4冊目 『不死鳥の飼いかた全集』 その8
里音が目を丸くしたのも無理ありません。美緒が花子のほおをふにふにとさわっていたのですから。花子はくすぐったそうな、それでいて気持ちよさそうな顔をしています。
「ちょっとあんた、なにやってんのよ! ていうかどうして花子にさわれるの? ゆうれいだからさわれないんじゃ」
「たぶんだけど、ひゃっ、くすぐったいよぉ。たぶん、わたしがとりついてたから、だからたましいが近くなってるからよ。やんっ、だめ、そこは弱いのよぉ」
「やわらかーい! ああ、里音ちゃんのほっぺもやわらかかったけど、花子ちゃんのほっぺはすべすべで冷たくって、でもやっぱりやわらかくって、わらびもちみたいだわ」
「わらびもちじゃないから、食べちゃダメだよぉ、あんっ!」
わなわなとこぶしをふるわす里音とは対照的に、俊介は二人にくぎづけになっていました。ごくりとつばを飲みこみ、血走った目で二人のすがたを目に焼きつけています。思わず里音がさけびました。
「二人ともダメ! 変態が見てるわよ!」
「えっ、変態? わっ、あんたその顔なによ! なにそんないやらしい目でわたしたちを見てるのよ!」
花子が悲鳴を上げたので、俊介もハッとわれに返りました。
「あ、いや、これはその……」
しどろもどろになる俊介に、花子が怒りを爆発させました!
「このド変態が! あんた、美緒ちゃんのパンツだけじゃ飽き足らず、今度はわたしたちがじゃれあうとこまで見るなんて! 変態、ド変態!」
「えっ、パンツ?」
美緒がまゆをつりあげました。花子があちゃーといった顔をしていますが、俊介にとってはたまったもんじゃありません。頭が取れんばかりに首を横にふります。
「違う違う違う、パンツ見たりしてないよ、美緒ちゃん! ホントだよ、ぼくそんなひどいことしないから!」
「じゃあ美緒ちゃんのパンツ何色だった?」
「何色って、お前そんなひっかけようったってそうはいかないぞ! どうせぼくがピンクでしたっていって、それでなんでわたしのパンツの色知ってるのよとかいわせようと思ってんだろ! その手に乗るか! ぼくは見てないんだから!」
早口でまくし立てる俊介を、美緒が能面のような顔で見ています。
「え……美緒ちゃん? いやいや、ホントだよ、だってホントに見てないもん。ぼくを信じて!」
「どうしてわたしのパンツの色が、ピンクだって知ってるの?」
「あっ!」
急いで口をおおう俊介でしたが、完全に遅すぎたようです。美緒はまったく表情を失った顔で、ずんずん俊介に近づいてきます。
「違うんだよ、美緒ちゃん、あれは事故というか、その、ぼくも見ようと思って見ちゃったわけじゃなくて、たまたま目に入ったっていうか、その」
「じゃあだめじゃん。だって見たって認めちゃったし」
花子の言葉のあとに、パァンッという破裂音が空にひびきわたりました。ほおを真っ赤にして、へたりこむ俊介に背を向けて、美緒が里音に向き直りました。
「なんというか、あんた、災難だったわね」
「別にもういいわ。あんな人はほっといて、話を続けてちょうだい」
さすがの里音も、ちょっと気の毒そうに俊介を見ましたが、すぐに真顔になって話を再開しました。
「えーっと、どこまで話したんだっけ? あ、そうか、花子を紹介しただけだったわね。その子は花子。魔界図書館の一冊、『トイレの花子さんの生態』っていう本に封印されている、ゆうれいよ」
「本に封印? どういうこと?」
里音はひとまず、魔界図書館の本について説明することにしました。魔界図書館が魔力を持った本であることを。そしてその本が何冊か、人間界にまぎれこんでしまい、それを探して封印するのが里音の仕事だということも。
「だからあんな不思議な、それこそ魔法使いみたいなことができたのね。すごいわ、まだこんな小さいのに、魔界図書館の本を全部使いこなせて、しかも司書だなんて」
「あのねぇ、『まだこんな小さいのに』は余計よ。それにいったでしょ、わたしは優に百歳は越えてるんだから。だからあんたなんかよりはるかに年上なのよ。もっと敬いなさい」
「でも、百歳を超えたところで、吸血鬼の寿命でいえばぜーんぜん子供なんでしょ。美緒ちゃんが子ども扱いするのもちょっとわかるわ」
ちゃかすようにいう花子を、里音はキッとにらみつけました。
「うるさいわね、とにかくわたしは子ども扱いされるのがきらいなのよ! まあいいわ、それは。で、人間界にまぎれこんだ本の一冊が、あのアクマールの本だった」
「アクマールちゃんって、里音ちゃんたちをつけていったときに、変なお店の中にいた女の子でしょ。あの子もかわいかったなぁ。ねえ、魔界ってあんなふうにかわいい女の子がいっぱいいるのかしら?」
「知らないわよそんなこと。ていうかちゃんと真面目に聞きなさいよね。とにかくアクマールと戦って、で、まああんたの手助けも、ちょーっとだけだけどあって、わたしたちはアクマールを封印することができた」
「ちょっとどころか、美緒ちゃんの助けがなかったらわたしたちみんな、くしゃみ死にしてたと思うけど」
「うるさいうるさい! だから真面目に聞けっていってんじゃん! とにかく、アクマールは封印できたんだけど、あいつトラップをしかけていたのよ」
「それが悪魔の調味料ってやつよ。今美緒ちゃんにかけられていて、わたしが味見……じゃなかった、他の悪魔やゆうれいたちが寄ってこないように、見張っていたものよ」
ごまかすようにアハハと笑う花子を、里音がジト目で見ています。美緒が首をかしげてたずねました。
「ねえ、それでその悪魔の調味料って、いったいなんなの?」
「その名の通り、悪魔が使う調味料よ。悪魔やゆうれいってのは、人間のたましいを大の好物としているのよ。でも、その味には人によってばらつきがある。基本的には、恐怖を感じているたましいほどおいしいっていうけど、まあそれは置いておくわ。悪魔の調味料は、そのたましいに浸透するの」
「人間のたましいに悪魔の調味料がかかっちゃうと、とんでもなくおいしくなるのよね。ホント、フルコースもはだしで逃げ出すほどのおいしさよ。あぁ、幸せだったわねぇ……」
思い出し笑いする花子を、里音は不気味そうにながめています。美緒が続けて問いかけました。
「でも、たましいがおいしくなるだけなら、別に害はないんじゃないの? そりゃあ、自分のたましいがおいしくなってるって、なんかいやな感じだけど」
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