2冊目 『アクマールちゃんのジ・ゴ・クッキング』 その10
「ようはこの子が他の悪魔やゆうれいに目をつけられたときに、すぐにあんたたちに知らせることが出来たらいいわけでしょ。わたしだったらそれができるわ。今はこの子が気絶してるから、わたしがからだをあやつっているけど、普段はとりついているっていっても、別になにか悪さするわけじゃないし。それにあんたにとっても悪い話じゃないと思うわ」
今度は里音のほうを向いて、花子は続けました。
「わたしがこの子にとりついてたら、この子があんたの秘密を知りそうになったときに、それを阻止できるじゃん。あんたたち吸血鬼って、影がうつらないでしょ。この子、美緒ちゃんはきっと影がうつってないのを見て、里音ちゃんが人間じゃないって思ったんじゃないかしら」
花子にいわれて、俊介はハッと里音の足元に目をやりました。花子のいうとおり、里音には影がありませんでした。
「えっ、なんで? なんで影がないんだよ!」
「いや、なんでっていわれても、しかたないじゃない。吸血鬼なんだから。吸血鬼は影もないし、鏡にすがたも映らない。これって人間界にも伝わっている吸血鬼の特徴じゃない? 別にわたしも、人間界の吸血鬼のことなんてそこまでくわしくないから、よくわからないけど」
いわれてみれば確かに、吸血鬼を題材にしたお話などでは、影がないことにふれられていたような気がします。俊介はぼうぜんとした様子で、里音を見おろしました。当の里音は、くやしそうに顔をしかめています。
「まさかこの子、そんなことに気がついていたなんて。べたべたほっぺさわってきたときに、思いっきりなぐってやればよかったわ」
「いや、なんでそうなるんだよ」
苦笑する俊介を無視して、花子が話を続けました。
「とにかく、わたしがこの子にとりついていたら、この子を見張ることができる。それはあんたたち二人にとって、メリットにこそなれ、デメリットにはならないと思うけど、どうかしら?」
「いやいや、ぼくらにデメリットがなくても、美緒ちゃんには大有りじゃないか! だって悪魔の調味料って、たましいに浸透していくんだろ? つまりお前、美緒ちゃんのたましいを吸ってるってことじゃないか!」
花子がウッと顔をしかめました。俊介がたたみかけるように問いつめます。
「ほら、図星だろ! だめだだめだ! そんなの認められないよ!」
「でも、別にたましいを吸ってなんていないわよ。ホントよ」
「さっきお前、悪魔の調味料は本当に絶品ねっていってたじゃないか」
「それは、そうだけど、ほら、味見よ味見。例えるならあれよ、たましいをかじったりしないで、舌でペロンってなめた感じよ。だからこの子のたましいには、なんの影響もないわ」
俊介はまだ疑わしそうに花子をにらんでいます。すると、里音がポンッと手をたたきました。
「あっ、待って。もしかしたら花音だったら、悪魔の調味料を解く方法を知ってるかも」
「えっ?」
バッとふりかえる俊介に、里音は首をひねりながらも続けました。
「花音はずっと、開かずの間っていう部屋に閉じこめられていたのよ。あの子、とんでもない量の魔力を持っていたから、ママが危険だって思ったみたい。でも、さすがのオニババ、じゃなかった、ママも花音をかわいそうに思ったみたいで、開かずの間にいる花音に、魔界図書館の本をなんでも読ませていたのよ。あの子、なんだかんだいって本を読むのは好きだったから、かたっぱしから魔界図書館の本を読みあさってさ。だからもしかしたら、わたしの知らない本に、悪魔の調味料を解く方法が載っているかも知れないわね」
神妙な顔つきで聞いている俊介に、里音がほくそ笑みながら続けました。
「だからあんたが今までどおりドレイとして、花音探しに協力するなら、あんたの大事な美緒ちゃんから、悪魔の調味料をとりのぞく方法が見つかるかもしれないわね」
「だれがドレイだよ、だれが……」
そういいながらも、俊介はじっと考えこんでいるようでした。里音と美緒にとりついた花子が、すばやく目配せしました。もちろん俊介は気づいていません。
「ねぇ、俊介君、わたしと仲良くなりたいんでしょ? わたし、俊介君に守ってもらわなくちゃ、すぐに他のゆうれいたちにひどいことされちゃうわ。あーんなことや、こーんなことまでされちゃうかもしれないわよ」
美緒のすがたのまま、花子が俊介にせまりました。パステルピンクのワンピースのすそをゆっくり持ち上げ、白い足をちらりと見せます。
「わ、わわ、美緒ちゃん、そんな……」
ごくりと俊介がつばを飲む音が聞こえてきました。美緒にとりついた花子は、満足そうにうなずき、俊介を見あげました。見たこともないようなとろんとした笑みに、俊介は目がくぎづけです。美緒の手が俊介の手にふれて、俊介は顔が真っ赤になります。
「ず、ずるいぞ、美緒ちゃんの顔で、美緒ちゃんのすがたで、そんなこと」
「でも、うまくいったらきっとわたし、俊介君のこと好きになっちゃうと思うけどな。もし俊介君が、里音ちゃんに協力して、悪魔の調味料をとりのぞくお手伝いしてくれたら、わたしきっと、俊介君のこととってもかっこいい男の子って思っちゃうだろうな」
耳元でしゃべりかけられると、ぞくぞくが全身に回って、正常な判断ができなくなります。美緒にとりついた花子は、大胆にも俊介と腕を組みました。パステルピンクのワンピースが腕にふれて、そのやわらかさにたましいが抜き取られてしまいそうです。
「ね、だからわたし、じゃなかった花子ちゃんに、とりついていてもらいましょう。大丈夫、花子ちゃんもわたしのたましいを食べたりしないっていってるから。味見だけ、舌でなめるだけだから。ね」
俊介はもはや限界でした。鼻息をあらくして、何度も首をたてにふります。
「まぁ、ありがとう俊介君。俊介君のこと、だーい好き」
ついに俊介は、その場にへにゃへにゃとへたりこんでしまいました。再び花子と里音が目配せしました。
――うまくいったわ。とりあえずこれでこのバカはわたしのドレイのままね。それに花子とうまく協力すれば、いろいろ弱みもにぎれそうだし、まだまだ楽しめそうね――
里音がにやにやするのと同じように、花子もくっくと笑っていたのでした。
――うまくいったわ。これで悪魔の調味料はわたしが独占できるわ。たましいに浸透したままだから、なめてもなめても味は変わらないし、もちろんなくなることもないわ。高級レストランのフルコースが食べ放題、じゃなかった、なめ放題だなんて、ああ、ゆうれいに生まれてよかったわ、死んでるけど――
へっへっへと心の中で笑う二人に、ようやく立ち上がった俊介がお礼をいいました。
「二人ともありがとう、二人がそんなに美緒ちゃんのことを考えていてくれたなんて、ぼく、ちょっと見直しちゃったよ。里音ちゃんもごめんね、あんなひどいこといって」
「なにいってるのよ、あんたとわたしの仲じゃないの。さ、これからも弱み……じゃなかった、かっこいいとこ見せてよ」
二人が内心大笑いしていることなどつゆ知らず、俊介は何度もお礼をいうのでした。




