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4冊目 『不死鳥の飼いかた全集』 その17

 ――いっぽうそのころ、美緒の家では――




 美緒の部屋の中で、俊介は落ち着きなくそわそわしながらすわっていました。まるで借りてきたネコのように、首をちぢめて、なるべくまわりを見ないようにしています。


 ――玄関のドアを開けたときの美緒ちゃんの顔、まだ怒ってるみたいだったから、なるべく誤解されないようにしないと――


 さんざん里音たちにひどい目にあわされた俊介は、ここにきてようやく、下手になにかすると恐ろしい結果を招くことに気がついたのです。


 ――むしろぼくのほうこそ、悪魔の調味料がかかってるんじゃないのか? ここ数日だけで、いったいどれだけビンタされたんだろう。……かかってないよね、悪魔の調味料――


 もちろんそんなことわかるはずもないのですが、俊介は自分のからだをくんくんにおって確かめます。


 ――って、こんなことしてる場合じゃなかった。美緒ちゃんがいない今がチャンスなんだ。早く黒い背表紙の本を探さないと。でも、下手に探してて、もし万が一美緒ちゃんに誤解されたら――


 俊介の脳裏に、最悪の結末がよぎります。もし黒い背表紙の本を探しているということがばれたら、いや、それ以上に、もし俊介が美緒の下着を探している、なんてあらぬ誤解をかけられたら……。


 ――きっとぼく、逮捕されちゃうよ。いや、むしろ美緒ちゃんに殺されちゃうかも。ああ、いやだよ、でも――


 里音たちにいわれたことを思い出して、俊介は顔をあげました。まずは部屋の中をぐるりと見まわします。


 ――美緒ちゃんが幻術にかかっている以上、それに里音ちゃんたちが不死鳥と戦えない以上、ぼくがやるしかないんだ! 美緒ちゃんを救えるのはぼくだけなんだ――


 覚悟を決めた俊介は、美緒の部屋をすみずみまで目で追っていきました。壁という壁に、アイドルグループのポスターが貼ってあります。『トリプルL』という女子に大人気のグループです。三人組の美少女が、きらきらした笑顔を振りまいています。美緒たちと同じくらいの年の女の子たちです。


 ――そういや美緒ちゃん、けっこうミーハーだったんだよな。トリプルLのグッズとかいっぱい持ってるし、ライブにもよく行くっていってた。図書委員なのに、美緒ちゃんアウトドア派なんだよな――


 俊介は部屋の本棚へと視線を移しました。まるで図書館の棚のように、そこにはびっしりと本でうめつくされていました。ジャンルも様々で、物語から伝記、図鑑に動物の本と、いろいろな本が並んでいました。


 ――こういうの見ると、やっぱり図書委員でもあるんだなって思うよな。美緒ちゃん、いろんなことに興味持てるんだ。……って、ぼくはいったいなにをしてるんだ、そんなこと考えてるひまはないんだ――


 俊介はぶんぶんっと首をふって、それから本棚の本とにらめっこを始めました。黒い背表紙で、題名がなにも書かれていない本を探していきます。


「ごめんね、お待たせ俊介君。はい、おやつ持ってきたよ」


 がちゃっと部屋のドアが開いて、美緒が入ってきました。今日はパステルイエローのワンピースです。どうやらパステルカラーのワンピースは、美緒のお気に入りのようで、何着もあるようでした。とはいえ美緒の服などは部屋に見当たりません。クローゼットにしまわれているのでしょう。ドキッとして顔を赤らめる俊介を、美緒はじろりとにらみつけました。


「……そんなふうにきょろきょろしても、お目当てのものは見つからないわよ」


 冷ややかな目で見る美緒に、俊介は一瞬なんのことかわからず、きょとんとして首をかしげました。そしてハッとして、あわてて首をブンブンします。


「違う違う、そんな、違うよ! 美緒ちゃんの下着探してたとか、そんなことぼくしてないからね!」


 部屋の中が、耳が痛くなるほどの静寂に包まれました。美緒はほおをぴくぴく引きつらせながら、怖い顔で俊介を見おろしています。


「冗談でいったのに、なんだかずいぶんなあわてようだったよね。それに、わたしなにもいってないのに、どうして下着だとかいいだしたのかしら?」

「だって、だって最近みんなぼくのことパンツのぞき魔みたいにあつかってるから、だからまた誤解されたんじゃって思っただけだよ! 本当だよ、ねぇ、美緒ちゃん、本当なんだ、信じてくれよ」


 情けない声で泣きつく俊介を、美緒はうぷぷと笑いをこらえながら見ていましたが、やがて大声で笑いだしました。


「アハハ、あ、ごめんね、でも、俊介君ったら、本気で心配してるんだもん、アハハハ」

「……えっ? それって、どういうこと?」


 ひとしきり笑い終わったあとに、美緒はおぼんをテーブルの上に置きました。オレンジジュースとビスケットが載っています。俊介の分のオレンジジュースを渡すと、美緒はまたふふっと笑顔を浮かべました。


「俊介君、わたしが本気で俊介君のこと、そんなエッチな男の子って思ってたと思う?」

「……え? 違うの?」

「当り前じゃない。まあ、わたしのパンツ見たのはちょっと引いたけど、里音ちゃんたちに変なことしたりとか、そんなことする人じゃないってことぐらい、わたしは知ってるわよ。ただ、ちょっとからかっただけよ」

「……うう、ひどいよぉ……。ちょっとからかわれただけで、ぼくはもう一生分のビンタを食らった感じだよ。今日も里音ちゃんたちから何十発もビンタされるし」

「えっ、もしかして俊介君、里音ちゃんたちの……」


 美緒のまゆがぴくりとつりあがったので、俊介はあわてて口をふさいで弁明しました。


「あ、いや、そういうわけじゃないんだ、あの、事故、そう事故だよあれは」

「……じゃあ見たんじゃないの……」


 能面のような表情で美緒が俊介を見おろします。俊介はヒッと息を飲み、それから猛烈な勢いで頭を下げたのです。


「ごめんなさい、許してください! もう、絶対にしないから!」

「あーあ、やっぱり認識を改めようかしら。俊介君はそういう変なことをする人だって、わたしの中の俊介君辞典を書き換えておこうっと」

「ああ、ごめんよ美緒ちゃん、お願い、嫌いにならないで、絶交はいやだよぉ……」


 すがるように泣きつく俊介を、美緒はふうっとため息まじりに見ていましたが、やがてこくりとうなずきました。


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