5冊目 『テンポラルのドッペルゲンガー研究』 その7
ドッペルゲンガー・花音は八重歯を見せて、獰猛な笑い顔で里音をねめつけました。
「へぇ、さすがはお姉ちゃんね。自分相手じゃらちが明かないからって、戦う相手をスイッチするなんて。でも、本当にお姉ちゃんがあたしを楽しませてくれるのかしら? あたしの相手ができるのは、結局あたしだけのような気がするんだけど」
里音も八重歯をむき出しにして、ドッペルゲンガー・花音に負けないくらい恐ろしい笑顔を見せました。
「あら、やっぱりあんたは花音のニセモノね。まさかそんなセリフをはくなんて。あたしがなんの勝算もなく、戦う相手をあんたに変えると思う? あたしがそんなまぬけなやつだと思う?」
「そんなことは思わないわよ。だってお姉ちゃんからずるっこいのを取ったらさ、もうなんにも残んないじゃん。チビっこい代わりにずるっこさをもらったんでしょ?」
里音のほおがピクピクッと引きつりました。こぶしをググッとにぎりしめて、口を真一文字にむすびます。
「キャハハ、怒っちゃった? ホントのことをいっただけなのにね」
「あんたぁっ! ……ふん、そんな挑発に……わたしが乗るはず……」
ぎりぎりと歯ぎしりしながら、からだをぷるぷるふるわせて、里音はなんとかこらえました。
――このバカの挑発に乗って、冷静さを失えば、まさにこのバカの思うつぼだわ。そして考えなしにこのバカにつっこんでいっても、勝てるはずがない。ボコボコにされるか、おちょくられるのがオチよ。頭脳戦に持っていかなくちゃ――
「なにをうじうじ考えてるのよ? そうやっていろいろ考えても、背は伸びないよ、お姉ちゃん」
「うぐっ、このっ……」
ドッペルゲンガー・花音に突撃しようとして、里音は足をグッと止めました。怒りで引きつった顔をドッペルゲンガー・花音に向けて、それからフーッと大きく息を吸いこみました。
「ねぇ、さっきからあんた、わたしにずいぶん安い挑発をしてくれているけどさ、もしかしてわたしを怖がっているのかしら?」
「……今、なんて?」
へらへらしていたドッペルゲンガー・花音の顔から、一切の感情が消えていきました。無表情のドッペルゲンガー・花音に、里音は続けて声をかけます。
「あら、聞こえなかった? だから、わたしを怖がってるのかなぁって思ったの。だってあんたも知っての通り、わたしの、司書の力はカウンターにこそ真髄がある。それなのにあんた、わたしにカウンターをさせないように、必死になって怒らせようとしてるじゃない」
今度はドッペルゲンガー・花音の顔が引きつっていきました。ぎゅうっとにぎったこぶしに、黒い光が宿っていきます。ぴくっと足が動いたように見えましたが、思いとどまったようで、代わりにクルクルッとその場で宙返りしました。
「あんた、なにやってんのよ?」
あきれ顔でツッコむ里音を、ドッペルゲンガー・花音はイラついた様子で見おろしました。身構える里音でしたが、どうやらドッペルゲンガー・花音は、挑発作戦を続行することにしたようです。
「ふ、ふふ、キャハ、キャハハッ、お姉ちゃんこそ、ずいぶん安い挑発をするじゃない。どうしたのよ、そんなにあたしにボコボコにされたいの? ボコボコボコって頭をたたきまくって、もっと背を低くしてあげようか?」
バカにしたような笑顔を浮かべたつもりなのでしょうが、引きつった顔を無理やりに笑顔にしたので、なんともぞっとする表情になっていました。ですが、そんな見え見えの挑発にすら、里音は引っかかりそうになります。
「このっ……、ふ、ふふ、ふふん。ほら、やっぱりそうじゃない。そうやってわたしを怒らせようとするのが、決定的な証拠よ。わたしの力が怖いから、わたしに力を使わせないように逆上させようって思ってるんでしょ」
「なんですって!」
ドッペルゲンガー・花音も挑発に乗ってしまいそうになり、すんでのところでこらえました。
「フッ、キャハ、キャハハッ、お姉ちゃん、どうしたの今日は? ずいぶん口が悪いし、背も低いじゃない。あたしを怒らせようとしているのは、お姉ちゃんのほうなんじゃないの?」
その言葉を聞いて、里音はふふんっと鼻で笑いました。さっきまでとは違い、自然な、挑発なんかではなく本気でバカにした顔で答えたのです。
「やっぱりあんた、ニセモノね。そうやって必死でこらえるところも、わたしに頭脳戦をしかけようとするところも。本物の花音だったらさ、わたしにバカにされた時点でつっこんでくるわ。なんでかわかるかしら?」
再びドッペルゲンガー・花音の顔から、一切の表情が消えました。能面のような顔で、逆に里音に問いかけます。
「どうしてよ? さっさと答えなさいよ!」
「簡単よ。あのバカは、本物の花音は、どんなときでもわたしに勝てるって思っているからよ。それどころか、わたしにハンデを与えても勝てるって思ってる。だからわたしの本気を出させないようになんてしないし、むしろ自分から罠に突っこんでくるはずよ」
里音の言葉に、ドッペルゲンガー・花音の顔がしかめっつらへと変わっていきました。
「なによ、そうやってあたしを挑発するなんて、ずいぶんとなめてくれるじゃないの」
「別になめてなんていないわ。だってなめるまでもないじゃない。あなたはしょせんニセモノだもん。わたしのカウンターを怖がってるんでしょ? そうよね、わたしにカウンターを使われたら、あんた絶対勝てないもん」
「このっ!」
「くやしいならかかってきなさいよ! さぁ、安い挑発合戦は終わりにして、そろそろなぐりあいのバトルシーンへ移りましょう! まぁ簡単にいなしてやるわ。来なさい、ニセモノ」
「あたしを……ニセモノって呼ぶなぁ!」
ドッペルゲンガー・花音がとんでもないスピードで、里音のもとへ飛びかかってきました。里音も右手を赤く光らせ、魔界図書館の本を出現させました。




