3冊目 『悪魔も怖がる魔界のおばけ屋敷』 その2
声を出しそうになって、俊介はあわてて口をふさぎました。さいわいなことに美緒は里音のほうを見ていたので、気がついていません。俊介はテレパシーに集中しました。
――いったいどこで? 今度はどんな本なの――
『今回も学校よ。でも、おかしいのよね。今までは全然学校から波長を感じなかったのに、いきなり今日になって感じるようになったから。まるで誰かが学校に本を持ってきたみたいなのよ』
俊介は首をかしげました。誰かが本を持ってきたとしたら、いったいなんのために持ってきたのでしょうか。そもそもその人は、それが魔界の本だということに気がついていたのでしょうか。考えこむ俊介に、花子が続けていいました。
『それで、どんな本かなんだけど、それもあんまり感じられないのよね。まあ、『アクマールちゃんのジ・ゴ・クッキング』のときはたまたま波長がぴったり合っただけかもしれないし。ま、それは出たとこ勝負ってことにしましょう』
――そんな無責任な。まあ、戦うのは里音ちゃんだから、ぼくも無責任ってことは変わりないんだけどさ――
俊介はすまなそうにちらっと里音に目を向けました。里音は美緒にほっぺをさわられそうになって、必死に逃げ回っているところでした。
「なにやってんだよ、里音ちゃん。そんな走り回ると危ないよ」
「あんた、そんな悠長なこといってないで、さっさとこの女を止めなさいよ! ちょっと、だめだっていってるじゃん!」
さっきまでの上品なすがたはどこへやら、里音は完全に地の口調で美緒に悪態をついていました。
「もう、待ちなさいよ。小さい子がそんな乱暴な言葉づかいしたらだめでしょ」
「あんたと同い年だっていってんじゃない! ていうか、ホントはあんたよりずーっと年上なんだか……じゃない、とにかく追ってこないでよ!」
ばたばたとだぼだぼのそでをふりまわして、里音が学校の校門をくぐりました。美緒もそのあとを追いかけていきます。
「待ってよ、おいてかないでってば」
俊介も二人に続いて校門をくぐりました。そのとたん、それまで朝日がさんさんと輝く空が、おどろおどろしい夜の景色へと変わったのです。
「えっ、どうなってるの?」
赤黒い汚れた月が、今にも落ちてきそうなほどに大きく空に浮かんでいます。雲は血みどろのごつごつとした岩にしか見えません。濃い闇におおわれた空では、よくわからない鳥のようなものが、つばさをせわしなく動かしてうごめています。こんな吐き気をもよおすようなおぞましい空が、人間の世界であるはずがありません。
「うそだろ、これ、アクマールのときと同じだ」
ちらっと里音に目をやると、口をあんぐり開けていました。美緒を見ると、やはり固まって、ぱっちりした目をこれでもかと見開いています。
「なに、これ……? え、さっきまで、学校だったのに」
美緒の言葉に、俊介は学校があったところに視線を移しました。よく知っているはずの校舎は跡形もなく消えてしまっています。代わりにそこには、とんがった屋根がそこかしこから生えている、いびつで巨大な城が建っていたのです。赤黒い月から、やはり血のように赤黒い光を受けて、屋根がぞっとするような色に染まっています。
「うそでしょ、まさか三冊目が『悪魔も怖がる魔界のおばけ屋敷』だったなんて、人間界でこんなの出たら、いやでもみんな気づくじゃない!」
頭をかかえる里音にかけより、俊介が早口で問いただしました。
「ちょっと里音ちゃん、あれはいったいなんなんだよ!」
答える代わりに、里音は持っていた日傘を空中にひょいっとほうり投げました。日傘はドロンっとけむりとなって消えてしまいました。
「魔界が夜で助かったわ。もし魔界の太陽が出てたら、日焼けどころかからだが燃えて灰になっちゃうからね」
「えっ、灰になっちゃうって、うそでしょ? それじゃあどうやって魔界で暮らしてたのさ」
さっきの質問を完全に忘れて、俊介は里音に問いかけました。
「そんなこと、今はどうだっていいでしょ。それよりあれをどうにかしないと」
「どうにかしないとって、そもそもどうなってるのさ? なんでいきなり夜になったり、変な城が出てきたりするんだよ」
「あれは、『悪魔も怖がる魔界のおばけ屋敷』によって召喚された、おばけ屋敷よ。その名の通り、悪魔ですらもビビッて泣きさけぶ、恐ろしすぎるおばけ屋敷を紹介している本なの。だから、それを開けばどこにだっておばけ屋敷を召喚できるわ。でも、こんなところで開くなんて、いったいどこのどいつのしわざよ?」
美緒も里音と俊介のところにかけよってきました。真っ青な顔で二人を見ています。
「ねえ、これっていったいなんなの? わたし、もしかして夢を見ているのかしら。きっとそうよね」
「悪いけど、これは夢なんかじゃないわ。現実に起こっていることよ。そして、だれが開いたかはどうでもいいけど、さっさと封印しないと魔界の存在が人間たちにばれちゃうってこと。最悪ママにばれたら、わたしきっと百回ぐらい殺されちゃうわ」
おばけ屋敷に踏みこもうとする里音の手を、美緒がぎゅっとつかみました。




