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1冊目 『トイレの花子さんの生態』 その3

「なにバカなこといってるのよ。さっさと魔界図書館に帰るわよ!」


 別の女の子の声とともに、花子の悲鳴が聞こえました。ビックリして俊介が目を開くと、そこには髪を引っぱられている花子と、見たこともない女の子が立っていました。小学一年生くらいでしょうか、だぼだぼの黒いエプロンドレスを着て、肩まで届く長い髪を紫色のヘアバンドで留めています。その子が背伸びをしてから、花子の半透明の髪をつかんで引っぱっているのです。花子がじたばたと暴れはじめました。


「離して、髪の毛つかまないでよ!」

「この、おとなしくしなさい、さっさと本に戻るのよ!」


 小さい子とは思えないような、乱暴な口調でエプロンドレスの女の子がどなりました。そして、がばっと大きく口を開いて、花子の二の腕にかみついたのです。かわいらしい口元に似合わない、長くするどい八重歯が見えました。


「わわっ!」


 思わず声をあげる俊介を無視して、女の子は花子にかみついて離れません。そのうちに、俊介は妙なことに気がつきました。


 ――花子のからだ、半透明だったのが、どんどんうすくなっていく――


 花子はかすれ声でうめいていましたが、やがてそれも聞こえなくなり、ついにはその場から消えてなくなってしまったのです。あっけに取られている俊介のことはまったく気にせず、女の子は花子が出てきた、あの黒い背表紙の本を手に取りました。


「えっ、わっ!」


 女の子はなんと、本の背表紙にキスしたのです。俊介はどぎまぎしてしまい、あわてて顔をそむけました。けれども目だけは、女の子にくぎづけになっています。女の子にキスされた本は、黒いもやにつつまれていきました。よく見ると、真っ黒に塗りつぶされていたはずの背表紙に、赤い文字でなにか文字が浮かびあがってきたのです。


 ――なんだ、あれ。『トイレの花子さんの生態』って書いてある――


「ようやく一冊目ね。それにしても、あんた、災難だったわね」


 背の低い女の子が、俊介になれなれしく話しかけてきます。俊介はなにがなんだかわからない様子で、女の子と黒い背表紙の本を交互に見ています。


「わたし、里音っていうの。それにしても、聞いてくれる? あんたも災難だったかもしれないけど、わたしはもっと災難だったわ。まぁ、あんたに話してもどうにもならないけど、花音が、あ、わたしの妹なんだけど、その子が人間界に逃げ出してから、本当に地獄のような日々だったのよ。ママからはこってりしぼられるし。あっ、人間たちがいうような、比喩じゃないからね。わたしもママも吸血鬼だから、それだけおしおきは恐ろしげなの。ママに足と頭をつかまれて、ぎゅぎゅーってしぼられるの、たまったもんじゃないわ」

「へ、へぇ……」


 里音がまくし立てるのを、俊介はただただだまって聞いているだけでした。身長は俊介の胸のあたりまでしかないのに、すごい迫力です。里音のぐちはまだまだ続きます。


「とにかくようやくママから解放されたと思ったら、今度は修行の嵐だったのよ。あれはもう、修行という名の虐待だわ。針の山で腕立て腹筋とか、血の池地獄でバタフライとか、子供をいったいなんだと思ってるのよ」

「それは、すごいね……。でも、いったいなんの修行をしてたの?」


 聞いたあとに里音の顔を見て、俊介はしまったと口をふさぎました。質問されたのがうれしかったのか、里音のおしゃべりに、さらに拍車がかかります。


「そうそう、それなんだけどね。オニババ、あっ、ちがった、ママが、自分がした不始末は自分でなんとかしなさいっていうのよ。つまりわたしも人間界に行って、逃げた花音をつかまえろって。でも、そのままじゃまた花音に逃げられるだろうから、修行して魔力を高めてから行けって。それにしたって、やりすぎだわ」


 ふうっと大きく息をはいて、里音は肩をすくめました。ようやく話がとぎれたので、俊介は一番の疑問を里音に投げかけました。


「ところで、君はいったい何者なの? 吸血鬼とかいってたけど、本物じゃないよね、うそだよね?」


 俊介の質問に、里音は目をぱちくりさせていましたが、やがて「あっ」と小さく息をもらしました。


「あんた、なんでわたしが吸血鬼だって知ってるのよ」

「ええっ? いやいや、だって自分でいってたじゃないか! というか、やっぱり本当に吸血鬼だったの?」


 おびえきった目をする俊介でしたが、それは里音も同じでした。ぶるぶるふるえながら、頭をかかえてしまいました。


「どうしよう、どうしよう、ああ、どうしよう! わたしのバカバカ! 人間に吸血鬼だってばれたなんて、もしママに知られたら……。ああ、わたし、今度こそママに殺されちゃうわ!」


 そのすがたはまるで、いたずらが見つかっておびえている小さな女の子そのものでした。どう見ても、おどろおどろしい吸血鬼には見えません。俊介は少し怖さがやわらいだ気がしました。


「いや、吸血鬼って死なないんじゃなかったっけ。お話とかに出てくる吸血鬼も、みんな不死身の怪物だって話じゃないか」


 冷静につっこむ俊介を、里音はキッとにらみつけました。


「そうだわ、まだ間に合うわ。あんたから記憶を吸い出せば、そうすれば全部なかったことになるじゃない」


 じりっ、じりっと、里音がしのびよってきました。俊介は思わずあとずさりします。


「ちょっと、ちょっと待ってよ! なんだよその、記憶を吸い出すって。吸血鬼が吸い出すのは、血だろう? そりゃあ、血だって吸い出されたくないけど」

「なにいってんの? あっ、そうか、あんたは知らないのね。わたしたち魔界図書館の吸血鬼一族は、みんな血の代わりに、記憶や感情を吸い取るのよ。それで、吸い取った記憶や感情を本に封印して、その本を他の魔界の住人に貸し出してるってわけ。まあ、別に知ってても知らなくてもいいわ。今からあんたの記憶を吸うから、どうせなにもかも忘れちゃうんだし」


 ぺろりと舌なめずりをして、里音が俊介に飛びかかりました。


「うわっ、来るなぁ!」


 俊介は里音を突き飛ばそうとしますが、里音はひらりとかわして、俊介の背後に回りこみました。俊介のからだにしがみつくと、ふふっと笑みをこぼしました。


「それじゃ、いただきまーす!」


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