1冊目 『トイレの花子さんの生態』 その5
俊介はブンブンッと激しく首を横にふって、今度はたてに何度もふりました。
「だめなわけないよ! もちろんいいに決まってるじゃないか。むしろぼくからお願いするよ。里音ちゃんといっしょに住めるなんて」
にたぁっといやらしい笑いを浮かべる俊介を、今度は完全にひきつった顔で里音は見ていました。なんとかぎこちない笑いを顔にはりつかせて、里音は続けました。
「それじゃあ、まずは利用者になってもらうわね。わたしが俊介君のために特別に、魔界図書館の図書カードを作るから、わたしと契約して、魔界図書館の利用者になってね」
里音が切れ長の目をさらに細めて、さりげなく俊介のうでにふれました。俊介はでれーっとだらしなくほおをゆるませています。里音はエプロンドレスのポケットから、真っ黒なカードを取り出しました。赤くおどろおどろしい文字で、魔界図書館専用と書かれています。
「これが魔界図書館の図書カードなの。一度作れば、永久に使える優れものよ。残念ながら、人間は一冊しか借りることができないけど。さぁ、それじゃあこれを持って、そこに立ってね」
里音がパチッとウインクしてから笑いかけました。もはや俊介は完全に里音のいいなりです。渡された魔界図書館の図書カードを持って、里音の正面に立ちました。
「それじゃあ、契約よ。『魔界図書館の司書見習いとして、汝を魔界図書館の利用者として認める』。さあ、あとは図書カードをかかげて、自分の名前をさけんでちょうだい」
里音にいわれたとおり、俊介は図書カードをかかげて自分の名前を大声でさけびました。とたんに真っ黒だった図書カードが赤く光りだしたのです。驚く俊介を見て、里音が満足そうに笑いました。
「さ、図書カードを見せてみて」
いわれるがままに、俊介は図書カードを見せました。さっきまでは、魔界図書館専用としか書かれていませんでしたが、いつの間にかその下に、やはりおどろおどろしい文字で『松田俊介』と書かれています。俊介はとろんとした目で、図書カードと里音をぼんやり見ています。
「ふーっ、これで一安心ね。……ちょっとあんた、いつまでにやにやしてるのよ! 気持ち悪いわね、それになに近寄ろうとしてるのよ!」
でれでれしていた俊介を、里音がドンッと突き飛ばしました。床にどすんっとしりもちをついて、俊介は目をぱちくりさせています。
「え? どうして」
「どうしてじゃないわよ。チャームの術なんて久しぶりに使ったけど、もう二度と使いたくないわ。こんな気持ち悪い術」
俊介に触れていたうでや肩を、里音がパンパンッと手で払っています。まるで汚いものにさわっていたかのような態度に、俊介は開いた口がふさがりませんでした。
「あら、ずいぶんと面白い顔してるわね。さっきまで優しかったのに、どうしてって聞きたいのかしら? だって優しくしないと、あんた図書カードを作ってくれなかったでしょ」
里音にいわれて、俊介はハッとしました。さっきまでのことを思い出して、青い顔で里音を問いつめます。
「まさか、ぼくのことを、だましたの?」
「だからいってるじゃない。チャームの術って。チャームっていうのは、魅了のことよ。つまり、誘惑の魔法ってこと。わたしたち吸血鬼は、人間に魔法をかけることで、異性だったらうまく誘惑することができるのよ。わたしなんかまだまだだけど、ママなんてすごいわよ。本気出せば町中の人間の男を、自分のしもべにすることだってできるんだから」
ふふっと笑う里音を見て、俊介の顔が赤くなります。俊介は里音から顔をそむけながら、口をもごもごさせます。
「そんな、魔法だなんて、ひどいよ」
「……なんかいった?」
里音の冷たい視線が、俊介の心をぐさりとつきさしました。疲れたようにへたりこむ俊介を見て、里音がふふんと鼻を鳴らしました。
「とにかくそういうわけだから、これからよろしくね」
「えっ、よろしくねって、どういうこと?」
俊介に聞かれて、里音はあきれたように首をふりました。
「あんた、わたしの話をちゃんと聞いてたの? いっしょに暮らして、あんたを監視するってさっきいったじゃない」
「監視って、ひどいよそんなの、いたっ!」
里音にぎゅうっとつねられて、俊介は思わず悲鳴をあげました。
「わたしみたいな美少女と、いっしょに暮らせるっていうのに、文句あるの?」
里音が指に力を入れました。俊介は悲鳴をあげながら、何度も首をたてにふりました。
「わかった、わかったよ、いっしょに暮らします、それでお願いします」
「わかればいいわ。それじゃあよろしくね。一応あんたの家族や他の人たちには、わたしはあんたのいとこってことにするわね」
「するわねって、いや、クラスメイトとかならどうにかなるかもしれないけど、お父さんやお母さんには絶対ばれるでしょ、そんなうそ」
あきれ顔でいう俊介でしたが、里音は得意げに笑いました。
「あんた、わたしが魔界図書館の司書だってこと、ちっとも理解していないのね。まあいいわ。魔界図書館の利用者になったんだし、特別に見せてあげる」
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