4冊目 『不死鳥の飼いかた全集』 その18
「まぁ、わかったわ。とりあえず今回は許してあげる。でも、この間もいったけど、わたしがどうして怒ってるのかちゃんと伝えてくれない限り、絶交の一歩手前だってことに変わりはないからね」
ようやく美緒の表情がやわらかくなったので、俊介はほっと胸をなでおろしました。しかし、すぐにハッとして首をふったのです。
――違う違う、ぼくはいったい何を安心してるんだ! 目的を忘れたらだめだ、早く黒い背表紙の本を見つけないと。でも、黒い背表紙の本もそうだけど、不死鳥のすがたも見えないな。美緒ちゃんの家にいるはずなんだけど、いったいどこにいるんだろう――
ぼーっと考えごとをする俊介の額を、美緒がつんつんっとつつきました。わっと声をあげる俊介に、美緒がジト目でたずねます。
「俊介君、なんだか難しい顔して、どうしたのよ? せっかくわたしの家に遊びに来てくれたのに、そんな顔するなんて……ちょっとさびしいな」
予想外の言葉に、俊介の目が一気に見開かれました。胸の中がキュンキュンッとして、息が苦しくなります。視界がせまくなって、美緒のことしか見えなくなります。そんな俊介の様子を知ってか知らずか、美緒はいたずらっぽくささやきました。
「俊介君が一人で遊びに来てくれたの、すっごくうれしかったんだよ。特に、里音ちゃんたちといっしょじゃなくて、俊介君だけが来てくれたのが、うれしかったんだよ」
そこまでいって、美緒はハッとまわりを見わたしました。ほおを少し染めたまま、美緒が部屋の天井に向かって声をかけました。
「花子ちゃん? 今のもしかして、聞いてた?」
俊介はぽかんとしていましたが、やがてあっと声をあげました。それから照れたように頭をかいて、美緒に説明しました。
「そうだった、美緒ちゃんはまだ知らなかったんだよね。今花子は美緒ちゃんにとりついていないんだよ」
「えっ、どうして? だって、わたしにとりついてないと、まずいんじゃないの? もちろん里音ちゃんたちの秘密をしゃべったりとか、そんなことはしないけど、花子ちゃんがいないとちょっと不安だわ。それにせっかくおしゃべりの相手がいたのに……」
がっかりと肩を落とす美緒に、俊介は安心させようと言葉を選んで続けました。
「大丈夫だよ、その……花子はちょっとね、里音ちゃんたちの用事で、美緒ちゃんから離れているだけだから。あ、そうだ、今日はぼく、美緒ちゃんのことが心配で来たんだよ」
「心配で? 俊介君、わたしのこと心配してくれるの?」
美緒の顔がぱぁっと明るくなります。サイドポニーを指でゆっくりなでつけて、俊介にほほえみかけました。
「ふふ、ありがとう。……この前はごめんね、ひどいことして」
「美緒ちゃん、それじゃあ……」
「あ、だめよ。まだ絶交一歩手前は解除してないんだから。でも、ちょっとは印象良くなったかな。少なくとも俊介君が、わたしのこと本気で心配してくれてるんだって、伝わったから。だから三歩、ううん、五歩手前くらいにはなったと思うよ」
「それって、喜んでいいのかな……?」
「まだダメよ。ちゃんとわたしがなにを反省してほしいか、それを伝えてくれないと、常に絶交になる危険は残ってるんだからね」
美緒がもう一度俊介の額をポンっと指で押しました。距離が近づき、美緒の長い髪からふわりとシャンプーの香りがただよってきます。パステルイエローのワンピースが、ふわりとゆれ、俊介はどぎまぎしながら美緒を見あげました。
「でも、ホントに久しぶりだよね。俊介君、小さいころはよく遊びに来てくれてたのに、最近じゃ全然来てくれなかったんだもん」
すねたような美緒の口調に、俊介はあわてて手をふりました。
「ち、違うんだよ、その、なんていうか……。ほら、やっぱり恥ずかしくなっちゃうじゃんか。それに他の人の目も気になるし」
「……里音ちゃんとはいっしょに住んでるのに?」
「あ、あれはその、おどされて……」
美緒はふふっとやわらかく笑いました。サイドポニーを抱きしめながら、意地悪っぽく俊介を見あげました。
「本当かなぁ? 里音ちゃんがいろいろいってたし、怪しいなぁ」
「本当だよ、里音ちゃんにおどされたのは本当なんだ!」
むきになる俊介を、美緒が上目づかいに見ます。ぱっちりした目がいつもよりも大きく見えて、俊介はほおが熱くなるのを感じました。
「俊介君、デレデレしてたのはホントでしょ。お風呂のぞいたりとか着替え見たりとかは……うーん……たぶん、里音ちゃんのでっちあげだと思うけど」
「今の間はいったい……」
いぶかしがる俊介でしたが、美緒は気にせず続けました。
「まぁでもデレデレするのもわかるけどね。だって里音ちゃん、とってもかわいいもん。同性のわたしでもちょっとときめいちゃうくらい」
「……美緒ちゃん、そんなの里音ちゃんの前でいったら絶対だめだからね」
俊介のつぶやきに、美緒はアハハと声をあげて笑いました。
「そんなこといわないよ。でも、そういえばどうして今日は里音ちゃんいっしょじゃないの? ……ねぇ、もしかしてなんだけど、俊介君、里音ちゃんとケンカした……とか?」
「えっ?」
驚く俊介に、美緒は少しだけきまり悪そうにうつむきました。
「だって、俊介君ってよく里音ちゃんと口論してたでしょ。特にわたしのことになると、俊介君いつも里音ちゃんとケンカしてたから、もしかしたら私の責任かもって思って」
「まさか、そんなことないよ! いや、たとえケンカしたとしても、それを美緒ちゃんが気に病むことなんてないよ」
俊介の言葉に、美緒の顔がほころびました。うれしそうにうなずき、それから首をかしげました。
「ありがとう、でも、それじゃあどうしたの? 俊介君と里音ちゃんが別行動って、珍しいなって思って」
「あ、それは、その……」
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