2冊目 『アクマールちゃんのジ・ゴ・クッキング』 その9
「そういえば、こないだ見たときも思ったんだけど、どうしてぼくもこの本が読めるの? だってこれ、魔界の本なんでしょ。普通は魔界独自の文字でかかれてたりするんじゃないの?」
「ああ、そんなの簡単よ。あんたが魔界図書館の利用者としてわたしと契約したからよ。利用者は魔界言語を理解できるようになるの。だってそうしないと、せっかく利用者になったのに本を読めないでしょ」
にべもなくそういって、里音はどんどんページをめくっていきました。それにしても、なんともおどろおどろしい内容ばかりです。グロい料理法しか載っていなかったので、俊介は胃のあたりがムカムカしてきました。しかし里音はまったく気にしていない様子で、すごい速さで料理法や材料名を追っていきます。
「悪魔の煮込み、悪魔のからあげ、デーモンオイル、丸こげ悪魔……あ、あったわ、ほらここ、悪魔の調味料について載っているわ」
里音にいわれて、俊介も身を乗り出してページを見ました。そこには悪魔がのたうつ絵がラベルに描かれた、血みどろのビンの写真が載っていました。里音が文章を読んでいきます。
「えーっと、『悪魔の調味料は、たましいへと浸透することによって、並の食材を超一流に変えることができます。取り扱いには特に注意してください。万が一素手で悪魔の調味料に触れてしまったら……』」
「……え? いや、素手で触れたらどうするのさ?」
里音が読むのをやめたので、俊介は自分でその先を読んでいきました。俊介の顔がみるみる青くなっていきます。
「なにこれ! 『万が一素手で悪魔の調味料に触れてしまったら、おとなしく悪魔たちのお料理になりましょう』だって? うそだろ、なんの解決にもなってないじゃないか!」
いきどおる俊介でしたが、里音は納得したように一人でうなずきました。
「そっか、だからアクマールのやつ、封印されるときもあんな笑っていたんだわ。きっとどこかのタイミングで、うまく美緒に悪魔の調味料をふれさせたんだ。仕返しできたからあんな満足げにしてたのね」
「ねえ、どうしよう? 美緒ちゃんこのままじゃ危ないよ! もし美緒ちゃんが悪魔やゆうれいなんかに狙われたら……。なんとかして悪魔の調味料をとりのぞかないと!」
俊介が里音の顔を見つめました。里音は首をかしげました。
「いや、なんでわたしの顔を見るわけよ」
「なんでって、里音ちゃんならなにか知ってるだろう? 悪魔の調味料をとりのぞく方法を、そうだよね?」
里音は真顔で首をふりました。
「いや、知らないわよ。それになんとかできたとしても、わたしの目的は魔界図書館の本を封印して、花音をつかまえることだから、そんな七面倒なことしてられないわ」
まるでほおを思いっきりビンタされたかのように、俊介は絶句してその場に立ちつくしました。一方里音は、俊介がどうしてショックを受けたのか、まるでわからないといった様子で、目をぱちくりさせるばかりでした。
「いや、そりゃあ魔界図書館の本でなんとかなるなら、わたしだって助けてあげるわ。でも、悪魔の調味料を解く本なんてパッと思いつかないし。方法を探すひまもないし義理もないわよ」
「……本気でいってるの、里音ちゃん?」
俊介が里音の前に仁王立ちしました。身長差のある俊介から見おろされて、さすがの里音も威圧感を感じたのでしょうか、気おくれした声で問いかけました。
「なによ、なんか文句でもあるの?」
「大有りだよ! 美緒ちゃんはぼくの友達なのに、助けないなんて選択肢はないだろ!」
「知らないわよ、あんたの友達ってだけで、別にわたしは友達でもなんでもないし。それに、結局はわたしたちをこそこそつけまわしてた、この子の責任じゃない。自業自得よ」
「なんだと! 里音ちゃんに助けられたくせに、そんないいかたするなんて!」
「なによ、わたしに逆らおうっての? ドレイのくせに生意気ね!」
二人はしばらくにらみあっていましたが、やがて互いに背を向けました。
「もういいよ! 里音ちゃんなんて絶交だ! ぼくの家からも出ていってもらうからね」
「ふん、あんたの家なんてこっちから願い下げよ! わたしこそもう絶対この子のこと助けてあげないから」
二人は同時にふりかえり、バチバチと火花をちらしましたが、すぐに顔をそむけました。里音がチッと舌打ちしました。
「あんなわからずやとは思わなかったわ。花子、あんたはわたしについてくるわよね? あれ、花子? そういえばあんたどこいったの?」
里音が呼びかけましたが、花子の返事はありませんでした。すがたもどこにも見えません。とはいえゆうれいですから、すがたを消しているかもしれません。里音はもう一度呼びかけました。
「花子! すがたをあらわしなさい! まさかあの子、逃げたんじゃ」
「逃げてないわよ」
いきなり美緒がしゃべったので、里音も俊介もびくっとからだをふるわせました。ふりかえって見ると、美緒がからだを起こしています。
「美緒ちゃん! よかった、気がついたんだね」
かけよる俊介をひらりとかわして、美緒が自分のからだを手でべたべたさわりはじめました。パステルピンクのワンピースをひらひらさせながら、まるで感触を確かめるかのようにからだを動かし、そしてうっとりとした表情をうかべました。
「美緒ちゃん、どうしたの? なんだか様子がおかしいよ」
心配そうに聞く俊介でしたが、美緒は首をふりました。そして、頭の中に直接声が聞こえてきたのです。
『違うわよ、わたしは花子。今この子にとりついているの』
「ええっ?」
目をみはる俊介でしたが、花子はそんなことお構いなしに、ほおを手で押さえて、とろけるような声で続けたのです。
『ああ、でも悪魔の調味料は本当に絶品ね。魔界の高級レストランなんて、わたし一度も体験したことないけど、こんな夢のような味があるなんて。あー、幸せ』
「お前、なにどさくさにまぎれて美緒ちゃんにとりついてるんだよ! このっ、離れろ、このやろう!」
俊介が美緒になぐりかかろうとして、あわててこぶしを押しとどめました。花子が美緒の顔のまま、こびを売るように小首をかしげました。
「くっ、うう、ずるいぞ、美緒ちゃんのからだで、そんなポーズするなんて! 美緒ちゃんにそんな顔されたら、ぼくは、うう……」
ふりあげたこぶしをそろそろと戻しましたが、俊介はでれっとした表情を浮かべています。里音が軽べつしたような目で俊介を見つめました。
「ふん、なによその顔。美緒ちゃんを守るとかかっこいいこといって、結局デレデレしてるだけじゃない。そんな口先だけの男だから、あんたはいつまでたってもドレイのままなのよ」
「な、違うよ! ぼくはそんなんじゃないんだ! 花子、お前も美緒ちゃんにとりつくのやめろ!」
あわてて美緒にとりついた花子にどなりつけますが、花子はとりついた美緒の顔で首をふりました。
「だめよ。それに、たぶんこれが最善の策だと思うけど」
「どういうことだよ?」
鼻息あらく問いつめる俊介に、花子は冷静な口調で説明しはじめました。




