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1冊目 『トイレの花子さんの生態』 その6

 コホンッとせきばらいをすると、里音は大きく右手のひらを広げました。一瞬手のひらが赤く染まったかと思うと、次の瞬間には里音の右手に、黄色い表紙の文庫本が現れたのです。


「えっ、え、どういうこと?」


 目を白黒させる俊介を無視して、里音はその文庫本を開きました。黄色い表紙には、だれもいない教室にぽつんと一人、男の子がすわっている絵が描かれています。里音が本を開いたとたんに、開かれたページからまばゆい光が放たれたのです。


「本が、すごい光ってる」


 ぼうぜんとする俊介でしたが、ノックもなしに部屋のドアが開かれたので、びくっと飛びあがらんばかりに驚きます。ふりかえると、お母さんが入ってきました。俊介は首をふって、あわてて言い訳を探します。


「わわ、母さん、違うんだ、この子はあの、ほら、友達っていうか、なんていうか、その」


 しどろもどろになっている俊介は無視して、お母さんは里音ににっこり笑いかけました。


「ごめんね、里音ちゃん。六年生にもなって俊介といっしょの部屋なんて、いやだと思うけどしばらくがまんしてね。あ、寝るときは俊介のベッド使っていいわよ。もちろんシーツとかは全部洗濯しておいたから。俊介は居間にふとんしいて寝るようにね。里音ちゃんの荷物が届いたら、あんたは居間に引っ越ししてもらうから。それと」

「いやいや、ちょっと待って、母さん、いったいなにいってるの? というかなんで里音ちゃんの名前知ってるのさ? それにどうしてぼくが引っ越ししないといけないんだよ!」


 まったく状況を飲みこめない俊介は、置いてきぼりにならないように急いでお母さんの話を止めました。いきなり俊介に食ってかかられて、お母さんはぽかんとしています。


「いや、あんたこそなにいってんの? 当たり前じゃない、里音ちゃんはあんたのいとこでしょ。おばさんたちが仕事で海外に行く間、うちであずかることになったじゃない。あんた、里音ちゃんといっしょに暮らせるって、あれだけはしゃいでたのに、なにいってるのよ」


 今度は俊介がぽかんとする番でした。里音を見ると、笑いをこらえるのに必死な様子で、肩をぷるぷるとふるわせています。言葉を失う俊介に、お母さんはたたみかけるように続けました。


「そもそもあんたがいっしょの部屋で生活したいとかいいだしたんじゃない。女の子だからそんなのだめって、いくらいっても聞かないから、荷物が届くまでしかたなく許可したんでしょ。それともなに? あんたもしかして、今ごろ恥ずかしくなったの?」

「いや、えっ、でも、どうなってるの?」


 とうとう俊介は、助けを求めるように里音に質問しました。答える代わりに、里音は俊介の母親ににぱっと子供らしい笑顔をふりまきました。


「おば様、ありがとうございます。俊介君、急に照れちゃったみたいなんで、気にしないでください。なにかおうちのことでお手伝いすることとかありますか?」


 さっきとは全然違う態度に、俊介は口をパクパクさせていましたが、お母さんはうれしそうに笑って首をふりました。


「あら、そんなに気を使わなくてもいいのよ。里音ちゃんこそいろいろ大変でしょうから、困ったこととかあったらなんでもいってね。俊介も、くれぐれも里音ちゃんをいじめたり泣かしたりしないようにね」


 じろっと俊介をにらみつけてから、お母さんは部屋から出ていきました。なにがどうなっているのかわからず、俊介はドアと里音をかわりばんこに見ています。その様子がおかしかったのか、ついに里音は、お腹を抱えて笑い出したのです。


「アハハハハ、あんた、なんて顔してんのよ。いやでも、面白かったわ。まあ、そういうことだから、あんたは居間で眠るようにね。それに部屋の荷物も片づけときなさいよ。この部屋はわたしが使うんだから」


 それだけいうと、里音はまたゆかいそうに笑い出しました。俊介はわなわなとこぶしをふるわせながら、里音をにらみつけました。


「おいっ、いったいぼくのお母さんになにをしたんだ! どうしてお前がぼくのいとこなんかになってるんだよ」

「アハハ、あー、面白かった。あ、そうか、本の説明してなかったわね。だいたいあんたがいけないのよ、わたしが魔界図書館の司書だってことを、全然理解してないんだから」


 そういって里音は、さっき開いた黄色い表紙の文庫本を、俊介の目の前に突き出したのです。本には日本語で、『いつの間にか転校生』と書かれていました。


「えっ、なにこれ? 『いつの間にか転校生』? これがどうしたっていうんだよ?」

「まだわかんないの? ここのラベル見てごらんなさいよ」


 里音が本の背表紙を指さしています。そこには確かに、『魔界図書館』と書かれた金色のテープがはられていました。


「いや、でもこれとお母さんとが、なんの関係があるっていうのさ?」


 里音は笑うのをやめて、今度はあきれたように大きなため息をつきました。俊介はムッとして、とげとげしい声で続けました。


「きみが手品みたいな力を使うってのはわかったけど、ただ本を出しただけじゃないか。これがいったいどうだっていうんだよ」

「これは魔界図書館の本よ。魔界の図書館。魔界にある、ありとあらゆる魔力を持った本が集結しているの」


 里音が子供にさとすような声で説明します。俊介はぼそりと、「チビのくせに」とつぶやいて、里音に思いっきりローキックをおみまいされました。悲鳴をあげてうずくまる俊介に、里音はなにごともなかったかのようにしゃべり続けました。


「いいかしら、魔界図書館の本っていうのは、どれも魔力を持っているの。魔力を。つまり魔界図書館の本を開けば、その本にこめられた魔力を開放できるってわけ」

「痛いなぁ、それが、なんだっていうんだよ、イテテ」


 けられた足を押さえながら、俊介がうめくようにいいました。里音は再びわざとらしいため息をついてから、本を俊介の顔に押しつけたのです。


「あんたちゃんと字が読める? 読めないんだったら、お姉さんが読んであげようか?」

「ちょっと、押しつけないでよ、そんなことされたらだれだって読めないだろ! 読めるよ、『いつの間にか転校生』って書いてるじゃないか。え、まてよ、じゃあもしかして」


 俊介は大きく見開いた目を、里音のほうへ向けました。里音は得意そうにうなずきました。


「ようやくわかったようね。そう。この『いつの間にか転校生』は、自分のプロフィールを自由自在に変更できる力を持っているのよ。だからわたしは、あんたのいとことして他の人間たちに認識されるようになったの。ね、いつの間にか自分のクラスに、知らない転校生がやってきていたっていう、本の内容にぴったりの能力でしょ?」


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