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1冊目 『トイレの花子さんの生態』 その7

 俊介はなにもいえずに、里音と『いつの間にか転校生』を見比べるだけでした。俊介に見られているのに気がついた里音は、俊介から本を遠ざけて冷たくいいはなちました。


「だめよ、あんたには貸さないからね」


 『いつの間にか転校生』が一瞬赤い光につつまれたかと思うと、次の瞬間には里音の手から消えてなくなっていたのです。


「わっ、消えた!」

「魔界図書館に戻したのよ。わたしたち司書は、魔界図書館の本を自由に取り出したりできる力を持っているから、それくらいお茶の子さいさいよ。あ、そうそう。ついでにいうと、あんたと同じ六年二組に転校生として明日転入するから、そのつもりでね」

「えっ?」


 間の抜けた返事をする俊介を、里音がギロッとにらみつけました。俊介がヒッと息を飲みます。


「当たり前じゃない。だいたいなんで『いつの間にか転校生』を使ってまで、わたしのプロフィールを変更したかわかってるの? あんたが学校とかでわたしの正体をいいふらさないか、監視するためじゃない。いっしょの学校に行かないと、意味がないでしょ?」


 俊介はしばらくの間、里音をじっと見つめていましたが、やがて無言で立ちあがりました。無表情で、俊介は里音を見おろします。


「なによ、なにかいいたいの?」


 里音が俊介を見あげました。じっとにらみ合っているうちに、俊介はさっきよりも少し里音の背が高くなっているのに気がつきました。おかしいなと思って、足元を見ると、里音がつま先立ちで、プルプルしながら立っていたのです。俊介は思わずふきだしてしまいました。


「なによ、なにがおかしいのよ!」

「いや、ごめんよ。でも、同じクラスなんだって思ってさ。ほら、妹とかならもっとみんな納得するんじゃないかなって思って」


 里音の頭が、ぶるぶるとふるえはじめました。こぶしをぎゅっとにぎりしめたまま、里音は無言で立ちつくしています。


「……うな……」

「えっ?」

「チビっていうなっ!」


 里音に飛びかかられて、俊介はわわっとうしろにあとずさりました。そのはずみで里音の頭に手が当たります。その手がつっかえぼうのようになって、里音の突進はあっけなく止まってしまいました。


「このっ、離しなさいよ! チビじゃないもん、チビじゃないもんっ!」


 うでをぶんぶんとめちゃくちゃにふりまわして、里音はなんとか俊介をたたこうとしていますが、頭を押さえられているのでどうやっても前に進めません。だぼだぼのエプロンドレスのそでで、手がかくれてしまうので、よりいっそう幼さに拍車をかけています。


「離せ、離せってば、このひきょうもの!」


 どれだけがんばっても、里音は俊介に触れることすらできません。やがて疲れはててしまったのか、里音はぜーぜーいいながら、額の汗を手でぬぐいました。


「チビじゃないもん……」


 しぼりだすようにいう里音を見て、俊介はさすがにかわいそうに思えたのか、里音の頭を離しました。


「ごめんよ、ちょっと意地悪しすぎたよね。うん、同じクラスのいとこで大丈夫だから、泣かないでよ」


 頭をぽんぽんっと軽くたたいて、俊介がニッと笑いました。里音は涙目のまま、上目づかいでにらみつけます。


「やっぱり子供あつかいしてるじゃんか」


 とはいえそれ以上逆らうことなく、里音はくやしそうにそっぽを向きました。




「それにしても、なんであんたの記憶はあんなにまずかったのかしら。多少美味しくないことはあっても、あんな味は異常だわ。あんた、なにか変なものでも食べたんじゃないでしょうね」


 俊介の部屋を勝手に見て回りながら、里音が聞きます。


「そんなのぼくが知るわけないじゃんか。ていうか、記憶に味があるってことすら知らなかったのに、まずい理由なんてわからないよ。あっ、それはあさらないでよ、明日の準備してたんだから」


 自分のランドセルに里音が触れたので、俊介があわててランドセルをひったくりました。


「なにすんのよ、あんた、ドレイのくせに生意気ね」

「ドレイってなんだよ、さっきぼくはいとこだっていってたじゃないか」


 俊介がランドセルを守るようにかかえるので、里音はむりやりにランドセルのカバーをつかみました。


「いとこってのはただの『タテマエ』で、あんたはドレイなのよ。記憶を吸われないだけありがたいと思いなさいよね。それにしても、うっとおしいわね、さっさとよこしなさいよ!」


 里音があまりに強くランドセルのカバーを引っぱったので、ランドセルがつっぱり、中身がドサーッと外に出てしまいました。俊介が悲鳴をあげます。


「ちょっと、ダメ、見ないでよ!」


 ランドセルの中から、写真が一枚、ハラリと床に落ちました。俊介がひろうよりも早く、里音が写真をつまみ上げます。


「だあれ、この女の子?」

「と、と、友達だよ。ほら、クラスメイトさ。っていうか、お前には全然関係ないだろ!」


 強い口調でいう俊介を、里音は冷静に見ていましたが、やがて、ははーんとひとりでうなずきました。


「なるほど。そういうことね」


 ドキリとする俊介を、里音はにやにや顔で見つめました。


「へーえ、クラスメイトなんだぁ。じゃあわたしとクラスメイトにもなるんだね」


 あっと口を押さえる俊介でしたが、ちょっと遅かったようです。里音は吸血鬼らしく、八重歯をむき出しにしながら、あの甘えるような声で続けました。


「じゃあこの子に、どうして俊介くんが写真を持ってるのか聞いてもいいよね。ただのクラスメイトだったら、聞いたって全然いいよね」


 そういって、里音が勝ちほこったような上目づかいで見てくるのです。俊介は青い顔をして、すがるように里音にいいました。


「ダメだよ、ね、お願いだから、美緒ちゃんにはなんにもいわないでくれよ」

「ふーん、美緒ちゃんっていうんだ」


 またまたしまったと口を押さえる俊介に、里音はフフンと鼻をならしました。


「これでわかったでしょ、わたしにさからうとどうなるか。今度またわたしに逆らってみなさいよ、あんたが美緒ちゃんの写真をかばんに入れてること、ばらしてやるんだから」


 くやしそうに里音をにらみつけますが、もうどうしようもありません。俊介はがっくりうなだれました。


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