5冊目 『テンポラルのドッペルゲンガー研究』 その5
――いっぽうそのころ、『テンポラルのドッペルゲンガー研究』を封印しようとしている里音たちは――
――打ち合わせもリハーサルもないけど、ホントに大丈夫かしら――
『テンポラルのドッペルゲンガー研究』を前にして、おじぎをしたあとに、里音はじっと花音を見つめました。
――打ち合わせするより、その場の感覚で動いたほうがいいとかいってたけど、それじゃあわたしが困るってのよね――
ぼんやり考えている里音でしたが、花音の視線を感じてから、ふうっと小さくため息をつきました。
――わかってるわよ、とりあえずまずは右足から――
からだを起こして、里音はこわごわ右足を前に突き出しました。花音のほうを見ると、きちんと自分の左足を前に出しています。
――よかった、ちゃんと鏡写しになるようにしてるわね。まったくあのバカ、鏡写しの意味を分かってなかったときは、心臓が止まると思ったわ――
直前に花音に、同じ右足をまねして出せばいいんでしょといわれたことを思い出して、里音は思わず苦笑しました。
――まったく、頭がいいんだか悪いんだかわかんないやつよね。……っと、余計なこと考えてたら、失敗しちゃうわね。集中集中――
里音はそろりそろりと、『テンポラルのドッペルゲンガー研究』へと近づいていきます。里音の動きを、花音は完璧にまねています。足や手の動きだけでなく、顔の表情や息づかいまでもコピーしているのです。二人の様子を離れたところから見ていた花子は、もはやどっちが本当の花音で、どっちが『魔界カメレオンの冒険』ですがたを変えた里音なのかわからなくなっていました。
「すごいわ、二人とも。なんだかんだいっても、やっぱり双子ね。完全に息がぴったりだわ!」
花子が手をふり応援するのを、里音と花音が同時に見ました。その動きも完璧です。花音は里音の動きのくせや、とっさの反応も、しっかり予想できているようです。また反応したらまずいので、花子は声をかけないでじっと二人の様子を見ています。
――でも、これならきっとうまくいくわ。花音ちゃん、里音ちゃんのことしっかりまねて、ちゃんと動きについていってるもん。むしろ、動きの先を読んでるっていうか、ホントに超人的な運動神経ね。これなら急なアクシデントでもない限り……って、あれ――
本物の花音なのか、それとも里音が化けた花音なのかわかりませんが、とにかく一方の花音が、なぜかぷるぷるとからだをふるわせています。もちろんもう一方の花音も、同じようにぷるぷるふるえています。
――なになに、いったいどうしたのよ? あんなぷるぷるして、なにかをこらえているような……って、まさか――
花子の顔から血の気が引きました。一方の花音が、ぷるぷるしながら「は……は……」と、息をこらえるようにふるえはじめたのです。
「は……はっ……はくしゅんっ!」
ふるえていた花音が、盛大なくしゃみをしてしまったのです。もう一方の花音もあわててくしゃみのまねをしますが、完全にまねられるはずもありませんでした。
「まずい、花音、逃げて!」
くしゃみしたほうの花音、つまり里音が化けていた花音が、本物の花音に向かってさけびます。もちろん本物の花音は、すでに『テンポラルのドッペルゲンガー研究』から距離を取ろうとしていました。ものすごい跳躍力で、うしろへクルクルッとバク宙していたのです。しかし――
「うっ、まぶしいっ!」
二人にめがけて、『テンポラルのドッペルゲンガー研究』から、青い光が放たれたのです。思わず顔をおおう二人の吸血鬼の足元に、黒い影ができています。
――どうして? 吸血鬼には、影はできないはずなのに――
目をみはる花子でしたが、ただ単に影ができただけではありませんでした。
「ヒッ、手が……」
青い光によって作られた影から、ぐにゅんっと真っ黒い手が現れたのです。悲鳴をあげる花子でしたが、当の里音と花音はまったくあわてていませんでした。
「ドッペルゲンガーだわ! 花音、わかってるわね、先手必勝よ!」
「もちろんわかってるわよ、出てくる前に……たたく!」
里音の右手が真っ赤に光ります。花音も両足に黒い光を宿らせます。そんな二人の目の前で、ぐにぐにっと黒い手がもう一本表れ、そしてついに顔が現れました。
「行くわよ、花音!」
「わかったわ、お姉ちゃん!」
里音が魔界図書館の本を出現させるとともに、花音も黒い光の宿った足で、ドッペルゲンガーを攻撃しました。ですが、里音のほうのドッペルゲンガーも魔界図書館の本を、そして花音のほうのドッペルゲンガーも黒い光を手に宿らせたのです。
「くっ、なめるんじゃないわよ、『魔界アリジゴクの飼育日記~飼い主が食われるまでの十三日間~』よ!」
ドッペルゲンガー・里音の足元が、グルグルと砂のうずへと変わっていきました。うずの中心に、ギラギラと光る鋼鉄の大あごをかまえた、巨大な魔界アリジゴクが待ちかまえています。
「さあ、そのまま魔界アリジゴクに切り裂かれなさい!」
勝ち誇ったようにいう里音でしたが、ドッペルゲンガー・里音はふふんっと鼻で笑います。それはまさにいつもの里音の笑いかたそのまんまでした。
「残念でした、『魔人ダジャレンヌのオヤジギャグ集』よ。魔界アリジゴクは『ウスバカバカゲロウ』に進化!」
魔界アリジゴクに向けて、ドッペルゲンガー・里音が『魔人ダジャレンヌのオヤジギャグ集』を開きました。そのとたん、魔界アリジゴクのからだに、ピシッピシッとひびが入ったのです。
「まずいっ、わたしの魔界アリジゴクが!」
魔界アリジゴクの鋼鉄の大あごや、岩でできたからだが砕け散り、中からひょろひょろでへろへろの、分厚いめがねをかけた虫が現れたのです。
「魔界アリジゴクは、本来は『臼芭影牢』っていう、伝説の忍者に進化するはず。でも、ダジャレ魔人の寒いオヤジギャグのおかげで、こんなへろへろでよわっちそうな『ウスバカバカゲロウ』に変化しちゃうなんて」
ドッペルゲンガー・里音はゆっくりとからだを地面から引き抜き、ポンポンッとエプロンドレスについた土やどろをはたきました。そのすがたは、まさに里音にうり二つです。鏡を見ているかのようでしたが、ドッペルゲンガー・里音のほうは、影だからでしょうか、全身真っ黒に染まっています。
「残念だったわね。あなたたちの奇襲は、どうやら失敗したようね」
「あなたたち? まさか!」
里音が急いで、花音とドッペルゲンガー・花音のほうをふりかえります。そこには黒い光を両手足に宿らせた、花音とドッペルゲンガー・花音が対峙していたのです。
「面白いじゃん、面白くなってきたわ! やっぱりあたしの相手がつとまるのは、あたししかいないってことよね」
目をらんらんと輝かせ、八重歯をむき出しにしている花音を見て、里音は頭を抱えました。
「ふん、どっちにしても、わたしたちを倒さない限り、『テンポラルのドッペルゲンガー研究』は封印できないわよ。でも、自分自身を相手にして、果たして勝てるかしらね?」
ドッペルゲンガー・里音が不敵に笑います。里音はクッと顔をしかめました。
――最悪だわ、このままじゃ――




