5冊目 『テンポラルのドッペルゲンガー研究』 その4
「とりあえず邪魔が入らないように、公園を封印しましょう。『テンポラルのドッペルゲンガー研究』の封印はそのあとよ」
里音が右の手のひらを開きました。手のひらが赤く染まり、『本日は閉店しました~クレーマーは絶対に入れない名店特集~』という本を開きました。すると突然、公園を囲うように巨大なカーテンが現れ、みるみるうちに公園をおおいかくしてしまったのです。
「このカーテンは、わたしたちに関係ない人間、つまり魔界のことを知らない普通の人間を完全にシャットアウトする、優れもののカーテンなの。ま、カーテンっていうか、のれんっていうやつらしいけど。ま、どっちにしても、これでもう誰も邪魔は入らないわ」
ふふんと笑う里音に、花子が再び問いかけました。
「公園は封印できたんだけどさ、そろそろ教えてよ。『テンポラルのドッペルゲンガー研究』はどうやって封印するの? 封印方法が特殊っていってたけど、やっぱり地面につけちゃいけないとか、そんな感じなの?」
「そんな簡単だったら全然困らないわよ。まあいいわ。どっちにしても準備しないといけないんだし。花音と打ち合わせも必要だから、説明しておくわね。花音、こっちに来て」
里音に呼ばれて、花音が二人のそばにやってきました。目をきらきらさせています。
「それでお姉ちゃん、どんな方法で封印するの? いろいろ選択肢あると思うけど、どれを使うの?」
「あんたなんでそんなにうれしそうなのよ。とんでもなくやっかいだっていうのに」
あきれたように花音をちらっと見て、それから里音は『本日は閉店しました~クレーマーは絶対に入れない名店特集~』を地面に置きました。
「こいつも自立型書籍だから、とりあえずあと使えるのは二冊のままね。で、まずは『魔界カメレオンの冒険』を使ってあんたに化けるわ」
「花音ちゃんに? でも、どうしてそんなことするの?」
「それが封印方法に関係あるからよ。いい、この『テンポラルのドッペルゲンガー研究』は、使うこと自体は簡単なの。ドッペルゲンガーを出現させたいやつに向けて開くだけだから。でも、問題は閉じる、つまり封印するときなの」
里音の右手が再び赤く光って、『魔界カメレオンの冒険』が出現しました。それを開いて、里音のすがたが花音のすがたへと変わります。
「お姉ちゃんがいった通り、閉じるのがすんごくめんどいんだよね。ま、普通は簡単に、というか安全に閉じることができるんだけど、あたしが前に使ったときに、あたしのドッペルゲンガーが消えちゃってるからね」
「そう。通常は簡単に消せるんだけどね。この本を封印するためには、同じ人物が二人、まったく同じ動作で本を閉じないといけないの。鏡合わせっていうのかしら、ああいう感じで、同じように左右のページを持って、それから一、二の三で閉じなきゃダメなのよ」
「えっ、全然簡単じゃないじゃん、それ。ていうか、とんでもなくめんどくさくない? 同じ人物ってのがまず無理だし、同じ人物だったとしても、同じ動きをするのって大変でしょ。それじゃあ封印は無理なんじゃ」
目を丸くする花子に、花音のすがたになった里音は、チッチッチッと指をふって話を続けました。
「だからこそのドッペルゲンガーなのよ。ドッペルゲンガーはその人の分身よ。だからその人の動きを完全にまねることもできるの」
「あ、そうか、『テンポラルのドッペルゲンガー研究』は、ドッペルゲンガーを出現させるから、本を閉じるときもそいつと協力すれば」
「そうよ。そうすればわけなく封印できるの。つまり『テンポラルのドッペルゲンガー研究』を封印するためには、出てきたドッペルゲンガーがいなくちゃまず無理ってわけね」
花音のすがたをした里音は、ぐいぐいっとからだをほぐすようにのびをします。それを花音もまねています。
「でも、確か出てきたドッペルゲンガーって、花音ちゃんのすがただったんでしょ。それで、里音ちゃんがやっつけたから、もう消えちゃったんじゃ」
花子はハッとして二人を見ました。
「じゃあまさか、二人は今から……」
「そうよ。花音のドッペルゲンガーが消えてしまったから、わたしがその代わりをするってわけ。ね、だからいったでしょ、めんどくさいって」
花子は口をぽかんと開けたまま、里音を見ていました。しかしすぐに首をふると、花音のすがたをした里音の手をつかみました。
「ちょっと、やめたほうがいいって! だって、いくら双子だからって、同じ動きをしなくちゃいけないんでしょ、そんなの無理だよ!」
「でも、それ以外に方法がないんだから、しかたないじゃない。同じすがたをした人物が、同じ動きをして本を閉じる以外に封印方法はないんだから」
「でも、ならもう一回『テンポラルのドッペルゲンガー研究』を使って、例えば里音ちゃんのドッペルゲンガー作ったりして、それで封印すれば」
「それも無理よ。一番最初に出現させたドッペルゲンガー同士で封印しないと、きちんと封印できないのよ。まあ、なりかわろうとするドッペルゲンガーをやっつけたあとなら、それもできるかもしれないけど
、そんなことには絶対なりたくないわ」
「なりかわろうとするドッペルゲンガー? なにそれ?」
目をぱちくりさせる花子に、花音が二ッと八重歯を見せて笑いかけました。
「大丈夫だよ、そんな心配しなくたって。ようはお姉ちゃんの動きに合わせればいいわけでしょ。そんなの簡単だよ。あたしの運動神経をもってすれば、ほっ、よっ!」
花音はしゃべりながら、となりにいた里音と完全に同じように動きました。里音がのびをすれば、花音も同時に伸びをして、髪をなでつければやはり同じように髪をなでつけます。ジャンプすれば里音と同じジャンプ力でジャンプするのです。目をみはる花子に、花音はビッとブイサインしました。
「ね、大丈夫でしょ。だから心配しなくたっていいよ。それに万が一失敗したとしても、そうたいしたことないんだから」
「たいしたことあるわよ、あんたも知ってるでしょ、テンポラルの書いた論文の中で、『テンポラルのドッペルゲンガー研究』ほど失踪者の数が多い本はないのよ」
「えっ、そんなに危険なの?」
花子が急いで花音のかっこうをした里音を振り向きました。里音ははぁっとため息をついてうなずきました。
「そうよ、だって『テンポラルのドッペルゲンガー研究』は、閉じるのに失敗すると、本を閉じようとした人物たちのドッペルゲンガーが現れるの」
「なんだ、じゃあ簡単じゃん。その出てきたドッペルゲンガーたちといっしょに、また、本を封印すればいいんだから」
ほっとしたようにほおをゆるめる花子を、里音はあきれ顔でみました。再びわざとらしくため息をついてから説明を続けました。
「あのねぇ、そんな簡単だったら、封印するのにこんな入念に準備しなくてもいいじゃないの。それに失踪者だって出ないわよ」
「じゃあ、いったいなにが危険なの? 出てきたドッペルゲンガーがなにか悪さでもするの?」
「そのとおりよ。本を閉じるのに失敗したときに出てくるドッペルゲンガーは、通常のドッペルゲンガーとは全く違うの。どう違うかっていうと、オリジナルの人物に対してとんでもなく敵対心を持っているってことよ」
「えっ、じゃあまさか」
口をおおって目を大きく開く花子に、里音は得意そうに続けました。
「そうよ、あんたが今想像したように、出てきたドッペルゲンガーはオリジナルの人物の命令を聞かずに、逆にオリジナルを攻撃して、自分たちがオリジナルになりかわろうとするのよ」
「あっ、それがさっきいってた、なりかわろうとするドッペルゲンガーね」
納得したように花子がうなずきます。花音もキャハハと笑いました。
「そうそう。ニセモノのくせに、あたしたちになろうとするんだもん。でも、そういう意味では、もしかしたら失踪者はもっと多いのかもしれないよね。あたしたちが気づかないうちに、ドッペルゲンガーにいれかわられてる人も相当いるかもしれないし」
お気楽にいう花音を、花子はジト目で見つめました。
「やっぱり絶対あんたたちの図書館、貸し出す本を考え直したほうがいいわよ」
頭を抱える花子をしり目に、二人の花音はグーッと最後に伸びをしました。完全に息ぴったりで、さっきまで見ていた花子も、すでにどっちが里音でどっちが花音かわからなくなるぐらいです。二人の花音は『テンポラルのドッペルゲンガー研究』の左右に向き合って立ちました。
「さあ、それじゃあ本番よ。準備はいいかしら」
「それはあたしのセリフよ。お姉ちゃんこそ、ビビッてない?」
「誰がビビるのよ? ふん、いいからさっさとやるわよ」
花音のすがたをした二人は、同時にぺこりとおじぎをしました。




