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2冊目 『アクマールちゃんのジ・ゴ・クッキング』 その8

「ああっ、美緒ちゃん!」

「こら、近づいたらホントにばらすわよ!」


 ほえるような里音の声にも負けずに、俊介は里音のエプロンドレスを引っぱり、なんとか美緒から引きはがそうとします。ですが、里音は両手足でがっちり美緒にしがみついていたので、全然離れません。そうしている間にも、美緒の顔からはどんどん血の気が引いていきます。


「ちょっとやめてったら! 美緒ちゃんが死んじゃうじゃないか!」

「死にはしないわよ、別に血を吸ってるわけじゃないんだし。それにしても、この子の記憶、ずいぶんとおいしいのねぇ。あんたとは大違いだわ」


 にやにや笑いをうかべながら、からかうような口調で里音がいいます。俊介は里音の髪をぐいぐい引っぱりはじめました。


「こいつめ、早く美緒ちゃんから離れろって!」

「痛いわね、やめなさいよ! 乙女の髪を引っぱるなんて、そんなんだからあんたモテないのよ!」

「うるさいうるさい! この、離れろっていってるだろ! 美緒ちゃんの記憶を吸うなんて、そんなこと絶対許さないからな」


 俊介はぎりぎりと髪を引っぱっていましたが、突然里音がフッと力を抜いたのです。俊介は勢いあまってその場にドテンッとしりもちをついてしまいました。里音も引っぱられて俊介の上に転げ落ちました。


「ぐえっ!」


 お腹に里音のヒップアタックを食らってしまい、俊介は苦しそうにうめきました。里音はすぐに立ち上がって、けらけらと笑い出したのです。


「あー、おいしかった。あんたと違って、ずいぶんとおいしい味の記憶だったわ。でも、この味ってどこかで味わったことがあるのよねぇ。あ、思い出したわ。これってママといっしょに食べた、高級レストランのディナーにそっくりの味だわ」

「高級レストラン? 魔界にそんなのあるの?」


 ようやく起き上がった俊介が、疑うような目つきで里音を見おろします。


「あのねぇ、さっきもいったけど、魔界にだって高級レストランぐらいあるわよ。わたしが食べたのは、そうそう、『レストラン・アクマール』だったわ……って、ああっ!」


 いきなり里音が大声を出したので、俊介は飛び上がらんばかりに驚きました。あわててきょろきょろとあたりを見まわします。


「なんだよ、いったいなにがあったんだ? まさか、魔界の本がまだあったりなんてしないよね」

「そんな都合よく何冊も現れたりしないわよ。でも、やられたわ、この子の記憶よ!」


 頭をかかえる里音に、俊介は食ってかかりました。


「そうだった、よくも美緒ちゃんの記憶を吸ったな! ひどいよ、自分から正体をばらしておいて、その上記憶まで吸うなんて。見損なったよ、里音ちゃん!」


 里音がジロリと俊介の顔を見あげました。切れ長の目をじっと細めて見つめられると、なんだか胸がドキドキしてきます。俊介はハッとして、里音から離れました。


「さてはまたチャームの術だな! もうその手にはかからないからね。ぼくをうまいことあやつろうったって、そうはいかないぞ」

「いや、あんな気持ち悪い術、こっちから願い下げだわ。そうじゃなくて、この子の記憶の味よ。これは『悪魔の調味料』の味だわ」


 里音がぴょんっとジャンプして、きょとんとしている俊介の耳をつかみました。重さで耳がちぎれそうになるほど引っぱられます。


「痛い痛い痛い、痛いよ! なにすんだよ!」

「あのねえ、悪魔の調味料よ! それがこの子にかかってるのよ! あんたこの子が、美緒ちゃんのことが大好きなんでしょ。それなのにそんな悠長に構えて」


 里音が声を荒げましたが、俊介はなんのことかまったくわからず、耳たぶをさすりながら首をふりました。


「いや、だからぼくは魔界のことなんて全然知らないんだよ。悪魔の調味料とかいわれても、なんのことかさっぱりだよ。それって、そんなに危険なものなの?」


 はぁっとまたもやため息をついて、里音は説明しました。


「悪魔の調味料ってのは、魔界の高級レストランでよく使われる調味料よ。この調味料をかけられた人間は、とんでもなくおいしくなるの」


 はとが豆鉄砲を食らったように、口をあんぐり開けて固まる俊介に、里音は説明を続けました。


「悪魔とかゆうれいとかは特にそうなんだけど、あいつらは人間のたましいをとっても好むの。悪魔の調味料はそのたましいに作用する調味料だから、これをかけられた人間のたましいは、悪魔やゆうれいにとって、よだれがだらだら出るほどおいしそうに感じられるのよ」

「えっ、えーっと、え?」


 話についていけてない俊介に、里音はじれったそうにどなりました。


「だから、あんたの大事な美緒ちゃんは、この調味料のおかげでゆうれいやら悪魔やら、魔界の住人たちに狙われやすくなったっていってるのよ!」

「ええっ! うそでしょ、大変じゃんか!」

「だからさっきからそういってるじゃん」


 里音が疲れたようにつぶやきました。一方俊介は完全にパニック状態です。必死に美緒のからだをゆらしています。


「どうしよう、美緒ちゃん、起きて! 大変なんだよ!」

「しばらく起きないわよ。なにせ記憶を吸うってことは、たましいに牙を突きつけるのとおんなじなんだから。あんまりゆらすと、たましいがぐらついて記憶がめちゃくちゃになるかもしれないわよ」


 ピタリと俊介のからだが硬直しました。おそるおそる美緒の顔へ視線を落とすと、美緒はすやすやと眠っています。そのままそろーっと、美緒のからだを床に寝かせました。


「そういうことは早くいってよ!」

「だってあんたがパニックを起こすからいけないんじゃん。とにかく待ってなさい。アクマールのレストランで使われてたんだから、もしかしたら『アクマールちゃんのジ・ゴ・クッキング』に解決方法が載ってるかもしれないでしょう」


 里音はさっき封印した『アクマールちゃんのジ・ゴ・クッキング』を開きました。俊介もその文字をのぞきこみます。


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