3冊目 『悪魔も怖がる魔界のおばけ屋敷』 その4
舌でべとべとにされた三人は、ドスンっと床に叩き落されました。うめきながらあたりを見わたすと、どうやらここは学校のろうかのようです。外からはわかりませんでしたが、城の中は学校と同じ作りになっているのでしょう。だ液まみれになったからだを、三人はハンカチでふきとっていきました。
「まったく、いきなりとんだ災難だったわね。でもまあ、好都合だわ。どっちにしても城に入らないと、花音を捕まえることができないんだから」
「ねえ、さっきからいってる『花音』って誰なの? 里音ちゃんのお友達なの?」
いぶかしげにたずねる美緒に、里音はそっけなく答えました。
「妹よ。このめちゃくちゃな現象は、きっとそいつが原因なの。ていうかわたしが人間界に来ることになった原因も花音にあるのよ。まったく、とんだ疫病神だわ」
しかし美緒は、里音の話をまったく聞いていない様子で、なぜか口元をによによさせています。里音はあきれ顔で聞きました。
「なんて顔してるのよ、あんたは。いったい今の話のどこに、そんな顔をする要素があったのよ」
「だって、里音ちゃんの妹なんでしょ。里音ちゃんもこんなに小さくてかわいいんだから、妹さんなんてもっともっとかわいいはずじゃない! ねえ、妹さんはほっぺさわっても怒らないかしら?」
「怒るに決まってるでしょ。ていうかほっぺから離れてよ。それに花音はわたしよりも背が高いし、お子ちゃまって感じじゃないわよ。そう、わたしは妹よりも背が低い……」
自分でいって自分で落ちこむ里音を、美緒があわててなぐさめました。
「大丈夫よ、妹さんの背が高いなら、里音ちゃんだってすぐに大きくなるわ」
「同情はいらないわよ。それに、なになれなれしくしてるのよ。ほら、離れなさいよ!」
寄ってくる美緒をぐいっと押しのけたところに、だれかがどしんっとぶつかりました。里音はふっとばされて、思いっきり床と顔面でキスしてしまったのです。からだをわなわなとふるわせて、ウガーッと大声をあげて起き上がりました。
「誰よ、わたしを突き飛ばしたのは? 絶対許さないからね!」
里音にぶつかったのは、低学年らしき男の子でした。目を真っ赤に血走らせて、ほおは涙でぐしょぐしょにぬれています。里音にわめきちらされて、男の子はびくっと固まってしまいました。しかし次の瞬間、のどがはりさけんばかりに泣きさけんだのです。
「ウワァァンッ! 怖い、怖いよぉ!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のまま、男の子は美緒に抱きつきました。美緒は男の子をしっかり抱きしめて、ゆっくり、ゆっくり、背中をなでてあげます。あれほど泣きさけんでいた男の子が、じょじょに落ち着いていくのが目に見えてわかりました。
「美緒ちゃん、すごい」
俊介にいわれて、美緒は照れくさそうにほほえみました。男の子の背中をぽんぽんっと軽くたたくと、男の子はそろそろと顔をあげました。おびえたように目をうるませていますが、どうやら涙は止まったようです。美緒が綿のようにやわらかな口調で男の子をなだめます。
「怖かったでしょ、もう大丈夫よ。お姉ちゃんたちがいっしょにいるからね」
「う、うん。ありが……」
男の子の顔が恐怖に引きつりました。美緒のうしろにくぎ付けになって、ガチガチと歯を鳴らしています。俊介たちも男の子が凝視しているほうを見て、うげっと変な悲鳴をあげてしまいました。
「なにあれ、え、人体模型?」
そこにいたのは、半身が裸でもう半身が筋肉と内臓がむき出しになった人体模型だったのです。しかもろうかをうめつくすほど大量にいます。まったく表情のない顔で、人体模型たちはいっせいに俊介をふりかえりました。のろのろとですが、全員がこっちへ近づいてきます。
「なんで人体模型が? しかもあんなに! うちの学校、理科室にあんな不気味な人体模型置いてないのに」
「そんなのどうだっていいわよ。現におそってきてるんだから。早く逃げるわよ!」
里音に耳を引っぱられそうになったので、俊介は慌てて頭をふりました。急いで美緒の手をつかもうとしますが、美緒は代わりに男の子の手を俊介ににぎらせました。
「俊介君、その子をせおってあげて!」
男の子はガタガタふるえて、うまく立てないようでした。俊介はうなずき、男の子をぐいっとせおいました。低学年とはいえ、けっこうな重さです。それでもなんとかおんぶすると、人体模型たちに背を向け逃げ出しました。
「とにかく距離をとって、体制を立て直してから本を……って、うわっ!」
階段の手前で、里音が変な声を出してあとずさりました。階段からわらわらと、包帯を全身に巻いたミイラ男がおりてきたのです。こっちも大量にいます。前はミイラ男、うしろは人体模型に囲まれてしまったのです。
「こりゃあ、出し惜しみしてる場合じゃないわね。いいわ、魔界図書館の司書の力、存分に味わいなさい!」
里音の右手に、黒い背表紙の本が出現しました。背表紙には赤い文字で、『アクマールちゃんのジ・ゴ・クッキング』と書かれています。このあいだ封印したアクマールの本でした。
「さ、アクマール、今度はわたしたちに力を貸しなさい!」
里音が本を開くとともに、真っ黒なメイド服を着たアクマールが現れました。黒いコックぼうに、今日は巨大なフライパンを持っています。アクマールは里音にちらりと視線を投げて、ふうっと肩をすくめました。
「まったく、こないだ封印したばかりなのに、もうあたしを呼び出すなんて。節操がないわね。いっとくけど、力は貸すけど悪魔の調味料はどうにもできないわよ。あたしだってどうやって取り除くか知らないんだから」
「無駄口たたいてるひまがあったら、早くなんとかしなさいよ!」
「はいはい、おおせの通りにしますわよ」
アクマールが持っていたフライパンを、ぶうんっと横なぎに振り払いました。そのとたん、人体模型にはナイフやフォークが大量に、ミイラ男たちにはあの黒い炎がおそいかかったのです。ナイフとフォークの嵐を受けた人体模型たちは、全身バラバラにされて砕けて消えていきました。ミイラ男たちは、黒い炎で一気に焦がされ、灰となって散っていきました。あっという間の出来事に、俊介たちはぽかんとしています。
「ま、ざっとこんなもんよ」
アクマールがふふんと笑って、得意げにピースしています。しかし、その顔を美緒が、目をまんまるにして見つめています。
いつもお読みくださいましてありがとうございます。
本日はこのあと夕方ごろにもう1話投稿予定です。




