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4冊目 『不死鳥の飼いかた全集』 その1

「……というわけで、花音がこの町にいるのは間違いないと思うわ。逃げられたのはちょっと予想外だったけど、あの子のことだから、きっとすぐにちょっかいかけてくると思う。あの子ああ見えて、さびしがり屋のかまってちゃんだもん。だから見つけるのは時間の問題だわ、ママ」


 手に持ったコンパクトの鏡に向かって、里音は定期報告を行っていました。もちろん鏡には、里音のすがたは映っていません。鏡に映っているのは、里音の母親で魔界図書館の現館長の詩音です。すらっとした顔立ちに、里音や花音と同じ切れ長の目、それにこしまで届くほどに長い黒髪は、古風な美人という印象を与えます。そんな詩音が、いらだたし気に口を開いたので、里音はヒッと首をちぢめました。


「逃げられたのは事実でしょ? まんまとあの子の策略にかかって、ニセモノをつかまされた挙句に、一対一になったというのにのんきにおしゃべりしてて、それで逃げられるなんて。どうやらわたしの鍛えかたが足りなかったみたいだし、魔界に帰って修行しなおす?」


 針の山やら血の池地獄やらが、ドドドッと脳裏によみがえってきて、里音は頭が取れんばかりに首をふりました。詩音が冷ややかな声で続けます。


「修行しなおしたくないなら、今度こそ花音を捕まえることね。そうしないと今度は修行じゃなくて、あんたを処刑しなくちゃいけなくなるかもしれないわ」


 よよよと泣き出す詩音を、里音は信じられないといったおももちで凝視します。詩音はすぐに真顔に戻りました。


「冗談はさておき」


 ――あ、冗談だったんだ――


 詩音がコホンッとせきばらいしたので、里音はあわててコンパクトに集中します。詩音は話を続けました。


「冗談はさておき、本当にとんでもなく危なかったわよ。あんたと花音が人間界の学校をおばけ屋敷なんかにするもんだから、人間たちに記憶操作をする羽目になったじゃないの。魔界の住人は基本的に人間界には接触してはダメなのよ。それを破るのがどれほど危険なものか、あんたも花音も全くわかっちゃいないんだから。それで、あんたちゃんと記憶操作をしたでしょうね?」


 神妙な顔をして、里音はうなずきましたが、内心は冷や汗ものでした。里音は詩音から、おばけ屋敷を目撃したり、おばけ屋敷に入ってしまった人たちの記憶を操作するように命じられていたのです。『あれ、また夢オチか~夢オチ作家の診断カルテ~』という、人間の記憶を夢だと錯覚させる本を使ったのですが……。


 ――そりゃあ俊介は『トイレの花子さんの生態』を貸してるから、記憶操作できないのはわかるけど。まったく、あのバカ、美緒の記憶を消そうとするのさんざん邪魔するんだから。結局記憶消せなかったし。花子がいっしょだから下手なことはしないだろうけど、頭が痛いわ――


「……おん、里音! あんたちゃんと聞いてるんでしょうね!」


 詩音の雷が落ちて、里音はびくうっと直立不動でコンパクトに敬礼しました。詩音の頭を見ると、燃え盛る角が生えています。里音はひぃっと情けない悲鳴を上げました。


「本当に記憶操作をしたのかしら? まさかサボって、適当にやったんじゃないでしょうね?」


 角からバチバチと火花をはなちながら、詩音が里音をねめつけました。里音は壊れた人形のように、ブンブンッと激しく首を横にふります。


「そそ、そんなことありません! ママにいわれた通り、この町一帯の人間たちの記憶を『夢食い魔界バクの夢占い』でちゃんと調べました。『魔界のだ魔し絵本~本物どーれだ~』の効果でだまし絵の空間にいた人間たちも、ちゃんとつじつまを合わすために記憶を操作しましたし、全部ママのいいつけ通りに済ませてます」


 早口でまくし立てる里音を、鏡の中の詩音はまだけげんそうに見ていましたが、やがてうなずきました。


「まあいいわ。あんたがそういうなら、ちゃんとやったんでしょう。それはいいとして、とにかくまずは、残っている魔界図書館の本を探し出しなさい。最悪花音はそのあとでもいいわ」

「えっ? でも、魔界図書館の本より、花音のほうがやっかいじゃない?」


 花音を野放しにするなど、水泳プールに人食いザメを入れるようなものです。首をひねる里音に、詩音は声をひそめて答えました。


「そうしないといけない事情があるのよ。魔界図書館の本がそろってないとまずい理由が」

「それって、魔議会から誰か来るってこと?」


 図書館というだけあって、魔界図書館には利用者が来ることがあります。もちろん人間界の図書館のように、たくさんの人が来るわけではありませんが、それでもわずかながら利用者が来ることはあるのです。しかし、それ以上にやっかいなのが、魔議会による査察でした。


「そうよ。査察よ。しかも今回は、魔界の文部科学大臣が直々にやってくるそうよ。いつもは適当な小役人が来るから、うまいことワイロを渡して終わりだったんだけど」

「ワイロっていうか、ママが怖い顔で追い返してただけじゃない」

「なにかいったかしら?」


 とっても優しい声で、しかし角をバチバチいわせながら詩音がたずねます。里音は頭がもげるほどのスピードで首を横にふりました。


「とにかくそうやってしのいでたんだけど、さすがに魔界の文部科学大臣がやってくるなら、むげにはできないわ。形だけでも査察させることになるでしょうね」

「でも、魔界図書館は吸血鬼一族に代々管理が任されているのに、どうして査察しようとするのかしら」


 里音が首をかしげました。詩音は苦々しげな顔で答えます。


「そうね。でも魔議会にしてみれば、魔界中の書物がおさめられた魔界図書館は、いわば魔族全体の宝だって思っているのよ。だからわたしたち吸血鬼一族が管理しているのが気に食わないんでしょうね」

「じゃあ、査察っていうのももしかして」

「そうね。あなたの想像しているとおりだと思うわ。難癖付けて、あわよくば支配権を横取りしようって腹でしょうね。……だからこそ、本がそろっていないと大変なことになるのよ」


 詩音が再び怖い顔になりました。角からボワッと炎がふきでます。


「いい、里音。この際花音は無視してもいいわ。まずは魔界図書館の本を探し出すの。文部科学大臣が来る前に、なんとしても全部回収しなさい。わかったわね!」


 ブチンッという音がして、鏡が真っ黒になりました。通信が切られたのでしょう。詩音の恐ろしい形相を思い出して、里音は一人頭を抱えます。


「むちゃだよぉ、だって何冊外に出ていったかすらわかんないのに、魔界図書館の本を全部回収するなんて……。ああもう、どうすればいいの」


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