊介は無視して、里音も左手に赤い光を帯びさせました。


「さぁ、魔人料理長、あの生意気なオリジナルをたたきつぶしてあげて!」

「アクマール、ニセモノに力の差を見せつけてあげなさい!」


いつもお読みくださいましてありがとうございます。

本日はあと1話投稿する予定です。

19時台に投稿予定なので、そちらもお楽しみいただければ幸いです。

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