5冊目 『テンポラルのドッペルゲンガー研究』 その8
「さぁ、ニセモノじゃないっていうんなら、わたしのカウンターをかいくぐってみなさい!」
猛スピードで突進してくるドッペルゲンガー・花音に向けて、里音は持っていた本のページを開きました。そのとたん、本のページから巨大なパンチンググローブが、ドッペルゲンガー・花音におそいかかったのです。
「おっと!」
ドッペルゲンガー・花音も負けてはいません。まばたきもできないほどに、一瞬のタイミングで身をひるがえし、パンチンググローブをかわします。
「やるわね、でも『飛び出してなぐる仕掛け絵本』はこんなもんじゃないわよ!」
里音のどなり声とともに、『飛び出してなぐる仕掛け絵本』が強い光を放ちます。ひるまず突進してくるドッペルゲンガー・花音に向けて、今度は何百ものパンチンググローブが一気におそいかかってきたのです。
「うわっ!」
まさにそれは流星の嵐でした。目にも止まらぬスピードで、パンチンググローブがなぐりかかってくるのですから。反動でひっくり返りながらも、里音が勝ち誇って声を上げます。
「さすがのあんたも、こぶしの雨はよけられないわよ!」
しかしドッペルゲンガー・花音のからだが、黒い光に包まれたのを見て、里音の顔が引きつりました。
「うそでしょ!」
里音が悲鳴をあげました。ドッペルゲンガー・花音はパンチンググローブをよけもせずに、むしろなぐられるがままにされていたのです。
「なんで、なんで倒れないのよ? あれだけボコボコにされてるのに、どうして」
里音は目をみはりました。ドッペルゲンガー・花音とパンチンググローブの間に、黒い光がただよっているのに気づいたのです。
――そうか、あのバカの黒い光、攻撃だけでなく防御にも使えるのね――
パンチンググローブの嵐をものともせずに、ドッペルゲンガー・花音はじりじりと間合いをつめてきます。『飛び出してなぐる仕掛け絵本』を開いたまま、里音は二冊目の本を出現させました。
「他の本を出すつもり? 残念だけど、その前にやっつけてやるわよ!」
黒い光をまとったドッペルゲンガー・花音が、まったくひるまずにパンチンググローブをなぐりつけたのです。パンチンググローブをつらぬき、そのまま『飛び出してなぐる仕掛け絵本』までをも吹き飛ばしました。
「さぁ、次はお姉ちゃんの番……」
ドッペルゲンガー・花音が目をぱちくりさせました。『飛び出してなぐる仕掛け絵本』が閉じて消えていきましたが、それを持っていたはずの里音のすがたが見えません。きょろきょろとあたりを見わたしたあとに、ドッペルゲンガー・花音はふふんっと鼻で笑いました。
「なるほど、どんな本を使ったかはわからないけど、すがたを隠したのね。でも、それでどうするつもりかしら? まさかとは思うけど、すがたを消したままあたしをなぐるつもりかしら?」
もちろんドッペルゲンガー・花音の問いかけには、誰も答えることはありませんでした。しかし、ドッペルゲンガー・花音は話を続けます。
「でも、お姉ちゃんが望んでいたのは、あたしにカウンター攻撃をすることじゃないの? そうやってすがたを隠してたら、あたしに攻撃をすることなんてできないんじゃないかしら。それともあたしのことが怖くて、もう逃げちゃったのかな?」
うしろでかすかに、じゃりっと砂をふむ音がしました。ドッペルゲンガー・花音がにやりと笑って、さらに話を続けます。
「あっ、わかった。すがたが見えなくなったんじゃないわ。きっとお姉ちゃん、ちぢんじゃったんでしょ。ごめんね、チビすぎて見えなくなってたのに、気づかなかったわ」
グッと息をのむ声が、再びうしろのほうから聞こえてきました。ドッペルゲンガー・花音は気がつかれないように、できるだけ自然にうしろへ下がっていきます。
「うーん、どこにいったのかなぁ? 小さな小さなお姉ちゃん、チビで臆病なお姉ちゃん。見つからないなぁ」
ウググとなにかこらえるような声が聞こえてきたので、ドッペルゲンガー・花音も必死で笑わないようにがまんします。
「お姉ちゃんは……そ、こ、だぁっ!」
音の聞こえたほうをしっかり意識してから、ドッペルゲンガー・花音ははじかれたように飛びあがり、うしろへまわしげりを放ったのです。
「きゃっ!」
ドッペルゲンガー・花音のけりはよけられたようですが、ドテンッとしりもちをついた里音のすがたが現れました。手には『インビジブル教授を探そう』という本と、もう一冊なにか本を持っていました。
「お姉ちゃん見ーつけた!」
ドッペルゲンガー・花音にどなりつけられるとともに、『インビジブル教授を探そう』の表紙がきらきらと光りはじめました。すると、大量のスニーカーが描かれている表紙に、ひげ面のおじさんが現れたのです。
「インビジブル教授を見つけたから、もうお姉ちゃんは透明になれないわよ。さぁ、どうするの?」
キャハハッと笑いながら、ドッペルゲンガー・花音のけりがおそいかかります。里音はすぐさま『インビジブル教授を探そう』を閉じて、新しく真っ赤な薄っぺらい本を出現させました。
「こっちをけりなさい!」
とどろくようなさけび声とともに、里音をねらっていたはずのドッペルゲンガー・花音の足が、真っ赤にぬられたページへ吸いこまれていったのです。赤いページはひらりとけりをかわし、そのまま真っ赤な赤いマントへ変化したのです。
「それは、そうか、『これであなたもマタドール』ね!」
ドッペルゲンガー・花音は体勢を立て直して、今度は目にも止まらぬ速さでけりの嵐を起こしたのです。しかしけりはすべて、赤いマントに吸いこまれていきます。ひらひらと赤いマントがめくれては、ドッペルゲンガー・花音の足は里音からそれていくのです。ドッペルゲンガー・花音はいらだった口調で問いただしました。
「そんなことしてても、結局時間稼ぎにしかならないじゃない! いったいなにを考えてるのよ、お姉ちゃん!」
「あら、よくわかってるじゃない。そうよ、時間稼ぎよ。あんたはわたしの準備が整うまで、『これであなたもマタドール』と遊んでなさい」
里音はドッペルゲンガー・花音を見ずに、持っていたもう一冊の本を斜め読みしてページをめくっていたのです。そのページの、マンガ風のイラストを見て、ドッペルゲンガー・花音の顔色が変わりました。
「まさかそれは! その本はまずいわ!」




