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5冊目 『テンポラルのドッペルゲンガー研究』 その9

 ドッペルゲンガー・花音は大慌てで、里音の持っている本を攻撃しようとしました。しかし、パンチもキックも、すべて『これであなたもマタドール』の赤いマントへ吸いこまれていくのです。黒い光を宿らせても同じでした。


「くっ、やっかいな本を使って、この卑怯者!」

「卑怯者でもニセモノよりはましよ。えーっと、次は92ページね」


 ページをめくっていく里音を見て、ドッペルゲンガー・花音はぎりぎりと歯ぎしりをしました。


「まずいわ、さっきよりページが進んでるじゃない、こうなったら!」


 ドッペルゲンガー・花音はクルクルッと三回転ひねりでうしろに飛んで、里音と距離を取りました。赤いマントをかまえたまま、里音が挑発します。


「あら、もう降参かしら? 接近戦しかできないあんたが、いったいどうやってわたしに勝とうっていうのよ?」

「接近戦しかできない? キャハハッ、お姉ちゃん面白いこというね。少なくともあたしは、お姉ちゃんみたいなノーコンじゃないわよ」


 にやりと笑って、ドッペルゲンガー・花音は里音に向かってなにかを投げつけたのです。


「しまった!」


 あわてて赤いマントを引っこめようとしますが、ドッペルゲンガー・花音の投げた石は、見事に赤いマントに命中しました。そのとたん、赤いマントは『これであなたもマタドール』に戻ってしまい、里音の手からはじかれたのです。『これであなたもマタドール』が空気に溶けて消えていきます。


「牛は飛び道具なんて使わないもんね。『これであなたもマタドール』の効果を破るためには、飛び道具で攻撃すればいい。こんな初歩的なことを忘れてたなんて、あたしもどうかしてたわ」


 ドッペルゲンガー・花音が再び里音に突進してきます。それはまさに、マタドールに突進する猛牛そのものです。ですが里音は落ち着いていました。すさまじいスピードで新しい本を開いたのです。


「だるま神が転んだ!」


 そのとたんドッペルゲンガー・花音のすがたが、空中でぴたりと止まってしまったのです。驚き、空中でもがこうとするドッペルゲンガー・花音でしたが、ピクリとも動くことができませんでした。


「お姉ちゃん、ずいぶんすばやいんだね。いつもはとろとろ動作ものろいくせに、本を取り出すときだけは、とんでもなくすばやくなるんだから」

「そりゃそうよ。司書たるもの、本の取り出しは誰よりも速くなくてはならないからね。それよりどうかしら? ほら、あんたの好きな遊びよ。だるま神が転んだ、よく遊んだでしょ」

「そうか、それじゃあその本は!」


 答える代わりに、里音は新しく出現させた本の表紙をドッペルゲンガー・花音に見せつけました。『魔界で遊ぼ!~休み時間にぴったりの遊び大全集~』と書かれた本の表紙には、世にも恐ろしい鬼たちに追いかけられて、笑顔でかけまわる子供たちの絵が載っています。


「やっぱりね。『魔界で遊ぼ!~休み時間にぴったりの遊び大全集~』の、だるま神が転んだ。本来はだるま神と契約して、いつでも相手の動きを止めることができる代わりに、タッチされたらだるま神にいけにえとしてささげられる遊びだけど」

「そうよ、『魔界で遊ぼ!~休み時間にぴったりの遊び大全集~』を開けば、だるま神との契約は無視して、相手の動きを止めることができることができるのよ。さすがにわたしも、時間稼ぎのためだけに、だるま神のいけにえになるのはごめんだからね」

「でもその効果は、だるま神と契約してないぶん弱くなるわ。つまり制限時間が設けられる。三十秒だけでしょ。ほら、もうすぐ動けるようになるわ!」


 ドッペルゲンガー・花音の言葉通り、指先がだんだんと動くようになっていました。そして手が、足のつま先が、頭が……と、じょじょに動ける範囲が広がり、最後には再び里音へと突進したのです。


「さぁ、覚悟してもらうわよ!」

「それはわたしのセリフよ! これで準備は整ったわ。さぁ、あんたをゲームの世界に案内してあげる。『魔界戦士ネームレスのゲームブック』!」


 さっきまで斜め読みしていた本を、里音は高々と掲げました。目がくらむような光とともに、里音とドッペルゲンガー・花音のまわりの景色がゆがんでいきます。まるで世界が創りかわっていくかのような感覚に、さすがのドッペルゲンガー・花音も顔をしかめました。


「参加プレイヤーは里音とドッペルゲンガー・花音、ステージは……コロシアムでいいわよね。ジョブは、わたしは魔法使い。いつも魔法使いでやってるからね。ドッペルゲンガー・花音は、マジックナイトにでもしておいてあげる。上級ジョブよ、ありがたく思いなさい」

「ふんっ、ありがたく思いなさいって、どうせお姉ちゃんのことだから、ずるっこしようって思ってるんでしょ」


 話している間に、里音もドッペルゲンガー・花音も、服装が変わっていきます。里音のエプロンドレスは、魔法使いの魔法のローブへ、ドッペルゲンガー・花音のショートパンツにノースリーブのシャツは、軽い金属でできた鎧でおおわれていきます。


「防具はマジックナイトの鎧でいいわね。わたしは魔術師のローブ。それと武器ね、わたしはもちろん魔術師の杖。あんたはヒノキ・スティックでいいかしら?」

「ふざけないでよ! ちゃんとした武器をよこしなさいよ!」

「ごめんごめん、うそに決まってるじゃんか。マジカルセイバーをあげるわ。マジックナイトの上級武器よ。いいでしょ」


 里音の言葉通り、ドッペルゲンガー・花音の手には、稲妻を帯びた剣、マジカルセイバーが出現しました。ドッペルゲンガー・花音はいぶかしげに里音をにらみつけます。


「……どういうつもりよ? どうしてこんなに気前がいいの? お姉ちゃんのことだから、ジョブや装備で差をつけると思ったのに」

「別に。だってあんた、ゲームブックってやったことないんでしょう? オニババから聞いたわ。普通の本は読んでいいことになってたけど、ゲームブックだけは禁止されてたって。だからハンデよ。優しいでしょ?」

「どこがよ。……まぁでも、ゲームブックは確かに参加したことはないわね。読み物として読んだことはあるけど」

「なんだ、じゃあルールとか流れは知ってるんだ。じゃあ別に説明しなくてもよさそうね。それじゃお待ちかね、ステータスを決めてもらうわよ」


 里音の言葉と同時に、ドッペルゲンガー・花音の目の前に、六面さいころが二つ転がってきました。


「それじゃあ慎重にふりなさい。ゲームブックは、ステータスが全てを物語るんだから」


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