3冊目 『悪魔も怖がる魔界のおばけ屋敷』 その18 ~里音VS花音④~
「でも、それならいったいいつ? お姉ちゃんは、いったいどのタイミングで『魔界カメレオンの冒険』を開いたのよ」
ついに里音は、アハハと笑いだしてしまいました。花音が怒りに任せて、おりを思いっきりたたきます。
「答えなさいよ! いったいどのタイミングで魔界カメレオンと入れ替わったのよ!」
「あんた最初に、自分でいってたじゃない。へろへろのわたしが、あんたに追いつけるはずがないって。まさか花音、あんたホントに信じ込んでたの? わたしがあんたに、追いつけるはずがないって気がついてないって」
「えっ?」
目をぱちくりさせる花音に、里音ははぁっとため息まじりに続けました。
「へろへろのわたしをチラチラ見ながら、引き離さずに走ってたら、誰だってなにかあるって疑うでしょ。だからあんたが目を離したすきに、『魔界カメレオンの冒険』を開いたのよ。つまりあんたの質問に対する答えは、『家庭科室に入る前に魔界カメレオンと入れ替わっていた』よ」
へへんと胸を張る里音を、花音はじっと見おろしていましたが、やがてふーっと大きく息をはきました。
「あちゃー、やられたわね。さすがお姉ちゃん。まさかお姉ちゃんが、あたしと同じこと考えるなんて。やっぱり姉妹ね」
里音がいぶかしげに花音を見あげました。
「同じこと? なにそれ、どういうことよ」
ぺろっと舌を出す花音を、里音がきつい口調で問いただします。対照的に花音は、へらへら笑いを浮かべて余裕そうです。里音はだんだんと腹が立ってきたようで、いきり立ってどなりました。
「どういうことか聞いてるじゃない! あんたつかまってるのに、どうしてそんなエラそうにしてるのよ」
「どういうこと? どういうことって……こういうこと!」
ボンッという間の抜けた音とともに、花音のすがたがけむりとなって消えたのです。里音は目をむきました。
「なっ! え、どうして?」
しかし驚いているひまはありませんでした。ガタガタガタッと、再びミシンが動き始めたのです。ふたがパカッと開き、またもや銃口が現れました。しかし今度は様子がおかしいです。
「まさかっ!」
ミシンがブルブルッとふるえはじめたのです。里音は開いていた二冊をすぐに閉じて、魔界カメレオンが変身しているところへかけよろうとします。しかしそれよりも早く、家庭科室中のミシンが一気に爆発したのです。里音は目にもとまらぬ速さで新たな本を開きました。そのとたん、爆風がぴたりと止まったのです。
「うっ、重い……」
里音が開いたのは、とんでもなく分厚い本でした。表紙には『時の魔術師テンポラルの時間研究』と書かれています。その分厚さは、さっきのミシンと同じくらいの幅です。開いてもその厚さなので、閉じたらその倍の厚さがあるでしょう。里音はその本を抱えながら、よろよろと魔界カメレオンに近づいていきます。
「重……い……。でも、落とすと……」
必死で抱えたまま、なんとか机の端までやってきました。花音にタッチするために机の上にのぼっていたのですが、背が低い里音にとっては、降りるのも一苦労です。しかも今は、とんでもなく分厚く、重い本を抱えているのですから。里音は机のふちに腰かけ、ずりずりとすべって降りようとしました。
「わわ……わっ!」
落ちるときにバランスを崩して、思わず里音は本を取り落としてしまいました。そのとたん、さっきまで完全に止まっていた世界が動き出し、爆風が一瞬で迫ってきたのです。
「うわっ!」
里音は間一髪で『時の魔術師テンポラルの時間研究』を地面から持ち上げました。爆風が目と鼻の先で止まります。一息ついてよく見ると、けむりのなかに大量の針が混ざっていました。里音の顔が青ざめます。
「花音のバカ、こんなの罰ゲームじゃすまないわよ! 冗談じゃないわ、わたしを殺すつもりなの?」
ぷるぷると重さでからだをふるわせながらも、里音は文字通り必死になって本を抱えます。そのままよちよちと進んでいき、なんとか魔界カメレオンのすぐそばまでやってきました。
「ここまで、くれば……」
魔界カメレオンのすがたに、肩でふれます。そのとたん、里音のすがたをしていた魔界カメレオンが、ポンッと音を立てて『魔界カメレオンの冒険』に戻ったのです。
「あとは……」
最後の力をふりしぼって、里音は『時の魔術師テンポラルの時間研究』から手をはなしました。『時の魔術師テンポラルの時間研究』が地面に落ちるよりも早く、里音は『魔界カメレオンの冒険』を開きます。時間が再び動き出し、爆風が里音を吹き飛ばそうとします。
――どうやら間に合ったようね――
タッチの差で魔界ミスリルとなった里音は、爆風でもみくちゃにされながらも、全くダメージを受けることがありませんでした。大量の針をはじき返し、爆風が収まってから、ようやく里音は『魔界カメレオンの冒険』を閉じ、もとのからだへ戻りました。
「ホントになに考えてるのよ、花音のやつ。あのバカの罰ゲームって、完全にあのバカ基準で作られてるから、わたしなんかが受けたら死んじゃうっての」
ぱたぱたとエプロンドレスについたほこりを払い、里音はうーんっと伸びをしました。家庭科室は、もはや原型をとどめていませんでした。机は吹き飛び、床もえぐれています。窓はもちろん全部砕けて、壁も穴だらけになっています。里音は笑うしかありませんでした。
「それにしても、まさかあいつもニセモノだったなんて、思いもしなかったわ。あ、でもそういえば、あいつが『血まみれのドレスを着ている限り新しい術は使えない』っていってたんだった。新しい術は使えなくても、すでにかけられた術は消えない。あの花音がそんな策を練ってくるなんて」
肩がズキッと痛んで、里音は顔をしかめました。
「いたた、『時の魔術師テンポラルの時間研究』をずっと持ってたから、肩を痛めちゃったんだわ。時間を止めるとんでもない魔力を持っている代償に、地面から離していないと時間を止められないなんて、使いづらいっらありゃしないわ。書いてることもちんぷんかんぷんだし。テンポラルも、もっと使いやすい本を書いてくれたらいいのに」
ぐちぐちと不満をはきだす里音でしたが、遠くで悲鳴が聞こえてきたので、急いで顔をあげました。聞き間違いでなければ、今のは俊介の悲鳴です。里音は歯がみしてつぶやきました。
「あのバカ、さてはなにかヘマうったわね。今行くから、待ってなさいよ」
里音はだぼだぼのエプロンドレスをパタパタさせて、悲鳴が聞こえたほうへ走っていくのでした。




