3冊目 『悪魔も怖がる魔界のおばけ屋敷』 その17 ~里音VS花音③~
完全に挑発に乗ってしまい、里音は手をふりまわしながら花音を捕まえようとします。花音は楽しそうに踊りながら、里音の手をよけ続けます。手を伸ばしてはひょいっとかわし、手を伸ばしてはくるくるっと別のミシンへ飛びうつるのです。どう考えても花音のほうが動き回っているはずなのに、里音のほうがどんどん息が上がっていきます。
「お姉ちゃんったら、ホントに運動音痴で体力ないわねぇ。魔界図書館の本に頼りっぱなしだからいけないんだよ」
「うる、さい、わねぇ……。はぁ、はぁ、あんたが、体力バカ、な、だけよ、はぁ、はぁ、んはぁ……」
ついに里音は、疲れきってしまったのか、その場にぐったりとすわりこんでしまいました。砂時計の砂を見ると、まだ半分も落ちていません。あきれたように花音が肩を上げました。
「まさかここまで体力ないとは、さすがのあたしも予想してなかったわ。っていうか、まだ全然砂落ちてないじゃないの。ほら、お姉ちゃん、だらしがないよ。早く起きて、まだまだ遊びたんないよ」
ですが、もはや里音には立ちあがる気力もないのでしょうか。その場にへたりこんだまま、ひぃひぃと荒い息を整えるのがやっとのようです。花音は心配そうに里音をのぞきこみます。
「ありゃりゃ、こりゃあ疲れてるふりとかじゃなくて、ホントにばてちゃってるね。お姉ちゃん、こんなすぐくたびれちゃってたら、砂時計の砂がいくらあっても足りないと思うよ。さ、早く起きあがって、もっともっと遊びましょ」
花音がはやし立てますが、それでも里音はぐったりしています。花音はつまんなさそうに伸びをしました。
「あーあ、お姉ちゃんったら、面白くないの。まあいいわ。じゃあお姉ちゃんが罰ゲーム受けるまで、あたしも休憩しておくから」
「どうかしら、罰ゲームを受けるのはあんたのほうよ」
ぐったりしている里音からではなく、なぜかうしろのほうから声がしました。ハッと花音がうしろをふりかえりますが、誰もいません。と、いきなり花音に、ミシンがいっせいに針を発射したのです。突然のことに花音は目を見開きましたが、両手両足にあの黒い光を集中させて、針をうまくはじいていきます。はじきながら、しゃがみこんでいる里音にどなりました。
「お姉ちゃん、なにをしたの! どうせまたずるしてあたしをハメたんでしょ! どうしてあたしが罰ゲームを受けることになるのよ」
しかし里音はなにも答えません。吹雪のように吹きつける針がようやくやんで、花音がくるりっと宙返りして着地しました。そのとたん、花音の周囲を銀色の格子がとりかこみました。いきなりのことで、花音は全く反応できません。おりに囲まれた花音は、銀色の格子を足で思い切りけとばしました。
「いったぁっ!」
花音の足は、黒い光を帯びていたのに、銀色の格子はびくともしませんでした。逆にぶつけたむこうずねを押さえて、痛みにうめきます。
「さすがのあんたも、魔界ミスリルでできたおりは壊せないようね。『愛しのあの人を(物理的に)つかまえちゃおう』は、片思いのあの人といっしょにいるための、魔界流恋愛ハウツー本よ。……って、魔界図書館中の本を読んだっていうあんたなら、当然こんなことは知りつくしているでしょう。もちろん、このおりからは脱出できないってことも」
「お姉ちゃん、どんな手品を使ったのよ! それに、『愛しのあの人を(物理的に)つかまえちゃおう』って、魔界図書館の本は使えないはずなのに、どんなずるを使ったのよ!」
花音がしゃがみこんでいる里音を問いただします。しかし、里音の声は花音のうしろから聞こえてきたのです。
「誰に話しかけてんのよ。あんたと鬼ごっこしてるのはわたしでしょう」
再びふりかえると、おりの外、すぐうしろに里音が立っていました。花音が里音につかみかかろうとしますが、おりが稲光をまとって、花音の手をはじきます。顔をしかめて、花音は里音を見おろしました。
「その手に持ってるの、『愛しのあの人を(物理的に)つかまえちゃおう』だけじゃないわね。その本は……なるほど」
花音は一人でうなずきました。里音が持っているもう一冊、ルーペをにぎったのっぺらぼうが描かれている本を指さします。
「『あれ、あんたいたの~存在感ゼロの奈々氏の事件簿~』を使ったのね。存在感が全くなくて、読者にすら気づかれない探偵、奈々ちゃんのミステリーものだわ。それを開いて手に持っていれば、その人の存在感もゼロになる。それを使って透明になったわけね」
「さすが花音ね。表紙を見ただけでなんの本か、そしてどんな効果を持っているのかまでわかるなんて。すごいわねぇ」
あおるような口調で里音が花音をほめました。花音はキッと里音をにらみつけます。
「でもおかしいわ、どうしてお姉ちゃんは魔界図書館の本を使えたのよ。血まみれのドレスを着ているから、本は使えないはずなのに。それに、もし使えたとしても、司書見習いは二冊しか本は使えないわ。その二冊を使っているなら、もうお姉ちゃんは本を使えないでしょ。本を使わないであたしにタッチすることなんてできないはずよ。いったいどんなずる技を使ったのよ?」
里音は勝ち誇ったように笑って、花音を見あげました。
「前にあんたに説明したでしょ。自立型書籍は司書見習いの冊数限界にはカウントされないって。つまりわたしは、この二冊以外にもう一冊、自立型書籍を使っているのよ」
「自立型書籍を? でも、いったいなにを召喚したのよ、魔界のやつらなんてどこにも見当たらないじゃない」
あたりをきょろきょろしたあと、花音はハッと、うずくまっている里音をにらみつけました。
「まさか、こいつ!」
里音はにやりと、八重歯をむき出しにして笑いました。
「そうよ、これはわたしのすがたをした魔界カメレオンよ。『魔界カメレオンの冒険』は自立型書籍なの。わたしのすがたをコピーして、わたしのようにふるまわせたの。それに気づかずに、あんたがわたしのニセモノと遊んでるあいだに、わたしはあんたのうしろにまわりこんだのよ」
花音が眉間にしわをよせました。里音と同じ切れ長の目をさらに細めます。
「あとはあんたが油断したときにタッチして、あんたに罰ゲームを受けさせる。ホントは罰ゲームでダメージを受けたあんたをとらえて、そのあと治療してあげる予定だったんだけど、まさか完全に針の嵐を防ぐなんて、予想以上だったわ。まあ、どっちにしてもつかまえたから関係ないけどね」
「待ってよ、まだ肝心なことを聞いてないわ。血まみれのドレスを着てるのに、どうして魔界図書館の本を使えたの? ドレスを着てる状態なら、たとえ自立型書籍でも使うことはできない……って、あ、そうか!」
細めていた目を、花音は大きく見開きました。里音は首をこっくりします。
「そう、その血まみれのドレスは、新しく術をかけることはできない。あんたそういってたでしょ。ってことは、すでにかかっている術が外れることはない」
「つまり、針をよけるときに『魔界カメレオンの冒険』を開いたんじゃなくて」
「そうよ、最初に針がわたしに飛んできたときよりももっと前に、『魔界カメレオンの冒険』は発動していたの。あれはわたしじゃなくて魔界カメレオンだったわけ」
里音はふふんと得意そうに笑いました。
「だから、改めて本を開かなくても、魔界カメレオンは自在にからだを変化させることができる。ミシンの針がおそってきたときにからだを魔界ミスリルにすることも、自分のからだを変化させるわけだから簡単にできるわ。もちろんあのとき出現させた『魔界カメレオンの冒険』も、本を出したわけじゃなくて、魔界カメレオンの一部を本のすがたに変化させただけ。だから閉じても『魔界カメレオンの冒険』は解除されなかったのよ」




