3冊目 『悪魔も怖がる魔界のおばけ屋敷』 その14
俊介はまゆをつりあげました。声に出さないように注意しながら、花子にテレパシーを送ります。
――大変なこと? いったいなにが起きるんだよ。そもそも使いかたを間違えるって、どんな使いかたをしたら大変なことになるのさ――
『あんたがさっきしたような、考えなしになんでもかんでも封印するのが、間違った使いかたよ。白紙の本にはページの容量が決まっているの。開かないように注意して、ページの紙をよく見てみなさいよ』
俊介は無言で、白紙の本のページを指でさわりました。閉じたまま紙を調べると、半分ぐらいが赤く染まっていました。
――真っ白だったはずなのに、今はなんだか赤くなってるよ――
『でしょう。それはつまり、白紙の本の容量が半分ぐらいうまってしまったことを意味するわ。使えるのは、あと半分ぐらいのページね』
――そうか、だからあのとき、早く閉じろっていったんだ。あんなでかいテーブルを吸ったら、そりゃあ容量もパンクしちゃうよね――
『別に吸いこむ物体の大きさは関係ないわ。関係があるのは吸いこむものの魔力や妖力だもん。だから、ものすごい強い魔力を持つ相手なら、吸いこんだ瞬間に白紙の本が燃えあがっちゃうわ。逆に魔力がないものを吸いこんだって、そこまでページは消費しないのよ』
――でも、それじゃあさっきのテーブルはなんだったんだよ――
『そっか、じゃあやっぱり気づいてなかったんだ。テーブルを吸いこもうとしたとき、白紙の本がどんどん赤く染まっていったの、気づかなかった? 予想だけど、あのテーブル生きてたんだと思うわ』
――生きてた? テーブルが? あ、でもそういえば――
俊介は、白紙の本がテーブルを吸いこむときに、テーブルが吠えるようなさけび声をあげていたのを思い出しました。ぞっとして身震いする俊介に、花子が説明を続けました。
『そう。だから止めたのよ。きっと魔力でたましいを与えられていたんだわ。そんなやつを吸いこんだら、そりゃあページも一気に消費しちゃうわよ。そうやって無理をさせると、本が熱を持って燃えちゃうこともあるのよ。なんていったって、紙なんだから。炎には弱いわ』
――そういえばさ、そうやって熱を持ったり、ページの容量がオーバーしちゃったらどうなるんだ? まさか、本がいきなり燃え出すんじゃ――
『それだけならいいけどね。容量がオーバーしたら、白紙の本に封じていたものが全部本の外に飛び出すのよ』
あわてて口を押さえたから、俊介は悲鳴を上げないでこらえることができました。美緒がちらりと俊介に目を向けます。怪しまれないように平静をよそおって、花子にテレパシーを送りました。
――うそだろ、じゃあさっきの人体模型とか、あの白衣の男とかも出てくるのか――
『そりゃそうよ。だからいったじゃない。使いかたに気をつけなさいって。あんな無計画にバンバンページ使ってたら、すぐに容量オーバーしちゃうわよ。だから、もしまた化け物が出てきたら、逃げられるんだったらちゃんと逃げて、どうしてもまずいってときだけ白紙の本を使いなさい。白紙の本が容量オーバーになったとたんに、あんたたちもみんなゲームオーバーなんだから』
俊介はじっと、半分赤く染まった白紙の本を見つめました。美緒が心配そうに俊介をのぞきこみます。
「どうしたの、俊介君。もしかしてまた、その本が熱くなったの?」
「あ、いや、違うよ、大丈夫。心配しないで、ちゃんとこの子たちも、もちろん美緒ちゃんだって、ぼくが守るから」
ぱっちりした目で、驚いたように俊介を見ていましたが、やがて美緒はほほえみました。サイドポニーの髪をゆっくりなでつけながら、頼もしそうに俊介を見ます。
「ありがとう、俊介君。本当はわたしも、怖くてたまらなかったの。だっていきなりこんな世界に巻きこまれたんだもん。でも、もしわたしが怖がったら、この子たちはもっと怖がるからって、そうやってずっとこらえてたの。でも」
美緒がゆっくりと俊介のそばに近寄りました。となりに立つと、ふわりとシャンプーのにおいが鼻をくすぐります。どぎまぎする俊介に、美緒はいたずらっぽく笑いました。
「でも、俊介君がいっしょだったら、なんだかどんな怖い化け物が出てきても、なんとかなりそうな気がするわ。今日の俊介君、なんだかいつもと違うもの。怖がりなはずなのに、すごく頼りになりそうで……」
「美緒ちゃん……」
二人の距離が、さっきよりもだんだんと近づいていきます。お互いの息づかいはもちろん、ともすれば心臓の鼓動すら聞こえてきそうです。ぱっちりした目と、ぷるんとしたくちびるに見とれる俊介に、花子がテレパシーでツッコみました。
『ちょっとちょっと、そんなことしてる場合じゃないわよ、さっきから聞こえないの? なんかピアノの音が聞こえてくるでしょ』
――うるさいな、今いいところなんだ、だまっててよ――
『いやいや、だまっててよじゃないわよ、ピアノの音と、ドスドスって足音みたいな音まで聞こえてくるじゃん。やばいって、これ。子供たちもおびえて泣きそうになってるじゃないの』
――もう、うっとおしいなぁ。あ、わかった。花子、お前ぼくがモテるから嫉妬してるんだろ――
とんちんかんなことをいう俊介に、花子はどすの利いた声で怒りをぶつけました。
『あ? なんつった、今? あんたらのことを心配していってんのに、そんなこというんだ。あっそう。どうやらあんた、わたしにとりつかれたいみたいね』
「わぁっ!」
突然俊介が大声を上げたので、美緒がびくっとからだを固くしました。
「どうしたの、俊介君。びっくりした、驚かさないでよ」
「あ、いや、その……そうだ、ピアノ、ピアノの音が」
俊介は必死でなんとかごまかします。美緒は眉をひそめていましたが、やがて小さくうなずきました。
「ホントだ、聞こえる。それになにかしら、このドスンドスンって音は。まさか、なにかの足音なの?」
ピアノの音とともに、ドスドスという足音が大きくなっていきます。子供たちが泣き出しそうな顔で、美緒と俊介にしがみつきます。ただ、あの赤毛の男の子だけが、にやにやと不気味な笑いを浮かべています。俊介は油断なく理科室全体に視線をはわせますが、唐突に理科室のとびらがガシャーンっと吹き飛んだのです。
「ギャアァァァッ!」
子供たちの悲鳴をかき消すように、耳障りなピアノの音が、ババババーンッと響きます。とびらだけでなく、壁もバキガキッと砕いて、巨大なグランドピアノが現れました。大屋根の部分がバクバクッと、まるで口のように開閉しています。というよりもそれは完全な口で、ギザギザになった歯がびっしりとついていたのです。
「来るなっ、こっちに来るな!」
俊介の言葉はもちろん無視して、グランドピアノはめちゃくちゃな音をかなでながら、一気に飛びかかってきたのです。俊介は思わず白紙の本を開きました。グランドピアノが白紙の本に吸いこまれ、ババババーンッ、ダダダダーンッと、めちゃくちゃな音を響かせます。もう限界だったのでしょうか、グランドピアノによって壊された壁の穴から、赤毛の男の子がさけびながら外に出ていきます。美緒がはじかれたようにあとを追います。
「あっ、待って! 今外に出たら危ないわ!」
「美緒ちゃん! くそっ、早く吸いこまれろ!」
グランドピアノは抵抗するかのように、大屋根の口を思いっきり開いてもがきます。美緒のあとを追って、他の子たちも外へ出ていきます。ようやくグランドピアノを吸いこみ、俊介もそのあとを追いました。




